全光神
王国軍、到着。
それは俺たちにとって更なる援軍の到来を意味していた。触手を伸ばしたアルフレッドは、たとえ遠くにいる敵であっても近接戦を仕掛けられてしまう。もちろん奴のせいでそれなりの犠牲は出てしまうのだが、決して無傷というわけにはいかないだろう。
「チャンスだっ!」
俺たちはアルフレッドに猛攻を仕掛けた。声をかけるまでもなく、全員でアルフレッドの触手を叩き潰していく。
アルフレッドは迷っている様子だった。無理もない。どこもかしこも敵ばかりなのだ。どれだけ〈覇神刀〉が強力であったとしても、全方位から攻撃には対応することが難しい。
それでも、その力を打たれたら犠牲が大きかっただろう。しかし人間たちの到着はアルフレッドにとってあまりに予想外の出来事だったようで、触手を動かすことに手いっぱいになっているようだった。
俺たちが押している。
いける、いけるぞっ! この戦い、もしかすると……。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!」
突然、アルフレッドの咆哮が響き渡った。
なんだ、何をするつもりだ?
アルフレッドの周囲に、黒い霧が立ち込める。
そしてそれと同時に起こったのは、地面を揺らす地震だった。
こ……これは。
この地震、記憶がある。
かつてアルフレッドが巨大なクラーケンと化した時、同じように地震が起きていたはずだ。あの時は大変なことになった。集まっていた亜人たちが城の瓦礫に埋もれて、多くの死者を出した。そしてそのあとには奴との戦いが控えていたのだから、まさしく踏んだり蹴ったり。
「まずいぞ、あの時と同じだっ!」
クリームヒルトの悲痛な叫びが聞こえた。
また、あの時の惨劇を繰り返そうとしているのか? クラーケンなのかどうかは分からないが、何か……巨大な生物にその姿を変えようとしているのかもしれない。
一応、対策としてある程度距離を離しながら戦うという戦術を取っている。しかしそれすらも体が巨大過ぎれば意味を成さないし、そもそもここで戦っている俺たちが全員無事ですむかどうかは難しいところだ。
以前とは違い城はすでに瓦礫の状態。建物が崩れて押しつぶされる、という心配はないが奴自身の巨体にやられてしまう可能性はある。
ここまで、俺たちは良く戦っていた。そして前回のクラーケンも見事倒すことができた。この有利な状況で数十年前の展開を繰り返せば、もっと被害が少なく良い結果を残せるかもしれない。
しかし、だからといって目の前の被害を無視することはしたくない。今回は魔素の毒もなく、不安要素が大きい。
ならば、答えは決まっている。
ここで、叩くしかないっ!
「仕方ない。みんな、例のやつをっ!」
これは、事前に決めていたことだ。
どうやってアルフレッドという強大な敵を倒すのか? ここに来るまでに、俺たちは何度かその議論をしていた。まあ巨大細胞になったり〈覇神刀〉なんて出てきたりしたから、いくつかは使えなくなってしまったのだが、この戦術は今でも健在だ。
これは高い再生力を持つアルフレッドに、完全な敗北を与えるための一撃。すなわち必殺技だった。
まずは、俺。
乗っていた〈緑神〉から飛び降りる。こいつがこの技の核となる。
「やってくれっ!」
俺の掛け声をとともに、皆が動き始めた。
「〈雷光神〉っ!」
大河の奥義、〈雷光神〉。雷を獣の形にして攻撃させる技。まず、こいつと俺の〈緑神〉を合体させ、光を帯びた植物体を形成させる。
続いて。
「〈祝福の光〉っ!」
瑠奈の〈祝福の光〉が発動する。本来俺たちの力や防御力を強化するスキルだが、こいつを〈緑神〉にかける。
さらに。
「これでっ!」
クリームヒルトが光属性のブレスを放った。神々しいその光は〈緑神〉をさらに強化し、さらなる破壊力を与えてくれる。
俺の〈緑神〉。
大河の〈白雷〉。
瑠奈の〈聖光〉。
クリームヒルトのブレス。
みんなの力が合わさった、最強の一撃。これが事前に決めていた、アルフレッドに止めを刺す必殺技だった。
俺の〈緑神〉が光を纏い、神々しくなるその姿。
俺たちは事前の訓練で、この技に〈全光神〉と名前を付けた。
「貫けええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」
今、まさに変身しようとしていたアルフレッド。奴を守るいくつもの触手を貫き、黒い霧をかき分けて、俺たちの〈全光神〉が……奴の細胞体を貫いた。
まさしく一筋の太陽光が差すような光景。光の槍が、アルフレッドの核を貫いてみせた。
これまでの触手潰しとは違う、確実に止めに近いダメージを与えることができたはずだ。俺たちは、アルフレッドを倒せたのか?
まばゆい光の〈全光神〉が消失し、俺たちの戦果が露わとなった。
「お……俺……おれ……は……」
アルフレッドは、死んでいなかった。
巨大細胞の形態を解除したアルフレッドは、元の人間としての姿を現していた。だがその姿は明らかに満身創痍。血を流し、ぐったりと地面に座り込みうめき声をあげている。それでもいくらかの魔物たちが彼を覆っていて、周囲を覆う黒い霧も健在。確実に弱ってはいるが、まだ抵抗するつもりなのだろう。
こいつは応用力のあるスキルを持っている。だからこういう必殺技は初見で大ダメージを与えることができても、次は何らかの対策が取られてしまう。
なるべく、完全に止めを刺してしまう形で使ってしまいたかった。弱っているように見えるが、本当にこいつを倒しきることができるのだろうか?
とにかく迷っている暇はない。俺たちは戦う運命にあるのだから。
そう思い、俺は勇気を出して駆けだした……のだが。
「さ、〈災厄〉っ!」
突然、アルフレッドがそんなことを言った。
視線を追うと、そこは瓦礫の中。ちょうどアルフレッドと戦う俺たちの死角になっている場所だった。
「…………」
影から生まれるように、そこから女が現れた。白い長い髪で、歳は俺たちと同じくらいに見えるほどに若い。
こ、この女が、〈災厄〉?
影になっていた表情は見えない。仲間を傷付けられ怒っているのか、それとも黒幕らしく妖艶に笑っているのか。とにかくゆっくりとこちらに近づいてきている。何かを……仕掛けるつもりなのか?
「よ、よく来た〈災厄〉っ! た、助けてくれっ! このままじゃあ、俺が倒されちまうっ!」
必死に助けを請うアルフレッド。
どうやら、ピンチの振る舞いは演技でも罠でもなく本物だったようだ。俺たちは本当にアルフレッドを追い詰めていたようだ。それは確かに誇らしいことなのだが、このまま〈災厄〉が手を貸せば、すべてが水の泡に……。
俺はまたこいつに狂わされてしまうのか?
それとも、別の力で倒されてしまうのか?
「…………」
近づいてくる彼女を見て、緊張が最高潮に高まった。情報が少なすぎて、何の対策も打てなかった黒幕が、こうして堂々と目の前に現れたのだ。恐怖以外の何者でもない。
どうする?
このまま攻撃を仕掛けるか?
交渉、できたりするのか?
逃げる? いやアルフレッドは無視できない。
距離が近い。攻撃されるのか? どうする? どうするどうするどうするどうする?
混乱する俺のもとに。
「本当に久しぶりだね、来栖君」
〈災厄〉の声が、聞こえた。