死の運命
俺たちは〈災厄〉との会話している。すぐ近くでは、アルフレッドと亜人たちが激闘中だ。
そう、未だアルフレッドとの戦いが続いている。弱って助力を求めていたとはいえ、まだまだ戦える力を残しているようだ。
もし、この〈災厄〉が本当に敵でないなら、俺たちは全力であいつを叩きに行くべき……なんだが。
整理しよう。
俺の村を滅ぼした時や、過去で俺自身が狂った時。あれはいろはの仕業らしい。ついでにアルフレッドを唆したのもいろは。だけどそれは必要な犠牲だったと。もう一人の〈災厄〉が起こす悲劇を妨害するためと。
つまり元凶は邪悪な方の〈災厄〉にあると。
「その、いろはが言う邪悪な方の〈災厄〉はどこにいるんだ? そいつさえ倒せばすべてが終わるのか?」
「〈災厄〉は常に一人。私が〈災厄〉となったことで、あの〈災厄〉は消えたの」
「え……でも……、そいつがいるからこれまでの悪事が起こったんじゃないのか?」
「〈災厄〉は過去にも未来にも存在するから」
「…………」
〈災厄〉は過去にも未来にもいる。しかし一人。
難しい概念だ。でも未来にいるっていうことは、消えたとしても過去から干渉できるってことか?
今この世界で起きている不幸な出来事は、過去の〈災厄〉が仕組んだ悪事。だけど今の〈災厄〉であるいろはが妨害したから、被害が最小限に抑えられた?
理屈としては、難しいがまあ理解できなくもない。しかし理解してもこれからどうすればいいのか答えが見つからない。
過去から干渉って、それ……もう詰んでないか?
「えーっと、ちょっと、待ってくれ。〈災厄〉は過去にも行けて未来にもいける、時間を超越した存在なんだよな? だったら、その邪悪な〈災厄〉がここに来る可能性もあるのか? いや、〈災厄〉は一人なんだから、ここにもう一人現れるというよりは、いろはが突然邪悪な〈災厄〉になる感じか? 俺たちは戦うことになるのか?」
「正確には過去に行けるわけじゃないの。自分の意識を未来や過去の自分とリンクさせて、思い通りに操る……みたいな。干渉、って言い方が近いかもしれないよ」
「つまり、いろはも操られてしまう可能性があるのか?」
だとしたら、やはりここでいろはと戦わないと、俺たちは……。
「ここは私の世界。私がいる未来の世界。あの日、〈災厄〉は消えて私になった。過去から干渉するのはとても手間なの。だからこの現代では、私の影響力がとても強くなった」
「そう……なのか?」
「〈災厄〉はこの国を滅ぼすために100万回以上過去から干渉してきた。でも私はそれ以上にその干渉を妨害して、この結果に持ってきたの。古い〈災厄〉は過去のものとなり、過去から未来への干渉は難しい。つまりこれから時がたてばたつほど、過去の邪悪な〈災厄〉が起こした悪事はなくなっていく」
「…………」
またしても難しい話だ。
俺たちの敵となる〈災厄〉はもう消えている。そして過去からの干渉は難しいから、これからそいつの悪事はどんどん減っていく、と。
つまり俺たちは〈災厄〉を倒さなくて……いいのか?
「つまり、もうその邪悪な方の〈災厄〉は現れないと? 現れてもいろはが対策してるから大したことないと?」
「難しい……話なの来栖君。私にも答えられないことがある。これからも、誰かにとって不幸な出来事は起こる。だけど規模で言うなら、もう村が滅んだみたいな恐ろしいことは起こらない。私が絶対にそうさせない。来栖君も私が守る。私は……来栖君のことが好きだから」
「いろは……」
あの日、いろはに告白されたことを思い出した。
当時の俺はアリスが好きで、そして彼女を救うために奔走していた。いろはからの告白はまさに切迫したタイミングだったから、誠意ある返答をできず冷たくあしらってしまったように思える。
でも、俺はいろはに……守られていたんだな。
「俺を……助けてくれていたのか? 俺は、〈災厄〉がすべての黒幕だとばかり」
「うん。私が来栖君を助けたの。来栖君を転移させたのも私」
「は?」
転移?
どういうことだ?
転移って、俺がエルフとしての生を終えた時の話か? それとも過去に戻ってクリフとなった時の話か? あるいはその両方?
なぜあんなことが起きたのか、全く分からなかった。しかしこの世界の神だという〈災厄〉の力だと言うのなら、確かに……ありえない話じゃない。
「俺を、転移? どうしてそんなことを?」
「来栖君の死の運命はあまりにも強く、私の力でもどうにもならなかった。だから、死んでもらうしかなかった。死んで、転移して、過去に戻って。そうやって誤魔化さないと、未来を紡げなかった」
運命が強いって、どういうことだ?
ひょっとして、俺は邪悪な方の〈災厄〉に何かの恨みを買ってしまったのか? 俺の死が世界を破滅させるトリガーにでもなるのか? だから〈災厄〉が俺を殺そうとした? それが運命だった?
話せば話すほど疑問が増えていくばかりだった。だけどこれ以上昔話を続けていたら、戦っている亜人たちに申し訳ない。早く結論を出さなければ。
「俺は……どうすればいいんだいろは? いろはは……元に戻れるのか? と……とりあえず皆には俺から事情を話すよ。だから一緒に来てくれ。まずはアルフレッドに止めを刺してしまおう」
「最後に、会えて嬉しかったよ来栖君」
「え? いろは?」
「さよなら」
その、瞬間。
黒い霧が現れた。
一瞬にして出現した黒い霧は、即座にアルフレッドに似た人型を作り出した。そしてそのまま、奴の剣が……いろはを突き出した。
「ふざけるなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
怒声を上げるアルフレッド。
〈災厄〉――いろはは血を吐いている。
「こいつを助けたかっただと? 好きだっただとっ! お前は……そのために俺を利用したのかっ!」
周囲では亜人たちが戦ったままだ。おそらく奴の触手みたいな分身体の一部だろう。まさか霧に紛れてこちらを攻撃してくるなんて……。
くそっ! 俺がもっと注意してれば……。衝撃的な話の内容に、つい気を逸らしてしまった……俺もミスかもしれない。初めからアルフレッドに集中さえしてれば……。〈災厄〉が黒幕だと勘違いしていなければ……。
「残念だぜ。恩のあるお前だけはこの手にかけるつもりはなかった。すべての敵を根絶やしにした後、二人だけでこの世界の神として君臨しても良かった。だが俺への裏切りは許さねぇっ! 初めから、こうしていれば良かったのかもなっ!」
「止めろっ! アルフレッドっ!」
俺の〈枝剣〉がアルフレッドを切り裂いた。
しかし、霧の集合体みたいになっていたこいつの体は、一刀両断した程度でどうにかなるものではなかった。俺は手ごたえを全く感じることなく、黒い霧がいろはを覆っていく。
こ……これは……。
ただ、いろはに止めを刺しただけじゃない。奴は、ひょっとしていろはを……いや、〈災厄〉の力を〈暴食〉で吸収しようとしているのか?
いろは曰く、〈災厄〉は神に近い存在。それを吸収したアルフレッドは、これまでのどんな生命体をも超える最強最悪の存在へ進化してしまうかもしれない。
と、止めなければっ!
「〈白落雷〉っ!」
ここで、大河がスキルを発動した。
瑠奈も、クリームヒルトも、他の亜人たちも一斉に黒い霧の塊へと攻撃を加える。もちろん俺も幾多の植物を生み出し攻撃を加えた。
しかしその力は全く通用しなかった。その塊はすべての攻撃を弾き飛ばし、全く通用していなかった。
そして、すべての触手が消失した。
周囲で戦闘を繰り広げていた、アルフレッドの体の一部。それが一斉に消失してしまったのだ。俺たちが倒したからではない。アルフレッドが、奴自身の体に変化が起きているからに違いない。
何かが……生まれようとしている。黒い霧は凝縮して固まり、まるで卵のようになっていた。
「……待たせたな」
卵の殻を破るように、黒い霧が壊れた。すると、中から一人の男が現れる。
「俺が……〈災厄〉だ」
災厄アルフレッド。
魔王を超える邪神の登場に、俺は……絶望するしかなかった。