タイガ団
大河が、女王に抗議している。
「来栖は俺たちの仲間だっ! それなのに少し変なスキルがあっただけどこんなに言われるなんて、あんまりだろっ! あんたたちが召喚したんだろ! 少しは責任を感じないのかっ!」
確かにそうだ。こいつらに協力したくてここに来たわけじゃないのにな。
「私も言いたいっ!」
大河に続いて、瑠奈が口を開く。
「来栖をこれ以上馬鹿にするなら、私は一生あなたたちに協力しませんっ! 彼と一緒に出ていきますっ!」
「る……瑠奈」
瑠奈が俺に抱きついてきた。
瑠奈……。
俺は……お前を……。
「冷静になりたまえ大河。クラスメイト一人切り捨てて、この国で養ってもらえるなら安いものではないか」
と、俺の言葉に水を差す奴が一人。
彼の名前は近衛駆。
かつてクラスメイトだった男だ。とても頭が良くて、東大かどこかに進学したというのを覚えている。
メガネの奥の瞳をぎらつかせながら、俺への敵意を隠そうとしない。
いや、これは敵意というよりも侮蔑。
スキルの件がなくても、もともと大してテストの点が良くない俺のことを見下していたのかもしれない。
だが、駆の言葉に耳を貸す大河ではなかった。
「俺たちは仲間だっ! 誰一人欠けることなんて認めないっ! もしお前らが来栖をこれ以上侮辱するなら、俺たちはあんたに協力なんかしないっ!」
そう言い切って、大河は俺を庇うように両手を広げた。
瑠奈は俺をさらに強く抱きしめる。
しばらく、静寂が続いた。
女王と大河の視線が火花を散らしている。互いに譲りたくない、自分は間違っていないという強い意志を感じ取ることができた。
このまま対立は永遠に続いてしまうのではないかと錯覚するほどであったが、先に折れたのは……女王だった。
ヴィクトリア女王深くため息をついたのち、目を細めてゆっくりと頷いた。
「良いでしょう。雑魚の底辺一人、奴隷としてあなた方に与えると考えれば良いだけのこと。その者のことは忘れることとします。お気を悪くされたのなら謝りましょう勇者殿。わらわは決してあなた方と敵対するものではないのです」
女王が折れた。
俺のことを認めていないが無視するといった様子だった。気分を害した様子で側近と適当に話をしたのち、この場から立ち去ってしまった。
こうして、俺たちと女王の出会いは終わった。
女王がいなくなったのち、大河たちは召使いの案内を受け、城の外へと出た。
城のちょうど東隣に位置する、レンガ質の建物が並んだ区画。
客人をもてなすための建物、ということらしいが、今回俺たち異世界の召喚者たちに割り当てられることとなった。
もっとも、部屋は10程度だから、個室、というわけにはいかないようだ。今はみんなで集まって部屋割りや今後のことについて話あっていた。
話を主導しているのは、やはり大河だった。
「あいつらなんなんだ一体っ! 俺たちをここに呼んで、助けてほしいって言いながら、来栖のことを馬鹿にしてっ! あれが客人に対する態度か? 協力を求める姿勢か?」
大河は女王に対して憤っていた。よほど俺を馬鹿にされたことが気に入らなかったのだろう。
大河たちは決して邪険に扱われていなかったと思うんだが、やっぱり……俺のことをちゃんと仲間だと思ってくれてるんだな。
ありがとう……大河。
「あいつらは信用できないっ! 何かが弱いから、何かができないからって馬鹿にして切り捨てる奴は、いつか仲間や友人にも同じことをするかもしれないっ! 俺たちだって、何かの拍子に力がなくなったらあの時の来栖みたいになる可能性がある」
確かに、あの様子じゃ役立たずになったら大変なことになりそうだ。俺じゃなくても不安に思うか。
「じゃあどうするんだ、大河?」
「俺たちはさ、団結しなきゃならない。来栖だって、他のみんなだって何があるか分からないからな」
「お……おう」
団結、か。
レクリエーションやりましょうって、和んだ場じゃないよな?
「だから俺たちは団結する。俺たちは仲間だっ! 同じ故郷をもって、帰りたいと願う同志なんだっ! みんなだって、そう思うよな?」
こくり、と頷く一同。これが大河の人望か、あるいは女王の自業自得か。とにかくうまくまとまりそうだ。
駆は渋い顔をしてるようだが……。
「国からの命令じゃなくて、俺たちだけの……パーティー、みたいなやつを作っていこう」
パーティー?
祭りとかじゃなくて、ゲームの仲間とか集団とかそんな意味のやつだよな?
「その名は……〈タイガ団〉っ!」
「大河、お前少しは捻って名前つけろよな。まんまじゃないか」
「う、うるさいな来栖! 虎みたいでかっこいいだろ」
「まあ言われてみれば……」
照れる大河。
笑う瑠奈。
「俺たちのマーク、旗みたいなやつも考えてるんだ。こんな感じでさ……虎を……」
そう言って、大河は机に紙を敷き、絵を描き始めた。
「……えっ?」
その旗を見て、俺は……絶句していた。
虎のような紋章の描かれた黒い旗。それは、あの時、エルガ村を滅ぼした人間たちの……旗だった。
激しい心臓の鼓動が、外に漏れていないかと不安に思った。
変な汗が体中から噴き出している。
何かの、偶然か?
こいつらが……大河の言う〈タイガ団〉が……俺たちエルフの村を滅ぼしたのか?
女王に言われて仕方なく? 誰かに騙されて? あるいは別の亜人たちの村と勘違いして?
分からない。
分かりたくもない。
だってあいつらは言っていた。男はみんな殺して女子供は奴隷だって。どう見てもただの盗賊団か何かだった。
あの大河が、そんなことを言うのか?
じゃあこの旗はなんだ?
大河……お前は、俺たちを……。
「なあ来栖、話聞いてたか?」
はっとして振り返ると、大河が心配そうな様子でこちらを見つめていた。
「悪いな。お前もあれだけ女王たちから文句言われて、きつかったんだよな? 悩みたい気持ちは分かる。あとのことは俺たちに任せて、ベッドで休んでくれていいぞ」
「た、大河……。心配するな、大丈夫だから」
「本当か?」
「来栖、本当に大丈夫?」
瑠奈が俺の手を握ってきた。
やめてくれ。
俺は……アリスと……結婚して……。
そうだっ!
俺にはやるべきことがあるんだ!
村に戻って、アリスと結婚式の続きをして……いや、その前にアリスの命を救って……。
あ……アリスはどこにいったんだ? 奴隷にされたのか? そもそもあの時、生きていたのか?
過去に戻ったとしたら、俺は……クリスじゃないのか? エルフの村にはアリスの幼馴染のクリスがいて、俺はただの人間で部外者……。俺の好きだったアリスは……もう……いない?
あの日、大木の上で二人、唇を重ねたことを思い出す。
アレンに勝った時のことを思いだす。
そして、結婚式を開いたあの日のことを。
アリス……俺は……。
「大丈夫」
瑠奈が俺を抱きしめた。
「……瑠奈」
「たとえ世界中が敵に回っても、私が一生来栖の味方でいるから」
「…………」
俺たち、この時はまだ付き合ってたんだよな。瑠奈はいつでも優しくて、俺は少し照れ臭かったけど、そんなこいつのことが好きで、好意を向けられるのが嬉しくて。
瑠奈。
ならどうしてお前は……
俺を、捨てたんだ?