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プロローグ

挿絵(By みてみん)

 

 果てしない森が広がっている。

 

 大パステラ王国西方に広がる森林地帯――モルガ=モリル大森林。数十、数百メートルを超える巨大な木々と、その林床に数々の植物によって構成された、大自然の楽園。


 ここはそんな深き森の中に存在する、小さな川。


「よっと」


 ツタでできた網を手繰り寄せ、川岸へと運んでいく。

 ついさっき川へと投げ込んだこの投網には、この川に生息する食用の川魚が大量に絡まっている。こいつを村のために集めるのが、今日、俺に課せられた仕事だった。


「くそっ、俺たちの種族なんて人間とたいして変わりないのに、どうしてこんな重労働を……」


 俺、クリスはエルフである。


 オークなどの腕力に優れた種族と違い、エルフの力は人間とそう大差ない。従ってこの投網を引き上げる作業はかなりの重労働だった。


 くそっ! 重いし……あちこちに引っかかってめんどくさいな。それに川の水が冷たい。

 大体なんで遠くの川に行って魚を取りに行かなきゃいけないんだ? こんな原始的な生活、我慢の限界だぞ!

 村の近くに養殖場を作って、そこから取ってくればいいんだよ。魚は遺伝子操作して品種改良、それで二十四時間機械管理。必要な時に必要な量を小さな網ですくいとる。それが一番楽で合理的な方法っ!

 

 なんて、電動とか遺伝子操作なんてこの世界じゃ無理だよな。

 そう……。


 俺、クリスは転生者だ。


 日本では浅見来栖あさみ くるすという俺は、ある日、トラックにはねられて事故死した。

 享年三十歳。底辺社会人として、ブラック企業でのサービス残業とプレッシャーに心を潰されながらの……不注意の事故。


 そして目覚めると、俺は赤ん坊としてこの異世界に転生していた。

 ただの赤ん坊ではない。エルフ、と呼ばれる西洋系ファンタジーでおなじみの亜人としてだった。

 そうしてエルフの一族として育てられた俺は、今年十六歳。十五歳で成人となった俺は、こうして川魚の採集という仕事を任されている。


 澄んだ川に映る、金髪の美少年。


 前世の顔と良く似ているのだが、種族補正なのかちょっと整った顔になっている。この顔だったら日本でもっとモテていたに違いない。

 だが俺の容姿が特別優れているというわけではない。周りのエルフたちは揃いも揃って美男美女。むしろ俺が見劣りするレベル。つまり俺が特別かっこいいというわけでもなく、したがって特別にモテるとかそういうこともない。


 くそっ、なんだまた網が引っかかって取れないぞ?

 仕方ない。川の中に入るしかないか。


 それなりに深い箇所もある川だが、流れは穏やかで足場もある程度確保できる。ただ冷たく濡れるのが嫌なだけだ。

 俺は意を決して川の中に足を沈めた。


 冷たっ! さっさと終わらせなければ。

 えーっと、引っかかってるのは……ここか? 変な形の岩が邪魔してたみたいだな。簡単に外せそうだ。

 よしっ! これで問題ないぞ。あとは順調に引き上げるだけだ。


「待ってええええ!」


 と、突然川の上流の方から声が聞こえた。

 一瞬、俺に待って欲しいと言ってきたのかと思ったがそうではなかった。

 川の上流で、籠を落とした女の子が見える。中には木の実が入っていたようで、周囲に散って一部は川の中に落ちている。

 そして、木の実を追っていた彼女が、川の中に落ちていくのも見えた。


「アリスっ!」


 川に落ちた女の子――アリスは大慌てで手足をバタつかせている。

 深い場所にはまったのか? まずいな。

 ぷかぷかと浮かんでいた木の実をツタの網ですくい取りながら、俺はアリスに近づいた。


「馬鹿っ! 泳げないくせに何やってんだよ」

 

 足場を確保しながらアリスを抱きかかえ、川岸まで移動する。


 アリスは俺と同い年のエルフの女の子だ。

 幼い時からずっと一緒に過ごしてきた俺たちは 同じタイミングで成人し、同じように仕事を任されていた。

 泳げないし身長も低いアリスには木の実の採集を任せていたのだが、まさか……こんなことになってしまうなんて。


「大丈夫か?」

「う……うん、ありがとう」


 アリスが立ち上がる。


 身長150センチ程度のアリスは俺よりも一回りほど背が低く、こうして並んでいても視線が少し下に行く。

 美しい金髪は腰当たりまで伸びるロングヘア。

 水に濡れた金髪が、太陽の光を反射してキラキラと星のように輝いている。


 挿絵(By みてみん)

 

 はー、アリスはかわいいな。 

 何の楽しみもない田舎の村だけど、アリスがいるだけで俺の生活満たされる気がする。

 

「や、やだっ、見ないでよ恥ずかしい」


 おっと、変に見すぎてしまったか。

 目線を反らし、別のことを考える。


 アリスと話していると……高校の時に付き合っていた女の子のことを思い出す。


 高校卒業を機に疎遠となってしまったのだが、もし、あの時の俺が今と同じ容姿だったら……ずっと付き合って……結婚して、幸せな家庭を築けていたのだろうか?

 そうすれば事故にあわず、今も日本で生活できていたのだろうか?

 

 瑠奈……俺は……。


「もうっ、下着までぐしょぐしょ。早く帰りたい」

「そうだな……これだけ集めれば村長も文句は言わないだろう。終わろう終わろう。今日の労働は終了だ」


 さて、と。

 俺たちは村のために木の実や魚を集めた。そしてこいつをこれから村まで持って帰らないといけないわけだが……。

 漁網にくるんでまとめて持っていく……なんてことは無理だ。重いし、引きずるうちに木の実や魚が傷ついてしまう。


 だからこそ、ここで一工夫。 


 俺は人差し指を前に突き出し、空気中に絵を描くように動かす。


「大地の精霊よ、我が声を聴き、舞い踊れ」


 指の動きに従い、発光する魔方陣が浮かび上がる。 


「――〈森羅操々〉」


〈森羅操々〉。

 これは植物を操る魔法だ。

 操る対象は、目の前にあるツタでできた漁網。

 俺の魔法によって動き出したツタは、網の形から手さげの付いた籠へと変化する。その数は五つ。

 同じツタでもこの形態であれば、持ち運びはかなり楽になる。 


「ありがとー、いつも助かるわ」


 俺とアリスは手分けしてツタの篭に魚や木の実を入れていく。

 これで、魚や木の実を持ち運ぶのかなり楽になった。


 本当は瞬間移動したり物を浮かせたりする魔法が使えたら良かったんだけどな。エルフの、そして村に住む俺のような若者では学べることも適性も限られている。意欲はあったのだが上手く習得できたのはこれだけだった。

 最初は地味な……農業系の魔法かと思ってたいして期待していなかった。しかし使っていくうちに応用が利くことを理解し、今では様々なことに役立っている。


 この籠や漁網を生み出せたのも、こいつのおかげだった。


「重いだろ? 俺が持つよ」

「全部? うわークリスありがとー。あたしのことそんなに気を使ってくれるなんて」

「馬鹿言うなよ。片手で籠三つも持てるわけないだろ? 俺が四つでお前が一つだ」

「両手がふさがっててもさ、ほら、口でくわえてさ」

「俺の歯が折れちゃうだろ。甘えてないでさっさと持て。帰るぞ」


 俺は籠を持ち上げた。

 魚はともかく木の実はそれほど重たくなく、力を入れればそれなりに持てるレベルだった。村まではそんなに距離がないから、なんとか運べるとは思うが……。


「ク~リ~ス~」


 突然、アリスがくっついてきた。


「あんまりくっつくなって、俺まで濡れるだろ。上半身は濡れてないのに」

「あたしだけ川に落ちたみたいでなんかヤダ。クリスも一緒に濡らして、一緒に落ちたことにしようよ」

「せっかく川に入っても濡れなかったシャツが……」

「そんなこと言って~、籠持ってて動けないでよ。ほらほら~」

「止めろこの馬鹿っ! 生暖かくて気持ち悪いんだよっ!」


 しかし籠を四つも持っている俺が、アリスの動きに抗えるはずもなく。

 俺の服は激しく濡らされてしまうのだった。

 しくしく。

 でもちょっと胸とか当たって嬉しかった。絶対にこいつにはそんなこと言わないけど。


 こんな風にじゃれ合いながら、俺とアリスは村に戻った。



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