エピローグ1 目覚めると
その後、俺は目覚めた時〈グランランド〉にいた。以前泊ったことのある、城の客室だった。
気を失ったままあの国まで運ばれたらしい。情けない話だが、アルフレッドの猛攻はそれだけすさまじかったということだ。
目を覚まし、ベッドからゆっくりと上半身を起こすと、近くには仲間たちがいる。
「アリス、大河、瑠奈」
クリームヒルトがいない。
「クリームヒルトは?」
「盟主としての仕事が忙しくて、城の執務室にいる。今日の朝もここに来てたきてたんだけどな」
大河がそう答えてくれた。
まあ、冷静に考えれば当然か。大けがでもしたのかもしれないと一瞬不安になったのだが、杞憂だったようだ。
「クリス、無事で良かった。体は痛くない?」
アリスが泣きそうになりながら俺の手を握ってくれた。彼女はずっと待っているばかりだったからな。何もできないというのはとても辛いことだ。
「ああ、大丈夫だ。痛くなくはないけど、治らないレベルじゃない」
「良かった。私の治療が効いたみたいね」
そう言って、瑠奈がほほ笑んだ。どうやらスキルか何かで治療してくれたらしい。
「瑠奈がやってくれたのか? ありがとう。いい具合に治ってると思う」
「ずっと看てたんだからね。もっと感謝してくれていいのよ?」
「ははは、だから感謝してるって」
本当に、日常が帰ってきた。
そう、思わずにはいられない。
ずっと、誰かと戦っていた。アリスとか、村の滅亡とか、クラスメイトたちとか、俺には救わなければならないものが沢山あった。それをすべて解決できたとは思っていないが、少なくとも、一区切りは着いたんじゃないかと思う。
「これで、もう危ないことしなくていいんだよね? あたしと一緒に暮らせるんだよね」
「そうだなアリス。俺たち、結婚したんだもんな」
「アリスさんと来栖は結婚したかもしれない。でも私は絶対来栖と一緒にいるから」
「瑠奈……」
そ、そういえば、少しそのことについて話したっきりそのままになってしまっていたな。すべての問題が解決した今、俺たちの将来について、結論を下すべき時期なのかもしれない。
「あのさアリス、俺は……」
「わ、私はクリスと一緒に暮らすんだから。離れないんだから」
「別に離れなくてもいいけど、私もそばにいていいわよね? ちなみにクリームヒルトさんはそばにいるつもりみたいだけど」
「あう……」
アリスが唸った。
アリスもクリームヒルトのことは知っている。そしてこの国で受け入れてくれたもの彼女だ。普通に考えて逆らえるわけがない。クリームヒルト自身に悪気がないのだからなおさらだ。
「来栖もそれいいよね? 私と一緒にいるのはいや?」
「いや、いやじゃないけどさ。それは……」
「嫌なの?」
「あう……」
俺はアリスみたいに唸った。
惚れていた弱み、とでもいうのだろうか。こうして迫られてきっぱりと断れるはずもなかった。
「いいよね?」
「あ……そ、そうだ。あれから、他のみんなはどうなったんだ? アルフレッドの精神汚染で大変なことになってたと思うんだけど」
俺はアルフレッドを倒した。
しかしその過程で、周囲にいた多くの人が奴の攻撃を食らった。俺が気を失ったあと、彼らはどうなってしまったのだろうか?
いや、瑠奈の追撃をかわすためにとっさに言ってしまったが、これは笑い話でない重要なことだ。案の定アリスも瑠奈も黙り込んでしまった。こんな風にあの事件を利用するつもりはなかったのだが、言葉にしてしまった以上仕方ない。
話を、聞かなければ。
「〈狂神〉って呼ばれてた〈災厄〉の技だよな。あれはお前が奴を倒した時に、全部治ってたぞ」
そばに控えていた大河がそう答えた。
「そうだったのか」
良かった。
俺が終わってから悲惨なことになっていたらと思うと、ぞっとする。ひょっとすると、瑠奈や大河も犠牲者の中に加わっていたかもしれない。
もしそうなってしまっていたら、俺のこの目覚めすらもかなり暗澹としたものになっただろう。
「ただ、あの術自体は解けたんだけど、それまで暴れてた亜人たちの中には致命傷を負った人がいて……。現地で埋葬することになった」
「ごめんなさいね、私も〈聖光〉で治療を頑張ったのだけど、どうしても限界があって……」
「いや、いいんだ。戦いだったんだから、傷ついて死んでしまうこともある。それを誰かのせいだなんて思ってない」
まあ、そういうこともあるよな。
死んでいった仲間たちには本当に申し訳ないことをした。お墓があるなら、せめて花か何かを添えるようにしたい。
変な空気になってしまたなぁ。
そう思っていたら、突然客室のドアが開いた。
「クリスううううううううっ! 目を覚ましたのかっ!」
クリームヒルトがこちらに駆け寄ってきた。
どうやら、俺が目を覚ましたと連絡を貰ったようだ。
「元気になったかクリスっ! もう大丈夫か?」
「ははは、さすがにまだ痛いところがあるけどさ。まあ、大丈夫かな。治るさきっと」
「まだ疲れてるだろうからゆっくり休んでてくれ。でも全快したら戦勝凱旋祭りの開催だっ! お前はあたしと一緒に主役になるんだから覚悟しておくんだぞ!」
「お……おう……」
どうやら、断れそうにないな。そしてこの怪我で逃げられるはずもない。
素直に、祝われることにしよう。