狼狽えるアルフレッド
〈覇神刀〉。
アルフレッドがそう名付けた刀は、かつて魔王が使っていた〈魔神刀〉以上の力を持つ武器だ。まともに食らってしまったら俺たちに勝機はないだろう。
俺は即座に立ち位置を変えた。
俺たちがやってきた魔の森側ではなく、城と山との境界に位置する反対側。当然攻めてくる仲間たちは森側に結集しており、こちら側に攻撃されても被害が膨れ上がることは無い。
「みんな、なるべく散開して戦うんだ」
「分かってるっ!」
俺の行動に続いて、大河やクリームヒルトもその立ち位置を変え始めた。すべてはアルフレッドの攻撃を最小に抑えるためだ。
「はははっ、俺を恐れて逃げ惑う愚かな小物たちめっ! いいぜ、恐怖して震えろっ! お前たちは俺に勝てない、絶対にだっ!」
再び、アルフレッドが剣を構えた。〈覇神刀〉によるその力に、俺たちは警戒をしたのだが。
「――〈白落雷〉」
大河の声が聞こえる、雷撃を呼び込むあいつの遠距離攻撃だ。上空から雷が飛来し、アルフレッドを直撃する。
「ちぃっ、雑魚が」
効いてはいないが、気を反らす程度には効果を発したのだろう。〈覇神刀〉の攻撃動作が解除された。
「来いっ!」
俺は周囲に植物の種をまき散らした。
すると即座にその種が発芽する。その蔓がさながら触手のようにアルフレッドへと迫っていった。
「馬鹿にすんじゃねーぞっ!」
少しでも気を逸らせれば、と思ったのだがさすがにこんな子供だましは通用しなかったようだ。アルフレッドは周囲にブレスのような炎をまき散らし、その蔦を完全に燃やし尽くしてしまった。
「お前は本当にうんざりする奴だぜクリフ。俺に毒を入れたり妨害工作をしたり遠距離からちくちく俺を刺したり、本当に情けない奴だぜ。それでも男か? 呆れてものが言えねえよっ!」
「お前を倒せるならどれだけ馬鹿にされてもいいっ! 俺たちは命を賭けて戦ってるんだからなっ!」
いらだちを隠そうともしないアルフレッド。だがそれは、逆に俺たちの攻撃が少なからず効いていることを意味する。
が、それまでだった。
アルフレッドは再び〈覇神刀〉を構えた。そしてそれはクラスメイトのスキルや俺の植物程度ではどうすることもできず、今度こそ完全に放たれてしまったのだった。
「死ねええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」
〈覇神刀〉、二撃目。
アルフレッドは俺を倒すことよりも、正面側にいるクラスメイトたち、そしてその背後に控える亜人たちを倒すことに重点を置いたようだ。俺の相手は触手に任せ、前方に〈覇〉神刀〉の力を放った。
こちらに向いていないとはいえその威力は絶大。俺は体勢を崩しそうになり、〈枝剣〉を地面に刺して堪えることしかできなかった。
そして――
「あああああああああああっ!」
足を押さえ、苦しむクラスメイトの一人。〈覇神刀〉の力を避けきることができなかったようだ。くるぶしから下が欠損し、おびただしい量の血が出ている。
しかしこうして声を上げている彼はまだましなのかもしれない。本当に犠牲になってしまった亜人の中には、声を上げることすらできない者もいただろう。
また、亜人たちが死んだ。
強い。
やはり、アルフレッドは強い。俺たちは最終的に勝利するかもしれないが、これからの犠牲を考えると頭が痛くなってくる。
俺の知り合いも全員無事とはいかないかもしれない。いや、他人の心配をしている場合じゃない。もしかすると俺自身も、勝利の犠牲になってしまう可能性が……。
だがのんきに悩んでいる暇なんてない。俺たちはもう戦地に赴いているんだ。こうしている間にも、数々の触手が俺のもとへと飛来してきている。俺はそれを剣ではじいたり〈緑神〉にぶつけたりしながら、奴を少しずつ弱らせていくしかない。
「な……なんだこりゃっ!」
突然、アルフレッドの狼狽える声が聞こえた。
なんだ? 何かあったのか?
目の前のアルフレッドに変化は見られない。俺たちの攻撃を受けながら〈覇神刀〉を構えてるだけだった。しかしその狼狽えた様子はただの冗談では済まされないほどの何かがあった。
「俺の触手が、次々と潰されて……」
触手?
確かに俺たちが今頑張って潰してるが、それは今更コメントするようなことなのか? 別に、特に何か変わったことがあったようには見えないのだが。
と、そこまで考えて俺は気が付いた。
なるほど、そういうことか。
巨大細胞から伸びたアルフレッドの触手は、ここではない遥か後方まで伸び、そこにいる亜人たちと激闘を繰り広げているはずだった。それは俺たちの視界に映らない遥か遠くの話であり、視界の悪い森の中も含まれているかもしれない。
そこで、何かがあった。アルフレッドにとって悪いこと。触手が多く潰されてしまうような事態。
これまでも亜人たちが頑張って触手と戦っていた。それプラス、何か新しい要素が加わったということ。
「おいおい、ふざけんなよ。なんだよこの人間の数は。まだ残ってやがったのか、雑魚が……」
なるほど、どうやら答えが見えてきたようだ。
アルフレッドの驚かせたのは、新しく到着した人間の敵らしい。もちろんこんな辺鄙な場所に偶然冒険者が紛れ込むはずもなく、かといって未知の第三国とも考えにくい。答えは単純だ。
王国軍、到着。
俺たちに遅れて、大パステラ王国の兵士たちが到着した。彼らは亜人たちと争うことなく、この魔王の化身たる触手と戦闘を始めたということだ。
広範囲に散ったアルフレッドの触手。それは同時に攻撃すべきターゲットの範囲が拡大することを意味している。これまでも決して一人だけで戦っているつもりはなかったが、これからはもっと助力が期待できるということだ。
まだ、俺たちは戦える。
そして、勝利をこの手に。