死に至る運命
未来がない。
そう言って絶望しているアルフレッドを見て、俺は不思議に思うばかりだった。
なぜ、奴は苦しんでいるのか?
未来がない、というのはどういうことなのか?
相変わらず、俺たちの攻撃は何一つ当たっていない。
それにも関わらず、アルフレッドは血を吐いている。苦しみ、絶望し、そして敗北を感じ始めている。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
勝機を見出した仲間の亜人がアルフレッドに突っ込んでいった。確かに、今の無防備な奴なら誰にでも倒せそうに見えた。
だが――
「雑魚が……」
瞬間。
その亜人は血まみれになって床に倒れた。
「……殺せる、よな」
そう、何かを確かめるように呟くアルフレッド。
亜人の仲間が、死んだ。
いつ死んだのか、どうやって殺されてしまったのかは分からない。しかしおそらく、俺と同じように過去に干渉して倒したことにしてしまったのだろう。
今を生きる俺たちになす術などない。過去に干渉し未来の俺たちを潰す最強の力。まさしく神にふさわしい絶対的な攻撃法。
それを持つはずのアルフレッドが、なぜここまで狼狽しているのか?
「ぐっ……がはっ……」
再びの吐血。
アルフレッドが傷ついている。もちろんさっき突っ込んでいった亜人が傷つけたわけじゃない。
「俺は〈災厄〉。神に等しい至高の存在。負けるはずがない、過去、現在、未来に存在する……」
そう言って、ゆっくりとアルフレッドはこちらに目線を移した。
まさか、俺を攻撃するつもりか? 過去に干渉して、俺を初めから死んでいた者にしてしまうのか?
頭ではそう予想できていても、何をどうすれば防げるのかすら分からないアルフレッドの攻撃。俺はただ身構えることしかできなかった。
だが、しばらく待ってみても何も起きそうになかった。
さっきのように指を潰されることもなく、あるいはもっと致命的な部位を損傷することもなく、俺に追加の攻撃がされることはなかった。
「お前か、クリフ」
「どういう意味だ、アルフレッド?」
「お前が、俺の未来を潰す存在なのか?」
「未来を、潰す?」
俺に話しかけているアルフレッドだが、何を言っているのか分からない。
「そうか、それが示された未来だったのか。〈災厄〉は己の死を覆せない。原初の〈災厄〉や先代がそうであったように、俺もまた死の運命に翻弄されているのか? お前が俺の死を決定づけるのか?」
「さっきから何言ってるんだよお前は。独り言ならあの世かどこかで気のすむまでやってくれ。そうでないなら、せめて分かるように説明したらどうだ?」
「くくく……」
アルフレッドが笑う。しかしそれは、心底楽しいというよりは、むしろ諦めの感情を込めた自嘲の笑いだった。
「前園いろははお前の死を防ぐために俺に干渉した。ずっとお前を守るためだと、一時しのぎの策だと思っていた。だが今気が付いた。それは壮大な目くらましだった。見事としか言いようがねぇよ。俺は騙された。過去に夢中で、お前を殺すことに全力になっていた俺は、自分自身の遠い未来がどうなっているか確認していなかった。ただ数秒後を見ていただけだった。いや、仮に確認したとしてもどうにもならなかったかもしれないがな」
「お前の未来はどうなるんだ?」
騙された、か。
いろはは言っていた。村が滅ぶレベルの災害は起きないと。
アルフレッドが生きている限りそんな未来はありえないと思っていた。しかしもし、本当にこいつが死んでしまうなら、確かにいろはの言っていたようにこれ以上の不幸は起きない。
つまり……こいつの未来は……。
「先代〈災厄〉は毒を飲んでいた。神である自らを苦しめる最高の猛毒。考えてもみれば当然の話だよな。過去の奴は未来の俺に干渉できない。だが自分のいる現代であれば未来の俺の干渉を跳ねのけることができる。クリフを助ける、という目的を考えるならむしろ当然の帰結。奴は毒を飲み自分を苦しめ、そしてその毒を〈暴食〉によって引き継いだ俺も苦しめている。未来の俺に干渉して目くらましをしている間に、すべてが決していたんだ」
「いろはが?」
毒、か。
前回、俺がアルフレッドに勝った時も魔素という毒を使用した。〈災厄〉としてその戦いを見ていたいろはが、同様の戦術を考えたとしてもおかしくはない。何の毒かは分からないが。
だけどそれって……。
「つまり、いろはのせいでお前が死ぬのか? それはできないって話じゃなかったのか?」
「毒で神は殺せない。だから俺は生きている。だからこそ先代〈災厄〉は毒を飲むことを許された。だがそれすらも〈災厄〉の死という運命に帰結していたとしたら? 先代〈災厄〉は己の悲運に抗えなかった。そして今、俺もまたその運命に屈しようとしている」
「運命に帰結? 屈する?」
「つまり、お前だクリフ」
苦しむアルフレッドは、俺を指差しそう言った。
「お前こそが神である〈災厄〉を終わらせる運命。俺はやっと理解した。ついに見えた。いや初めから知ってすらいた。お前こそが、この勇者であり英雄であり魔王であり神であるアルフレッドの、唯一無二の最後で最強の敵であると」
「…………」
俺がアルフレッドを倒せる?
神を殺せる?
実感などあるはずがない。だがもし、こいつの言うようにこいつ自身を俺が殺せたとしたら?
それこそ、当初から俺が望んでいた最高の結末。〈災厄〉と魔王を同時に倒し、この世界に平和をもたらすハッピーエンド。
できるのか、俺に。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
突然、アルフレッドが咆哮を上げた。
絶望に喘いでいた奴だったが、こんなところで終わってしまうほどに弱い精神ではない。この獣のような叫びは、自分自身を奮い立たせるための雄叫びだ。
「クリフうううううううううううううううううウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ! 俺はああああああああああああああああああああああああああああああ、お前を殺して運命を切り開くううううううううううううううううううっ!」
「たとえお前を倒せなかったとしても、最後まで抗うっ! 最初から、俺はそう思っていたっ!」
血を吐くアルフレッドは、毒に侵されながらも血走った瞳をこちらに向け、敵意と憎悪を燃やし続けている。
その執念。確かに運命を超越してしまうほどの何かを感じずにはいられない。