11.溺愛傾向
「酷いわ!!」
卒業記念と称して行われた夜会で、場にそぐわない甲高い声が響く。子息令嬢は談笑する声を止め、その親達は怪訝な視線を向ける。視線は、会場中央部に集められ、顔を手で覆い、嘆く可憐な令嬢と彼女を囲む子息が数名立っていた。宛ら、騎士といった様子だ。
彼等が敵視する先には、悪役令息レティシア・ローレンがいた。
話は、数ヶ月前に遡る。
◇◇◇◇◇
S side
「ローレン公爵子息様がいらしております」
「今行く」
本格的に王政に関わることになった俺だが、それはそれは優秀だった。宰相、大臣に割り当てられた業務は同日中に片付け、教育を受けられずに知識不足で生活苦となった領民には、簡易術式を開発し、定期的に孤児院に訪れ。前世では平々凡々だった俺が、だ。
乙女ゲームを制作した奴は、メインキャラクターを創造する際、【シオン・アルフォンス】に理想と欲望を詰めに詰めたらしい。
「殿下はレティシア様が絡むと碌なことに…、」
「ルカスだってエドガー嬢が絡むと滅茶苦茶じゃねぇか」
「な!!殿下と一緒にしないで下さい!!」
「んだと!!」
図星を突かれ、咄嗟に言い返す此奴はルカス・トーリ。三年前に側近候補として現れたが、側近にしては顔面が整いすぎている。言わずもがな、攻略対象者だ。
風魔法を得意とするトーリ侯爵家三男、金髪緑眼。少しだけ長い髪を一つに束ね、(設定上は)冷静沈着なルカスは、乙女ゲームで云う“ クール担当 “。序盤は、ヒロインに無関心だが、物語が進展するにつれ、絆されに絆され
『貴女は飽きさせてくれない。愛しています』
とふわっと笑う瞬間が堪らないんだと。姉が悶えに悶えていた。母さんが急に叫ぶなって愚痴ってたぞ。
本来であれば、ルカスに婚約者は存在しない。シオンルートであれ、ルカスルートであれ、悪役はレティシア・ローレン彼一人だ。
“ 第一王子 ”を選択すれば、婚約者に近づくなという理由で、
“ 公爵家嫡男 ”を選択すれば、兄を奪われたくないという理由で、
“ 側近 ”又は“ 騎士 ”であれば、婚約者という地位を揺るがせはしないという理由で、事あるごとにレティシアは道を阻む。
制作会社は、どうしたってレティシアを不幸にしたいらしい。一言文句を言わなきゃ気が済まないが、何にせよ、レティシアがヒロインを虐める理由はシオンを愛しているから。要は、俺がレティシアを愛しさえすれば、今後現れるであろうヒロインを陥れ、断罪されることはない。
だが、不安要素は徹底的に取り除く。ヒロインが、ルカス、又はルークを攻略した場合だ。下位貴族出身が多い騎士とは違い、二人は上位貴族。そう簡単にはいかないが、後先考えずに権力を行使し、反逆を起こしかねない。恋は何とかっていうしな。
ルークに関しては、公爵家嫡男な為に、ローレン公爵が、それ相応な相手を見つけてくる筈だが、ルカスには、年の離れた兄がいる。それ故、侯爵家を継ぐ必要がない。要は、婚約者選定に関する自由度が高い、ということだ。
「付き纏いすぎだ」
「殿下に言われたくありません」
二年前、“ 婚約者がいれば… ”という考えに至った俺は、トーリ侯爵家に見合う子息令嬢を探し回った。ルカスが側近候補として仕えてくれた一年間で、その本質はすぐに見抜けた。(設定上は)クールとされているが、ルカスは侯爵家三男。疑いようがない末っ子気質。それ故、ルカスは年上に弱い。前世では、弟気質な友人が、年上女性に甘えていた。ヒロインに対しては、孤児院で子供達に読み聞かせをする姿に惹かれた、とかだったか。
それにルカスは異性愛者。伯爵家以上で、しっかりした年上女性。自ずと選択肢は限られ…
サブリナ・エドガーに行き付いた。ロングヘアを高い位置で一つに結ぶ彼女は、侯爵家長女。存分にルカスを甘やかしてくれるだろう、と偶然を装い、二人を出会わせた。結果、ルカスはサブリナ嬢に一目惚れし、今では四六時中、傍に居ようとする程に熱を上げている。
コンコンッ ガチャッ
「殿下、」
「レティ!!」
「廊下まで声が聞こえましたが、どうされましたか」
「何でもないよ。迎えに来てくれたんだろう」
「はい。ですが、執務が立て込んでいるようであれば…」
「既に片付けたよ。此奴に付けられた言い掛かりを対処してただけ」
「殿下に非があるかと」
今となっては日常茶飯事で、気に留める者などいない婚約者論争だが、色恋沙汰に鈍感なレティシアはよくよく理解していない。今日も今日とて我が婚約者殿は可愛い。ルカスを放って、レティシアに触れようと、頬に手を伸ばすが
「殿下。人前では辞めて下さいと伝えましたが」
「……ですよね」
行き場を失い、静かに戻す。隣で堪え切れずに笑っている側近には、後で仕事を追加してやろう。
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