駆との確執
みんなでいろいろな話をしたのち、今日はもう休もうという話になった。
そしてそれぞれの部屋へと戻っていった。
俺は大河と同室だ。
というか、本当は大河に一室丸ごと与えられていたらしい。スキルを期待してとのことだ。
俺は部屋すら与えられていないから、この部屋に居候している形だ。
「すまんな来栖。お前の部屋も用意してくれって言ったんだけどな。あいつら全然話を聞いてくれなくて」
「狭くなって悪いな大河。ありがとう」
「感謝するのは俺の方だよ来栖。一人じゃ寂しいからな。ははは」
なんて、嘘かほんとか分からないことを言ってくる大河。ともかくこいつの優しさには感謝するばかりだ。
少し、落ち着ける状況になった。
俺は椅子に腰かけ、窓の外を見た。警備のためか兵士たちがうろうろしている。
どうでもいい光景だ。だからこそ、考えごとに意識を集中できる。
まず、今、俺が置かれている現状を理解する必要がある。
女王は俺を見下し馬鹿にしてるが、同時に相手にする気もないといった様子だ。俺を特別虐げたりすることはなく、完全にいない者扱いされている。
幸いなことに、この集団のリーダーの大河は俺に好意的。しばらくは身の安全を確保されている状況だ。
今後、俺は大河の手伝いをしなければならないのだが……。
「俺たちは魔王を倒さなきゃいけないわけだ。来栖だってその仲間。遠慮なんてすることはない。ここはお前の部屋だ」
「魔王か……」
魔王。
俺もずっと村で暮らしてたから、そんなに詳しいことは知らないんだよなぁ。
エルガ村に戻るためには、どうすればいいんだろう……。
「俺たちは自由に動いていいのか? 街の様子を確認してみたいんだが」
「門番がいてそのまま外には出られないらしい。女王から証明書を貰っておいたから、何かあればこいつを使ってくれ。普段は俺が持ってる」
そう言って、大河は机の上にあった紙を指差す。
そこには女王の名とともに……書いた年が詳細に記載されていた。
王歴三十四年、四月。
王歴三十四年、というのが今の年代らしい。
俺、来栖ことエルフのクリスが死んだあの時は、王歴三十七年。
つまり、今はあの時から過去へ遡ること三年前ということだ。
少し時間に余裕があるのか。
なら……。
「なあ、大河」
「どうしたんだ? 来栖?」
「俺が亜人と一緒だって馬鹿にされてたこと、覚えてるよな」
「気にする必要ないぞ来栖。あんなの女王が勝手に言っただけだ。俺たちはお前の味方だ」
「うん……それは分かってるんだけどな」
この話で重要なのは、そこじゃない。
「女王は亜人たちのことを馬鹿にして、敵視してたけどさ、本当に……亜人たちは敵なのかな?」
「どういうことだ? 来栖」
「いやさ、俺、さっき女王たちに敵扱いされて思ったんだ。亜人のスキルだからとか馬鹿にされて、見下して。俺みたいに不当な扱いを受けてるだけで、本当はいい奴なんじゃないかと思って。ほら、ゲームやアニメでも、エルフとかドワーフとか、味方になることも多いだろ?」
大河が亜人に対して偏見をもってしまうのは良くない。よりより未来を考えるなら、ここで訂正しておくべきだと思った。
「来栖は優しいな。自分があんな目にあったっていうのに、他人……しかも人間ですらない奴らを心配するなんて」
「あんな風に言われたら、俺だって亜人の味方をしたいと思うさ。大河だってそうだろ?」
「俺たちの〈タイガ団〉は王国の手先じゃない。自分たちで考えて自分たちで行動する。俺は来栖の意見に賛成だよ。亜人だからって悪人扱いするのは間違ってると思う」
よし。
これで一歩前進。
「……失礼」
と、ここで唐突に部屋のドアが開かれた。
廊下に立っていたのは、駆だった。
「ふむ、一つ提案をしても良いだろうか?」
メガネをくいっ、と上げながら、そんなことを言い始める駆。
ついさっき、召喚されたばかりの頃のやり取りを思い出す。
こいつは言った。『俺を切り捨てればいいんじゃないか』と。女王の意思に従い、俺を切り捨てようとしていた。
駆が100パーセント間違っているとは言わない。確かに俺のスキルは瑠奈や大河に比べてはるかに劣っているのだろう。だけど、無能だからといって心がないわけじゃない。
俺には俺の意思がある。存在を否定されれば、抗議したくもなる。
俺にとって、こいつは……敵だ。
警戒感が増していく。
「我々は余裕がないのだ。亜人はもとより、役立たずを養う余裕すらないはず。大河、今すぐそこにいる無能を部屋から追い出すべきだ。女王の心証が悪くなる」
「駆っ! その話はもう終わったはずだ! これ以上仲間のことを悪く言わないでくれ」
「仲間? 勘違いも甚だしい。私たちは大学や就職先を目指し競争し合うライバルだよ。協力し合う必要など、ない」
俺たちを、拒絶するのか?
駆……。
「いい加減にしろ駆っ! 俺たちは協力し合わなきゃならないんだ。亜人だからっていたずらに敵対する必要はないっ! 敵を増やせば困るのは俺たちだ。そうだろ?」
「私は君たちの仲良し団に入った覚えなどないがね。慈善活動したいなら自分たちで満足するまでやるといい。私は私の意思で行動する」
そう言って、駆は部屋から出て行った。
――その後、駆はこの建物に二度と戻って来なかった。