エピローグ2 その後の俺たち
その後、戦勝祝いがあって、一か月後。
改めて〈グランランド〉と大パステラ王国との間で会談が開かれた。こちらの代表であるクリームヒルトと、向こうで正式に新国王となったアルバートとの会談だ。俺も代表の一人としてついていくこととなった。
初対面での印象通り、新王はやはり話の分かる人だった。特別亜人に対して同情しているわけではないが、ことさらこちらに憎しみや怒りを向けてくることはない。冷静に、合理的に、国家の利益とバランスを考えての話し合いが進んだ。
結果、二国間の友好条約を締結するに至った。
〈グランランド〉は正式に国として認められ、両国の国交が開かれることとなった。今後は交易などで交流が深まっていくんじゃないかと思う。
王国西方、魔の森に住んでいる亜人たちは引き続き王国領として組み込まれたままだ。ただかつての抑圧的で敵対的な政策に比べ、随分と穏健な政策がとられることとなった。少しではあるが自治権も与えられたようだ。
それでも不満や不安がある住民は、移民として〈グランランド〉が引き受けることになった。
そして予告通り、大河は埋葬のため旅に出た。魔物によって殺されてしまった大森林の亜人たち。崩壊した彼らの村は、元の村人が帰って来なければそのままになってしまう。大河はそれがずっと気がかりだったようだ。
そして、クラスメイトの半分は大河についていった。同じように埋葬を手伝う者や、元の世界へ戻る手がかりを探したい者もいた。事情は様々だが、定期的にこちらに帰ってくると約束してくれた。
そして、俺たちはこの〈グランランド〉にエルフの村を再興した。
村長はもういない。生き残りの女性と、そして大森林からやってきた少数のエルフたちで構成された小さな村だ。村と言ってもどこかの辺境というわけでもなく、クリームヒルトたちが住む首都のすぐ近く。村と言わず首都の一部といってもしまってもいい立地だった。
俺はそこで、小さな村の村長として暮らすこととなった。
盟主であるクリームヒルトと親交の深い俺だ。代表にはなりたくなかったのだが、誰がどう見ても一番ふさわしいということで断ることができなかった。
といっても、小さく平和な村だ。やることはそれほどない。
俺はアリスと、瑠奈と、三人で暮らすことになった。時々クリームヒルトがこちらに顔を出してくれる。そんな日々だった。
「クリス~」
村の中にある俺の家、俺の自室にて。
俺はペンを止めて立ち上がった。
ずっと、これまでの伝記を書いていたのだ。〈グランランド〉には俺の信者のような人たちがいるらしく、こういった本にとても需要があった。請われて請われて、仕方なく俺の歩んできた道筋を書き記しているのだ。
振り返ると、ちょうどドアを開けてアリスが入ってきた。
「ねえクリス~、見て見て、この服~」
アリスがそう言って、自分の着ている服を見せてきた。
俺が魔法を使って用意した繊維で、アリスが作った服。懐かしい、エルフの村にいた頃は、こうやって服を作っていたな。
「村のみんなに配ってたのか?」
「うん」
「金は取らないのか?」
「だって、クリスに手伝ってもらってるのに、なんだか悪いかなぁって思って」
「まあ、アリスがいいならいいけどさ」
本当に、平和になった。
衣服をデザインして作り上げているアリスは本当に楽しそうで、金とかなんとか無粋な突っ込みをする必要なんてなかったかもしれない。
「来栖、昼食何食べたい?」
いつの間にか、ドアの前に瑠奈が立っていた。
「なんでも」
「そうやって意見のないのが一番困るんだけどね……」
そう言ってため息をつく瑠奈。毎日、というわけではないがかなり家事を担当してくれている。俺が英雄としていろいろやることがあって、アリスは服を作ることに夢中で、自然とこういう役回りになってしまったということだ。
「あ、あたし、カレーが食べたい! この前作ってくれたやつ」
「あんたには聞いてないんだけどね。唐辛子入れて激辛味にしてもいい? それなら作ってあげるけど」
「辛いの無理……、瑠奈さんのいじわる」
二人は、こうして軽口を叩けるほどに仲良くなった。それはとても俺にとって嬉しいことで、こうした日々も悪くないと思えるだけのものだった。
「ねえ、来栖」
二人を暖かく見守っていた俺に、瑠奈が声をかけた。
「私は来栖と一緒にいられて幸せ。来栖は?」
「ああ、幸せだよ」
「ええ、じゃあじゃあクリス。あたしとは? あたしと一緒にいれて幸せ?」
「もちろんそうに決まってるだろ」
「ならあたしはどうだっ!」
そう言って、窓から勢いよく入ってきたのはクリームヒルトだった。
「また政務をサボってるのか盟主。いい加減にしろよ。あとで俺が小言を言われるんだからな」
「そんなことはいいんだっ! クリスはあたしと一緒にいられて幸せか?」
「ま、まあ、もちろん幸せだが」
「じゃああたしもここで一緒に暮らすっ! 今日から盟主を止めて一人の女としてここで暮らすうううううううっ!」
「よしてくれよ。あとで文句言われるのは俺なんだぞ」
何てため息交じりに言いながらも、俺はこの日常が……心から平穏で幸せだと思うのだった。
そうだな、あと一つ、言いたいことがある。
俺はこうして、この世界にやってきた。
いろはは言っていた。転移や過去に戻したりしたのは自分だと。そうすることで死の運命を回避したと。
だが彼女の発言には重要な要素が抜けている。そう、転移や過去移動ではない、すべての元凶である俺の転生についてた。
俺は大学を卒業してブラック企業に勤め、そのあと死んでこの世界にエルフとして転生した。それがすべての始まりだったはずだ。それがあるから不幸な死の連鎖が始まってしまった。
本当に俺を死なせないのであれば、まず転生させないようにすべきだ。しかしいろははそのことに言及しなかった。
転生もいろはの仕業で、それを言わなかっただけという可能性もある。それは悪意でも善意でも可能性があるが、まあ、この際だ。転生といろはは関係ないと仮定しよう。
だとすると、俺の転生はなぜ起こったのか? その疑問に行きつくわけだ。
答えを確信できるはずがない。〈災厄〉なら答えてくれたかもしれないが、もう滅んでいなくなったのだから考えるだけ無駄。まさしく、神のみぞ知るといったところだろう。
だからこれは俺の勝手な想像だ。
俺は、災厄アルフレッドを倒すためにこの世界に召喚されたんじゃないだろうか?
まさしく、〈災厄〉が何度も言っていた『運命』に導かれて。
俺の最初の転生に理由を付けるとしたら、きっとそういうことだろう。
なら運命から解放されたこれからの人生は、きっと幸せなものになるだろう。
俺はこの世界で暮らす。アリスと、瑠奈と、そしてクリームヒルトもいる。大河だってきっとしばらくすれば帰ってくる。クラスメイトたちも、しばらくはこの世界に残るだろう。
もう、村が滅んだり友人に殺されたり、〈災厄〉によって仕組まれた不幸な運命は存在しない。だから俺は希望を持って生きることができる。
異世界で俺がエルフに転生して転移して過去移動して、そしてやっと安息を手に入れる。
これは、きっとそういう物語なんだと思う。
これにて完結です。
今までありがとうございました。