モルガ=モリル大森林遠征
女王に従わなければ元の世界に帰れず、そしてこの異世界で生活をすることもままならない。
だから、俺たちは女王の命令にある程度従うという結論になった。
その日から、俺たち異世界人の活動が始まった。
まず第一に、女王からの依頼であり召喚された原因となる活動。
西の森、モルガ=モリル大森林遠征。
西の森は俺がエルフだった頃に村があった場所でもあり、王国の西方に広がる巨大な森林地帯だ。
大自然の中に細々と編みこまれた小さな道路が、各亜人集落のコミュニティーへと連結している。王国は各地の村長みたいなリーダーを通し、自治を認めつつ緩やかに統治し、税として食物や鉱石を収めさせている。
そしてさらにその森林の奥深く、西の先に黒い山脈が存在する。
王国はこの地を自分たちの領地だと主張しているが、実際のところ統治が及んでいない未開の地。
ここに住む邪悪な存在が魔族である。
人でもなく亜人でもない、邪悪な生き物である魔族。破壊と殺戮を是とし、生きとし生けるものの天敵なのである。
ここにいる魔族の王こそ、魔王シュタロストである。
魔王、と言ったが奴はもはや王ですらない。かつては魔族たちを率いる王だったのだが、その魔族たちは魔王を除いてみんな殺された。
勇者アルフレッドの活躍のおかげだ。
数十年前、勇者アルフレッドはその命を犠牲にしてほとんど魔族たちを全滅させ、強大な力を持つ魔王を封印した。今、人類を脅かすのは魔王シュタロストの封印の隙間より漏れ出る召喚獣――すなわち魔物のみ。
村から離れた森には魔物がいる、とは村長から聞いていた。といっても、それは村から遠く離れた森の話であり、開拓された集落に魔物が現れることはない。
山脈近くの村は魔物に襲われているらしいから、それなりに困ってはいると思うのだが……。わざわざ異世界から人を召喚して倒させるほどのことか?
あの女王、ただ単に自分の領地を広げたいだけなんじゃないのか?
「みんな、聞いてくれ」
今回の遠征を率いるリーダー、大河が声を張り上げた。
「女王陛下の命で、俺たちはここまでやってきた。だけど今回の遠征は練習が目的。危険な野生動物はいるけど、魔物たちの勢力圏外だ。無理はしないで欲しい。何かあったら大声を上げて俺に知らせてくれ!」
そう、今回は魔王に至るための練習なのだ。このあたりで魔物が出ることはない。
最終的には、もっともっと西の方に行って、俺たちの村を通り過ぎて、そのあとで西の山脈まで到達する。
人数は三十人程度、非戦闘要員を含むクラスメイトたち全員と、道案内の兵士たちだ。
こいつら、俺たちの村を通過するんだよな? それで……俺たちの結婚式の日に……あの村を……?
いや、落ち着け。大河がそんなことするのか?
冷静になって考えてみよう。
今……思いつく可能性としては三つ。
①エルフたちは魔王の村の手先だった。
たとえばあの村長が魔王と結託してたとか? 俺たちはこの後女王の命を受け、魔族に協力する亜人たちの討伐を行うとしたら?
村長は徴税官と話をすると言って村の外に出てたりしたからな。魔王側とコンタクトを取っていたとしてもおかしくない。俺たちの集めた木の実や魚が、魔物の餌になっていたとしたら?
だけど、それって村長だけのせいで俺たち関係ないよな? そのせいで村を全滅させるなんて、やりすぎなような……。
②女王が黒幕説。
実は魔族討伐などというのは口実であり、亜人たちを駆逐して人類の領地を広げるという女王の策謀とか。
俺の知るエルフたちはごく一部を除いてみんな善人だった。そんな彼らを〈タイガ団〉が襲ったというのはどう考えてもおかしい。女王は亜人を蔑視してたから、殺して人間を移住させたいと思っていた可能性もある。
人類の敵だというならエルフが襲われてしまってもおかしくはない。女王が大河に嘘を吹き込んで……俺たちを襲わせた?
だが百歩譲ってそうだったとしても、解せないことがある。
俺の村を襲った集団は『女は奴隷で男は殺す』って言ってたよな? 仮にあいつらが〈タイガ団〉の仲間だったとして、そんなこと言うか?
③大河と無関係の盗賊団。
これは大いにあり得る可能性だ。この後正義の味方として活躍する〈タイガ団〉の名を利用し、どこかの盗賊団がなりすましを行ったとしたら?
しかし魔法を齧った俺だから理解できることだが、あの雷魔法の規模はかなり大規模だった印象だ。ただの盗賊団がそんなハイレベルな魔法を扱えるのか? それならわざわざ俺たち異世界人をこの地に呼び寄せるメリットはなくなる。
いずれの説も決定打に欠ける。時間を費やして調べてみないと、本当の事実にはたどり着けないと思う。
だが、今の俺にもできることがある。
それは、クラスのみんなに亜人の良さを伝え、彼らが敵でないと伝えることだ。そうすれば亜人の村を襲ったりしない。大河たちが亜人に優しい、と評判になれば名前を利用されることもないだろう。
上手くいけば、本当の意味で俺の味方になってくれるかもしれない。
「みんな止まれっ! 猛獣だっ!」
大河の鋭い声が、周囲に響き渡った。
ぐるるる、と飢えた獣の声が聞こえた。
森の奥。
その薄暗い闇に溶け込む……恐るべき敵。
それは熊、のように見えた。
しかし俺の知っている熊とは大きく違うところがある。長さ50センチを超えるほどのナイフのような爪、頭からそびえ立つ大きな角、鋭い牙。そして何より、俺たちの2~3倍はあるその体長は、プレッシャーを与えるのには十分だった。
そいつが数頭、森の奥からやってきたのだから、恐怖以外の何物でもない。
「暴風熊ですっ! ゆ、勇者様方、お任せいたしますっ!」
そう言って、道案内の兵士たちが後ろに下がる。
お……おい……大丈夫なのか? 猛獣って……これ、もう魔物か何かだろ。俺の村にはこんなでっかい動物いなかったぞ?
練習なんてレベルじゃない。死人が出ても……おかしくないぞ?
俺は魔法で防げるが……みんなは大丈夫なのか?
「来たれ、天よりの怒りっ! 〈白落雷〉」
大河がそう叫んだ、その瞬間。
敵のいるあたりに、恐ろしく巨大な落雷が降り注いだ。
これが……〈白雷〉のスキル。
すさまじい威力だ。
この衝撃なら、近くにある建物も壊れるだろうな。やっぱり大河……お前は……。
いや、今は余計なことを考えないようにしよう。
巨大な雷は暴風熊の群れに直撃し、多くの個体が感電し吹き飛んだ。
だがこんな猛獣を倒すにしてはあまりにも狙いが大雑把過ぎた。大河の攻撃を受け、弱りながらも立ち上がった三体の暴風熊が……ゆっくりとこちらに向かってくる。
怒りに震えたその瞳は、明らかに俺たちのことを敵と認識している。
「我が手に集えっ! 〈雷光剣〉」
大河の〈白雷〉スキルが新たな力を示す。
周囲に雷を轟かせながら、大河の手に雷が収束し……剣を形作った。
「みんな、相手は弱ってるっ! 俺に続けええええええっ!」
弱った三体に向けて、大河が突撃した。
それに続いて……。
「「「おおおおおおおおおおおおっ!」」」
クラスメイトたちも突撃した。