17.スチル回収
S side
「拉致監禁した３人は一時的に金で雇われ、実行したと」
「首謀者は特定に至りませんでした」
「そうか」
拉致監禁事件から２日後、ディルク、ルカスから報告を受けていた。事件は、目撃者がいなかったことを好機に秘密裏に処理され、事情を知る者は王家とローレン公爵家、ルカス・ディルクを含めた騎士数名。それ以外に概要を話す者がいれば、犯人となる。
ローレン公爵には『心配をかけるな』と叱責されたが、感謝された。最悪を想定したが、公爵は婚約継続に異論はないらしく、居合わせたレティシアとルークは、幸せそうに笑い合っていた。
俺…怒られてるんだけどな
十中八九、犯人はエマ・フォスターで間違いないだろう。彼女が単独で動いたか、子爵家が裏で手を回したかまでは定かじゃないが、レティシアが拉致監禁された小屋が、彼女が転生者だと物語っている。
「それはそうとして、どうしてレティシア様が彼処に監禁されていると分かったんですか」
「あれは、レティシアに渡したイヤーカフに色々と魔法陣を……あ、」
「殿下、」
「………聞かなかったことに、」
「しませんよ」
「…ですよね」
犯人は取り調べを経て、黒髪紫眼な令息を襲う様に依頼されたと証言した。
婚約者がいるにも関わらず、他者と不貞行為をすれば、即婚約破棄。醜聞が知れ渡れば、それ以降縁談が成立することは少ない。一般的に強姦であれば、情けが生まれ、新たに婚約者ができる可能性はあるが、ごく僅かだ。そして、相手が王族であれば、過失であれ、強姦であれ、婚約者で居続けることは不可能。それ程に高貴な存在でなければならない。
優秀な警備隊だ。状況、犯行動機を分析すれば、少なからず容疑者を絞るだろうが、任せる訳にはいかない。
◇◇◇
王立学園裏庭。キャンキャンと喚く様な声が響いている。
「私はただ皆さんと仲良くしたいだけで、」
「貴女が彷徨く事が、どれ程不敬な事か」
「酷いです！私がシオン様達と仲が良いことに嫉妬して虐めるなんて。余程、婚約者に愛想を尽かされてるんだわ…！」
「黙りなさい！！」
「きゃ！！」
ヒロインを取り囲む令嬢達が、彼女に向けて水魔法を発動させる。しかし、弧を描く様に発現した水はヒロインにかからなかった。
「濡れてないか」
「殿下！！」
「シオン様…」
ヒロインを庇い、犠牲になった。所謂、壁ドン状態だ。
「殿下、申し訳ありません！！」
「サブリナ嬢。皆を思うことは良いが、それを理由に他を虐めることは褒められないな」
ヒロインを諫める令嬢を攻略対象が制す。水に濡れた髪を掻き上げる仕草に、少女はぽっと赤く染った頬を包む様に手を添え、見惚れていた。
…は、ははは
…すべて演技に過ぎないが。相手を騙し陥れるには適度に飴を与える必要がある。相手が此方に好意を抱いていれば、堕とすなど容易だ。……俺が我慢すれば。
展開を何一つ知らないヒロインであれば、此処までする必要はない。距離を取っていれば良い。だが、相手はシナリオを知り尽くした転生ヒロイン。ゲームとは違う展開に違和感を覚えている。適度に期待を抱かせ、下手な動きを封じさえすれば、危害を加えはしないだろう。
ラノベでは、悪役令嬢、令息に転生した主人公が断罪回避の為に奮闘する、といった設定がザラにあった為、本来であれば、悪役なレティシアを転生者だと疑い、標的にした。それを引き金に拉致監禁事件は発生した。
そこでゲームに従い、スチルを演じる事で、順調に好感度が上がっていると、違和感は勘違いだと信じさせる必要があった。サブリナ嬢には、裏で協力を仰いだ。俺とレティシアが幸せになる為に協力して欲しい、と。サブリナ嬢もエマ・フォスターには、婚約者に付き纏われ、嫌悪感を抱いていたらしく、お灸を据える機会を探していたと。それを知ったルカスは、
『という訳だが、良いか』
『…リナが、嫉妬してくれた…！！』
と歓喜してた。
そして、前世で姉と妹が騒ぎに騒いでいたスチルを再現することにした。【一瞬の永遠を、キミと 〜 聖なる魔法と恋人達 〜】には、幾つかスチルが存在する。その回収こそが、乙女ゲームの醍醐味だとか何とか。姉と妹はそれを回収する度に“ 神作画！”などと奇声を上げていた。何度、近所迷惑だと注意したか。煩過ぎんだよ。
人気No.1 シオンルートでは『今だけは君と二人に』通称“ 今キミ ”というスチルが獲得でき、それが驚異的な人気を誇っていたらしく、グッズを製作すれば飛ぶ様に売れ、第一王子推しだった妹は、部屋中にポスターやステッカーを飾っていた。母さんが掃除する時に怖いって言ってたぞ。
“ 今キミ ”は、裏庭で悪役令息、令嬢に虐められている際に、シオン・アルフォンスによって助けられるという場面だ。
両家を繋ぐ婚約において、不貞は許されない。裏切り行為だ。当事者が子供だとはいえ、親は責任を取ることを求められ、莫大な慰謝料か、爵位剥奪か。何にせよ、王都を離れ、領地に戻ることになるだろう。
それを危惧し、令嬢達は、不貞が理由で婚約破棄だなんて社交界ではバカにされ、恥晒しだと正論を言い放つが、ヒロインは「大切なのは愛だ」と反論し、怒った令嬢によって水を掛けられる。
だが、そこに偶然居合わせた攻略対象が、彼女を庇い、『間に合って良かった…』と水に濡れた髪を掻き上げ、囁く。……言わねぇけど。
年齢に似合わない色気を存分に利用して、ヒロインを落とす。予想以上に効果があったらしい。流石、水も滴る良い男だ。“ 今キミだ… ” と呟き、頬を赤く染めた姿に、俺に好意を寄せていることは明らかだった。心無しか目が♡になってる気がする。嫌悪感が襲ったが、ぐっと堪えた。
最愛を陥れようとした報いは受けて貰う。
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