14.ヒロイン
S side
王立学園では、生徒限定だが、定期的に夜会が企画されている。その殆どが、生徒会が担う負担を軽減する為、高等部で準備が進められた。
「綺麗だ、レティ」
「…ありがとう、ございます」
耳元につけられた髪飾りは、以前王都で購入した品だ。
・ ・ ・ ・ ・
『……ぁ、』
洒落た雑貨屋に通り掛かった際、レティシアが歩みを止め、じっとショーウィンドウを見入っていた。
視線を辿れば、
蒼い宝石が目を引く可憐なデザインに、
パールが散らされ、清廉さを纏った髪飾りが。
『気に入った?』
『うん、……綺麗』
そっと溢した声に、自然と身体が動いていた。
・ ・ ・
『…良いん、ですか』
『勿論。夜会で身に付けてくれると嬉しいな』
『ありがと…///』
髪飾りを大切に抱え、微笑む。陽光に照らされた姿は、息を呑む程に 美しかった。
・ ・ ・ ・ ・
装飾された蒼玉が、漆黒で纏められた姿に華を添えている。ぽわっと赤く染まった頬を隠す様に俯く姿に、思考が奪われていく。
可愛い
天使だな
………早急に連れて帰りたい
「シオン・アルフォンス第一王子殿下、ご婚約者 レティシア・ローレン公爵子息様」
声高々に呼び上げられ、見失っていた思考を取り戻す。扉が開かれ、煌びやかな雰囲気に圧倒された。クラシック演奏がダンスに色彩を与え、会場は、舞台などで使用される魔術によって、壮大に演出されていた。
名門とはいえ主催者は生徒。本来であれば、此処まで豪華絢爛な夜会を計画することは不可能。
では、何故実現できたか。
無論、乙女ゲームで必要不可欠だから…だ。
【一瞬の永遠を、キミと 〜 聖なる魔法と恋人達 〜】では、序盤にルートを選択する。
【バルコニー】を選択すれば、第一王子
【化粧室】を選択すれば、側近
【庭園】を選択すれば、護衛騎士
【壁際】を選択すれば、悪役令息の兄
それによって、夜会以降は各対象者を攻略することが可能になる。前世では、姉がルカスを、妹がシオンを推していたらしく、各々、クリアしてはリセットを繰り返していた。俺は、それを“ よく続けられるな ”と呆れていたが、今は執拗に語り続けていた姉と妹に感謝しなければならない。…気に食わねぇけど。
「行こうか」
「はい」
レティシアをエスコートしつつ、周囲を観察する。ヒロイン、エマ・フォスターがいる筈だ。
“ キャァァ ”と歓声を上げる者、
“ チッ… ”と怒りを露にする者、
うっとりと魅せられる者
尊敬、羨望、憎悪。【シオン・アルフォンス】に向けられる感情は、様々だ。第一王子という地位に、端正な容貌。恋情を抱かれることは、少なくない。それ故、好意を寄せる相手が、俺を好いているなどという理由で、苛立たれている訳だが、前世では、冴えない三軍男子だった訳で、どうか穏便に事を済ませてくれ。
転生先が完全無欠な王子様とか…、知らなかったんだって
「…………ッ、!!」
一際重い恋情を察して、視線を移せば、そこには、騒然とする子息令嬢に紛れ、熱視線を送る令嬢が。淡い桃髪に水眼。見間違える筈がなかった。
……まじかよ、
目が合い、頬を紅潮させる姿に、疑念が確信に変わる。
「大丈夫ですか」
「え、あ…大丈夫だよ」
「ですが…」
「何もないよ。心配してくれてありがとう」
「……何かあれば、すぐに仰って下さい」
「分かった、約束する」
……数分後、バルコニーに向かう彼女に気付き、ショックで気を失いかけた。
◇◇◇◇◇
妙だ。意図的ではあるが、此方が避け続けていれば、彼女と関わらずに済む筈だった。それが夜会以降、行く先々にエマ・フォスターは現れた。どう考えたって変だろう。
「シオン様ぁ」
・
「私も行って良いですか」
・
「探しましたよ!!」
無理。無理だって。…んで居んだよ!!
◇◇◇
「あぁぁぁぁッ!!!」
「殿下!!急に叫ばないで下さい!」
「あ、ごめん…」
公務中、咄嗟に蘇った記憶をかき消す。隣で没頭し、作業を進めていたルカスを驚かせ、叱責されたが、故意に驚かせようとした訳じゃない。不可抗力だ。
「レティシア様と喧嘩したんですか」
「いや、…なぁルカス」
「何でしょう」
「意図的に避けている相手と立て続けに会う、って普通はないよな」
「確率は低いでしょうね。相手が意図的に此方と遭遇しようとしていない限りは」
「相手が意図的に…」
脳裏をよぎった仮説に背筋が凍る。
「事情は知りませんが、何かあれば仰って下さい」
「あぁ」
……転生…、んな訳ないよな、考え過ぎだ。
◇◇◇
「どうして話してくれないんですかぁ」
「立場を弁えろ」
「ふふ、ルカスってば嫉妬?」
「な、」
……考え過ぎじゃねぇな、これ。
ヒロインが転生者だと仮定すれば、辻褄が合う。彼女がシナリオに忠実ならば、俺は意図的に避けてさえいれば出会わない。だが、内容を知っていれば、攻略しようとするよな……脳内花畑であれば。無意識に一世界に転生者は一人だと決め付けていた。
「フォスター子爵令嬢、」
「はい」
「通してくれるか」
「え…、」
語尾に♡を付けたような媚びた声に嫌気が差した。
彼女は、第一王子 シオン・アルフォンスが婚約者を捨て、ヒロイン…要は自分を選ぶと信じて疑わない。
過剰な期待を抱いていた彼女には、想定外だろう。
ヒロイン至上主義な世界観に彼女を嫌う攻略対象はいない。必要ない。誰もが自分に愛を乞う。彼女が望む世界は、そういう世界だ。
「行くぞ」
呆然と立ち尽くすヒロインを放って、先を急いだ。
・ ・
「……絶対に許さない」
読んで頂き、ありがとうございます
(一部、内容を変更・追加しています)
良ければ、評価・ブックマーク等を宜しくお願いします