大森林侵攻
俺たちは大森林へと侵攻した。
東側からは大パステラ王国の兵士たち。そして北側からは〈グランランド〉の亜人たち。広大な森を二方向から攻め、魔物たちを完全に掃討する作戦だ。
すでに使者を送り援軍を募っている。遅れて到着したそいつらは、王国の兵士たちの指揮で前線に投入される。なにせ森は広大だ。兵士がいくらいても足りないほどに。
そして俺たちはクリームヒルトとともに〈グランランド〉側から攻めている。大河たちクラスメイトも一緒だ。
アリスは〈グランランド〉に預けた。これが最後の決戦だ。これ以上危険な場所に連れて行くわけにはいかなかった。
そして。
「はっ!」
枝の剣で、魔物を殺す。
今日も森の中で、俺は戦っている。
独りだけじゃない。亜人の仲間たちと一緒だ。
巨大な戦斧を振り回すオーク。
その強靭な肉体で肉弾戦を仕掛ける鬼族。
眷属のコウモリを操る吸血鬼。
大地を駆けるケンタウロス。
歌で魔物たちを惑わすセイレーン。
みな、〈グランランド〉から来てくれた亜人たちだ。心強い。昔アルフレッドと戦った時を思い出す。
「さすがはお強い。あの頃から衰えておりませんな」
突然、一人のオーガが俺に声をかけてきた。
「あなたはあの時の……」
覚えている。この前〈グランランド〉に立ち寄った時、俺のことを知っていると言っていたオーガの将軍だ。かつてアルフレッド戦でともに戦ったとも聞いている。
そうか、あの時の戦いの経験者か。人間なら女王みたいにそれなりに歳を取っていて前線で暴れにくいだろうが、寿命の異なる亜人ならその程度の期間は問題にならない。
オーガの将軍はそれなりに歳を取っている様子だったが、この様子ならまだまだ中年と言った程度だろう。十分に体を動かせている。
「お懐かしい限りです。十数年前のあの日の無念を……我らの手で」
「そうだな……俺たちの手で」
「皆の者っ! 伝説の英雄殿の再戦だっ! 恥を晒すな、誇りを見せよっ!」
オーガ族の将軍が、大声で配下の兵士たちにそう言った。
すると、それに呼応するように亜人たちが声を上げる。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
獣のような咆哮とともに、森の中へと突撃していく亜人たち。
頼もしい限りだ。これなら、ただの魔物に後れを取ることはないだろう。
これまでのところ、進軍は順調だ。
すでにラミエルの遺跡があった辺りや、俺たちのエルガ村があった場所も確保している。おそらく、この先に亜人が住む村はないだろう。いわゆる魔王領と呼ばれる魔族の領域だ。
だがここまでは数十年前の焼き増し。魔王城に到達したその時、俺たちは真の敵と対峙することになるだろう。
アルフレッドと、そして〈災厄〉だ。
中でも〈災厄〉に関しては分からないことが多い。
一応、〈災厄〉の問題は王国側と共有してある。と言っても、そういう精神攻撃があると伝えることしかできなかったのだが。
結局のところ、俺たちは何か有効な攻略方法を見いだせたわけじゃない。アルフレッドが魔物を率いて攻めてきたから、その反撃にここまでやってきただけだ。もし〈災厄〉があの精神汚染を森全体に仕掛けることができたとしたら、もう俺たちになす術はないだろう。
だから、そこまで広範囲高出力の魔法ではないと信じるしかない。
「来栖、何があったんだ? 突然大声が聞こえてきたけど。敵か?」
後ろから、大河が駆け寄ってきた。どうやら亜人たちの声で、何か悪い想像をしてしまったらしい。
「ああ違うんだ大河。みんな気合を入れて声を上げただけだ。異常事態じゃない」
「そうか。何かあったかと思ったぞ」
そう言って、大河が俺の横に並んだ。
前線に戻る様子はない。どうやら何か話があるようだ。
「あのさ、お前に聞いてたアルフレッドって人が魔王なんだろ? 来栖はそいつのことを知ってるんだよな?」
「まあ、そんな詳しいわけじゃないけどな」
「こうして戦っててさ、何考えてるんだろうなって思ったんだ」
「何って?」
「……いや、なんだか馬鹿過ぎないか? 何の戦略もなく魔物を大量にぶつけてさ、それで全員の反感買って、こうして当然のように攻められて、勝てるわけないだろって」
「…………」
まあ、確かに大河の言うことも理解できる。
俺たちの進軍はあまりに上手く行き過ぎてしまった。もちろん罠である可能性もないわけではないが、俺の考えは……少し違う。
「まあ、これは俺の想像なんだけどさ」
あくまで、俺の意見だ。
「あいつは、たぶん俺たちが一緒になって攻めてくるなんて思ってなかったんじゃないかな?」
「一緒になってって、こっちと、王国の兵士たちや亜人たちのことだよな? どうしてそんな思い違いを? こんなに魔物から攻められてるのに、無視できるわけないだろ。それでも勝てると思ってたのか? なら、普通の兵士や亜人を馬鹿にしすぎなような……」
「あいつは見た目若いけど、年齢は女王より少し上くらいなんだ。分かるだろ? 女王と一緒なんだよ。亜人を見下して、嫌悪して、騙して。最低の屑野郎だ。そのくせ魔王になったから人間すらも見下してる」
あの戦い以降、魔王領に籠りつつ俺の村で過ごしてたみたいだからな。女王にも会ってなかったようだから、きっと人間のことなんてほとんど調べてなかったんだと思う。
「兵士たちの練度も昔の記憶のまま止まってる。亜人に関する認識だって女王と同程度。だから魔物が追い返された。昔とは違うんだよ、昔とは」
「いや、でもさ。いくら昔弱かったって言っても、亜人と人間に同時に攻められて耐えられるはずが……」
「女王に少し適当なことを吹き込めば、亜人と人間が醜い争いをすると思ってたんだろうな。だから女王がああなった。あいつの頭の中では、女王の死は俺のせいになって、それで世の中大混乱さ」
実際、俺は亜人のせいにされるかもしれないと覚悟していた。悔しいが、アルフレッドと同じような認識だったわけだ。
でも、あいつがそうであるように俺もずっと〈災厄〉のせいで眠り続けていた過去の人間だ。だから、そのあたりを読み違えていた。
人間と亜人は手を取り合ってるわけじゃない。今だって俺のクラスメイトを除いて、亜人と人間は全くの別行動で別の場所を攻めている。
ただそれでも、敵対的なのではない。どこかの外国みたいに、利用するときは利用して協力するときは協力して、時には争う。そんなごく当たり前の関係になったということだ。
女王やアルフレッドが想像するような、険悪な見下しや憎悪はそこに存在しない。完全になくなったとは言わないが、新しく国王代理となったアルバートや多くの人たちはそうなのだ。
俺は過去に戻り、多くの人に触れて気が付いた。時代とは移り変わっていくものだ。
人はより強く、そしてより相手を理解するようになった。もはやアルフレッドや女王は旧世代の老害でしかない。
女王が築いた時代が、女王の死によって終わった。それだけのこと。
「もしかしたら大河、お前が活躍したおかげかもな。亜人と人間が、少しだけ仲良くなれたのは。アルフレッドは、お前に負けたのかもしれないぞ」
「よしてくれよ来栖。俺は大したことはしてないよ。……って、話が長くなりすぎたな。少し雑談するだけのつもりだったのに。これ以上は迷惑になるから、俺は前線に戻るよ」
「ああ、頑張ってくれ」
大河が前線へと戻っていった。
これから百歩譲って〈災厄〉に遅れを取ることはあるかもしれないが、アルフレッドに関してももう勝利したと言っても過言ではない。この昔以上に無様な結果は、英雄願望を持つ奴の望みではないはずだ。
だから今、こうして俺たちが前に進むことは正しい。
今度こそ、希望に溢れた未来を掴み取る。