災厄アルフレッド
災厄アルフレッド、誕生。
黒い卵から現れたのは、やはりアルフレッドだった。姿はほとんど同じだが、髪はいろはと同じように白くなっている。それだけだ。
ただ、違った。
これを……言葉で表現するのは難しい。
あくまでたとえ話だが、背中から後光が出ているような……そんなイメージ。同じ人間という範疇を外れた、ある種の神性を帯びた圧倒的なオーラを感じる。
別に強制力があるわけではないが、逆らえない……という雰囲気が出ていた。
「クリフ。待たせて悪かったな」
「いろははどうした?」
「消えたぜ。前の〈災厄〉と同じだ」
「そん……な……」
いろはは前の〈災厄〉を上書きすることによって誕生した〈災厄〉。それと同じように……アルフレッドは彼女を上書きした?
時を超える、というよりは意識を同期して干渉することのできる〈災厄〉だ。これから何かの拍子に会話か何かできることはあるのかもしれない。だけど、それはあくまで過去の話。
今、この瞬間、前園いろはという少女は死んだのだ。アルフレッドに……殺されてしまった。
「なあクリフよぉ。今、どんな気持ちだ? 必死にお前を守ってくれたあの女が消えたぜ。お前はどれだけあいつに守られてたか知らねぇだろうよ。〈災厄〉となった俺には分かるぜ。あの女の途方もない努力、時を超えた干渉、すべてを捨てるほどの覚悟を決めた愛。お前はあの女に報いることができたか? 感謝の一つでもしたのか?」
「俺は……あの子を……」
「かわいそうな女だっ! 黒幕扱いされて、警戒されて、嘘かもと敵かもと疑われるだけの時間。それでも顔を合わせて言葉を交わせて嬉しかった。俺は俺を愛する女王を始末したが、最後にいい夢見させてやったぜ。お前は俺以下のくそ野郎だっ! 自分の愚かさを恥じろっ!」
「あ……ああ……あ……」
抉られる。
いろはを失って傷ついた俺の心が、さらに傷ついていく。ナイフを深々と突き刺された俺の心は、もはや修復不可能。償う相手はもう死んでしまったのだから。
「さてクリフ。お前はなぜ俺がこんな無駄話をしていると思う」
「俺が憎いから……だろ」
この精神攻撃。そうとしか思えないのだが……。
「くくくっ、ま、それがないとは言わねぇ。お前に心無い言葉を浴びせて絶望させる。まあ、それは俺の選んだ言葉だ。だがはっきり言うが、俺は第一にお前を殺してぇよ。もう遊びの時間は終わってんだ」
「なら……どうして殺さない?」
〈災厄〉は神。その恐るべき力は俺の理解の範疇を超えている。俺一人殺すことなど簡単だと思うのだが……。
「覚えてるか? お前の知り合いの、俺が〈災厄〉と呼んでいた前園いろはとの会話。お前を守っているというその言葉を」
「ついさっきの話だ。忘れるわけないだろ」
「つまりそういうことだ。今もあの女が過去から俺に干渉している。何万、何十万回と俺と精神をリンクさせ、お前を殺すな傷つけるなと囁いてくる。俺はその言葉や精神リンクに必死に抗おうとしているが、密度の問題だ。なりたての俺じゃあ奴の物量には勝てねぇ。だから俺は今、お前を殺せねぇ。お前に精神攻撃するだけが精いっぱいだ」
「…………」
またしても、いろは。
俺はやっぱり、いろはに守られてるんだな。
「分かるかクリフ? なぜお前の死の運命が強かったのか? なぜ〈災厄〉たる前園いろはでもその死の運命を覆せず、転移だの過去だのという回りくどい方法を取ったか?」
「それは……俺が、どこかで最初の邪悪な〈災厄〉に恨みを買ってたからじゃないのか?」
それしか、考えられないよな? どこで恨みを買ったのかは知らないけど。
「くくくっ、馬鹿が。よく考えろ。お前、その大昔の〈災厄〉と何か絡みがあったか? 恨まれるようなことに心当たりがあったか? 何もねぇだろうがよ。そんな奴より、もっと激しくお前に憎悪する奴がいただろ?」
「ま……まさか。それは……お前か? お前……なの、か?」
「そうだ。俺、この〈災厄〉たるアルフレッドが原因。あの女が過去から未来に干渉してきたように、俺もまたこの未来から過去に干渉しお前を殺そうとしている。原初の〈災厄〉は世界を破壊と混沌をもたらそうとしただけ。まあ、そのせいでお前も死ぬわけだが、お前自身に明確な殺意があるわけじゃねえ」
な、なんてことだ。
俺の不幸は、すべてアルフレッドが原因だったのか? こいつさえいなければ。〈災厄〉なんて恐ろしい存在にならなければ……。
「いろはが邪魔をしてるなら、なんでお前は死なないんだ? いろはが過去の存在だからか? いや、それならどうして未来を変えなかったんだ? お前を〈災厄〉にさせず始末しておけば、こんなことにはならなかったのに」
いろはは優しいから、ってだけじゃないよな? 結果的にではあるが、いろはは村人や亜人を殺してしまったことになる。それは決して彼女のせいではないのだが、何かを救うために何かを傷付ける決断はできていたはずだ。
この男が〈災厄〉になって良いはずがない。それは……最も防ぐべき事件だと思うのだが……。
「〈災厄〉は己の誕生や死に関する運命を覆せない。同じ神である存在の運命を捻じ曲げることはできねぇのさ。だから俺が生まれた。だから原初の〈災厄〉は消えた。俺たち唯一の弱点だぜ。ま、そいつらもまとめて消えちまったんだがな」
「…………」
いろはは、消えた。
そしてこいつが〈災厄〉、すなわち神に近い存在になった。
俺たちは……どうなるんだ? もう勝てないのか?
「くくくっ、おいおい、来たなおい」
突然、アルフレッドが笑いながらそんなことを言い出した。何があったのかは分からないが、こいつが喜んでいるということは絶対に俺たちにとっていいことじゃない。それだけは確かだ。
「…………」
「分からねぇだろうから教えてやるぜクリフ。お前の知り合い、前園いろははさっき消えた。そして俺が新たな〈災厄〉としてこの世界に君臨した。過ぎ去り過去は未来を隔てる壁となり、精神の干渉をより難しくする。つまりは……お前を守る女神が遠ざかってるわけだ」
「まさか……」
「あの女の干渉が弱まってきたぜクリフ。とうとう、俺の思い通りにできるかもな。さて、まずは……」
いろはの守りを失う。
それは俺にとって、死を意味する。
「〈緑神〉っ!」
ここに来て、俺はやっと動き始めた。
どうやって勝てばいいのか分からない。だが、このままむざむざと殺されてしまうわけにはいかないだろ。
そもそもさっきから神だの過去だの未来だの、本当の話なのか? 口だけで説明されて……いまいち実感がわかないのだが。
まあ、どちらにしても無抵抗で殺されるわけにはいかない。
抗うのみだ。