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7話 空虚少女は向かう

 リルマとシュウが住む診療所の場所は、この村ではない。北の森を抜けた先にある、ここより少し人口が多い村にひっそりと位置する。

 特にこれといって治療費が安いわけでも、どんな病気も怪我も治してくれる万能の薬や医者がいるわけでも、大きい建物というわけでもない――割とどこにでもありそうな、ありふれた診療所。

 大人からの認識でいえばその程度の存在で、子供からの認識は、リルマの作る試作品の玩具を遊ばせてくれる楽しい場所なのだろう。

 ――と、人間の認識は、きっとこう。こうなるように、悪魔二人は仕向けている。

 悪魔と魔女は、経緯はどうあれ生まれつき不思議な力を持っている。その力を以てすれば、コストをかけることなく如何なる病もたちまち治し、地位と名誉と金を手に入れ建物を大きくすることが可能だろう。

 しかしやらない。できないのではなくやれない。

 魔女は感謝されることが多いが、それでも忌避されることは少なくない。人間には魔女の使命や気質が理解できないからだ。

 人間は神を信仰しない。そもそも人間は神を見たことがないので、まずその存在を疑っている。

 それに比べて悪魔は、魔女より信仰心が薄いために話し合えばまだ理解されるものの、やはり忌避されることがある。ある事件を境に『悪魔は恐ろしい』というレッテルを張られているからだ。

 事件を起こす悪魔が多いとはいえ、全員が全員というわけでもないのに。

 なので原則として魔女と悪魔はその正体を隠し、村に普通の人間として溶け込む。

 ……まぁ、魔女は人助けのために早めに正体を明かすことが多いが。

 例によってリルマとシュウは、玩具の発明家と無愛想な医者の人間として村に住んでいる。彼らが悪魔であると知っているのは、コウとワカバ、そしてデーウィの三人だけである――。




「コウ、本当に麦わら帽子被ったまま行くのか? 失くすかもしれないし、邪魔になるんじゃ……」

「この麦わら帽子はいつもの麦わら帽子とはひと味違う特別性。紐がついていて外れにくい。問題ない」

「紐っていうか、それ葉っぱ取ったツタだよな? さっき切ってたし」

「……他に代用できるものがなかった。しかし問題ない。少しムズムズするだけ」

「そこまでして被りたいって……コウは麦わら帽子が好きだねぇ。部屋にも何種類か置いてあるし」

「様々な帽子を被ったけど、これが一番しっくりくる。相棒的存在」

「そんなに大切かぁ……」

「僕の命は麦わら帽子と共にある」

「じゃあ外せないねぇ……」

「間違えた。僕のお小遣いは麦わら帽子と共にある」

「それもそうだね。失くさないように気を付けようか」


 石でできた自宅の前で、そんな会話をするワカバとコウ。二人の顔を、日差しの強い朝日が明るく照らす。

 これから死地へと赴くための準備に行くというのに、その空気に不穏さはなかった。かといって、無理をして場を和ませようとしたものでもない。弛緩とも、少し違っていた。

 それは、死んでも仕方がないという覚悟があったからだろう。

 小さき少女は、魔女としての使命のために。

 幼き少女は、彼女を守るために。

 死ぬ覚悟と――生きようという意思を、何よりも誰よりも強く持つ。

 『彼女』のために。


「じゃあ、行こうか」


 怖々としながらも、絶対に守りきる思いの下でワカバは言う。


「うん」


 そんな彼女に、コウはコクリと首を縦に振った。その顔に恐怖はない。いつもの無表情があるだけだ。

 二人は歩き出す。悪魔の診療所の下へと、手を繋いで足を運ぶ。


「……」


 ――そして、彼女らの家の屋根に座る人影が、一つ。

 本を読んでいたその小さな人影は立ち上がり、軽々と音もなく地面に飛び降りた。


「……あのバカ」


 小さき少年の呟きは、しかし誰の耳にも響くことなく、知られることなく、消えていく。




「なぁコウ、足りないならお小遣い上げようか?」

「大丈夫、今貰ってる分だけで十分すぎる」

「そう……欲しくなったら言ってくれよ。できる限りの要望は答えるから」


 森の中の地面と草を踏みしめながら、二人はそんなやり取りをしていた。あれ冗談で言ったつもりなのに、少し心配をかけさせてしまっただろうか。

 そりゃあ欲しいものはたくさんあるけれど――それこそ今の自分のお小遣いでは足りないけれど、でも、これでいい。足りないくらいがちょうどいいのだ。これ以上は甘えたくないし、ワカバも甘えさせる行為をやめるべきである。

 僕がどんな無茶苦茶な我儘を言っても、きっと全てが通ってしまう。通そうと努力しすぎる。自分の時間と金を犠牲にする。

 全く、これがワカバだけでなく、魔女の在り方というのだから困ったものだ。……あの魔女のように人から遠ざかっていれば、まだ楽になれそうなのに。

 ……僕には、そうさせてあげることができなかった。だって彼女がいなくなってしまったら、僕には――僕を受け入れてくれるであろう場所が――なくなってしまうから。

 魔女や悪魔と同じ。いや下手したら、それ以上に質が悪い。僕の正体を知ってしまったら、きっとデーウィだって遠ざかろうとする。僕の生まれを知ってしまったら――。


「ほら、コウ、着いたよ」


 言われてつい、足を止める。

 目線を上げれば森を抜けていて、目の前には自分と同じように足を止めるワカバの穏やかな顔があった。とても自分と同じくらいの背とは思えない、年上の――他人を気遣える者だけが浮かべることができる表情が。

 それと、彼女のすぐ後ろには、リルマとシュウの診療所が見える。


(いつの間に、着いてたんだ……)


 どうやら相当考え事に没頭してしまったらしい。森の風景について全然視界に入ってなかった。

 せっかくの楽しい場所なのにな。もったいないことをした。

 次に森に入った時は、ちゃんと風景に浸かろう。


「……うん。少しぼーっとしてた。行こ」


 そう言葉を返すと、ワカバは大きく頷いて一足先に診療所のベルを鳴らしに歩き始める。

 コウも付いて行こうとしたその時――不意に、どこからか視線を感じ取った。

 驚きはしたけど、怖くはない不思議な視線。森の――枝の方へと振り返る。

 でも、そこには何も、誰もいなくて、緑に染まった木々が並んでいるだけだった。

 ――気のせい、かな? それにしては、妙に馴染み深いものだったけれど。

 もし、かして……。


「コウー?」

「今行く」


 名前を呼ばれて、駆け足でワカバの下へと向かった。

 気のせいであっても、なくても、あの森に行くのは変わらない。今は自分のことに集中しよう。

 彼女の下へ駆け寄り、隣に着くコウ。まずは謝る。


「ごめん」

「いいけど……大丈夫? さっきもぼーっとしてたみたいだし……どこか具合が悪いのか?」

「体調の問題じゃない。ただ少し、考え事してただけ」


 そう言うと、ワカバは眉を曲げてベルから手を離し、コウの額に触れた。熱は、なさそうだ。


「なら、いいんだけど……少しでも体調が悪くなったらすぐ言えよ。絶対に無理しないで」

「しないよ。ワカバじゃあるまいし」


 いや、本音を言えば、今回は無理をしてでも付いて行きたいが。


「そう? でも自覚がないだけかもしれないから、一応シュウに診てもらった方がいいんじゃ……」

「い、いいって――」

「いいや問題だな。大問題だ。四の五の言わず俺に診られろ」

「――へ」


 頭上の、それも背後から声がした。大人の女性の声である。


「あ、シュウ。おはよ」

「ん、はよ」


 ワカバは見上げるように、そのシュウという悪魔に声をかけた。そしてコウもゆっくりと、恐る恐る後ろにいるその人の方へと向く。

 ――かくしてそこには、ムスっとしたようなコウよりも無表情な女の顔が。

 いや、正確には、半袖ミニスカートの『外見だけ女性』の人が……。


「ほ、本当に大丈夫――」


 言いかけたところで、ひょいっとシュウに首根っこ掴まれ、軽々と持ち上げられた。


「大丈夫と思い込んでる時が一番危ないんだ。何よりワカバに頼まれたからな。医者として診なければならない。これは義務だ。いいからさっさと俺に弄くりまわされて分析されろモルモット」

「僕、モルモットじゃない……」


 しかし反論も虚しく、コウはシュウに連れて行かれるがまま、ワカバもその後ろをついていく。

 診療所の中に入り、診察室の前まで来るとシュウはワカバの方へと向き直って、相変わらず感情が読み取りにくい表情で口にした。


「じゃあワカバ、診断には一時間ほどかかるからそれまで居間で待っててくれ」

「ワ、ワカバ! 騙されないで! 普通診断に一時間もかから――」


 バンッ! と大きな物音を立てて、診察室の扉は閉まった。


「……一時間か……結構かかるな……」


 シュウの意見をまともに受けたワカバは、とりあえず言われた通り居間に向かう。

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