表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

5話

 じっくりとゴブリンさんの体を眺める。

 80センチほどの小さな体躯は緑色の皮膚に覆われ、太い木の枝と言って差し支えないこん棒を握る手は爪が鋭く尖っています。服は着ておらず生殖器のようなものも特に見当たりませんが、なんとなく男性的で痩せ気味な体ながら生命力にあふれています。


 こちらが動きを見せないことにゴブリンさんは痺れを切らした様子。

 正面から突進するように突っ込んできて、右手に握ったこん棒を振り下ろしてきます。

 単純な攻撃を体を逸らして避けると、ゴブリンさんは攻撃の勢いでよろけるも何とか転倒せずに持ち直す。


 何度かその場でステップを踏むと、先ほどと同じようにこん棒を振り下ろす攻撃を仕掛けてきます。


 まるで隙だらけで殺そうと思えばいくらでも殺せますが、彼らの攻撃に技術体系があるのか知りたくて観察を続ける。


 8回ほど攻撃を避けるとゴブリンさんが肩で息をし始める。

 彼らも呼吸をするようですね。となると肺が機能しているのでしょうか。


 粗雑な攻撃には見るほどのものがなく、次の段階へ移ります。


 不用意にゴブリンさんがこん棒を振り上げるので、こん棒を握る指の人差し指から小指までの4本を斬り落とす。


「グギャヤガアアア」ゴブリンが親指だけになった右手を押さえ叫ぶ。


 武器を持つ相手の指を狙うのは真剣での戦いでは基本中の基本。格下ならばまだしも、実力が拮抗すれば致命傷を相手に与えるのは難しくなります。

 そのため真剣ではまず相手が満足に戦えない状況を作りだすのが定石。

 例えば、こんな風に。


 痛みから騒ぎ立てるゴブリンさんの左腕を肘関節で切断する。

 叫び声が不快なので返す刀で下あごも落とします。


「ゴアウパブ」だらりと舌が垂れ落ち噴き出す血が呼吸を妨げ苦しそう。


 両手が満足に使えなくなったことを悟ったのか、瞳に恐怖の色を覗かせると背を向ける。

 おや? と思っていると走って逃げ出そうとする。逃走を選択する頭はあるのだなと納得しつつ、刀で横一線に両足を大腿部で斬って落とす。


 ゴブリンさんの小さな体が地面に倒れ伏し、腕とは比べ物にならない出血が足から流れだします。

 1つお断りしておきますが、弱い者いじめをしているわけではありません。モンスターは果たして出血多量で死ぬのか知りたいので実験しています。


 モンスターは魔石から魔力を血液のように循環させ生きている。であれば、その血液が垂れ流しになった場合死ぬのでしょうか?

 もし死ぬのならば相手の重要な血管部を狙って攻撃し、出血を確認後は遅滞攻撃に徹すれば勝てるはずです。


 これは命を賭けた戦いなのです。

 私みたいに魔力が無いとなるとこのような搦め手が求められますので実験を。


 言い訳じみた思考を続ける間もゴブリンさんの紫色の血は流れ続け、残しておいた右腕で幾分這いずると動きが止まる。


 死んだふりの可能性を考慮し、脊椎を突くも動きを見せません。

 完全に死にましたね、出血死を狙えるのは朗報です。

 その後は、肺を潰したら呼吸できず死ぬのか、後頭部を切断すると死ぬのか、魔石のみを破壊すると死ぬのかといくつか確認していきました。


 結論から言うと全て死にました。

 ただ、肺を潰した場合は片方だけだと時間経過で傷口が治りだし、再度潰さないと死にませんでした。人間なら片方潰せば血液で肺が機能しなくなり死ぬはずなのですが、人間よりも頑丈なようです。


 次は腑分けして血管の配置を調べようと、2匹のゴブリンさんへ奇襲をかけた時でした。


 2匹だと囲まれて面倒なので1匹殺してしまおうと忍び寄り、後ろから袈裟切りにすると。刀が鎖骨で『ガキン』と音を立てて食い込み止まってしまう。


 何が起きたの。何故刀が止まっているの?

 もしかしてレベルが高いゴブリンさん?

 それとも魔力膜があるとか、いえ、表層では絶対に持っていることは無いはず。


 疑問が頭を駆け抜けるも回答に至る間もなく、痛みで暴れるゴブリンさんのこん棒が顔を掠める。

 咄嗟に避けると骨に食い込んで外れない刀をゴブリンさんの腹部を蹴飛ばし強引に抜く。もう1匹の攻撃を刀でいなし距離をとる。


 肩の傷を確認するゴブリンさんを警戒しつつ、状況を確認しようと刀を見れば。

 何故このような状況に陥っているのか一目瞭然でした。

 要は実戦経験の無さが招いただけのこと。


 私の愛刀はモンスターの血糊と臓腑の欠片がびっしりと貼りつき、所々の刃がかけてとても斬れる状況では無くなっていました。

 一振りの刀で斬れるのは2~3人ほど。どんな名刀でも10人は斬れないという知識を知っていたはずなのに。所詮は実体験を伴わない知識、活かせるはずもなく。


 私の動揺を感じ取ったのかゴブリンさんたちが意気揚々騒ぎ立てる。2匹は左右に分かれ両側から私を囲むように距離を詰めてきます。


 今日初めて見せる戦術を感じさせる動きは、たまたまなのか、それとも経験があるのか。

 どちらにしろ私は運がいい。あれだけの失態を演じてなお、五体満足で怪我も無い。実戦という一手一手が命に関わる場でこれなら上々です。


 舌なめずりをしながら迫る2匹を前に腰を落とす。

 狙うは無傷の1匹への一撃必殺と手負いの1匹の攻撃への対処。

 一振りの刀で殺せるのは1匹まで。しかし敵は2匹いる。


 左右に迫った敵が攻めに出る。

 訓練されたように全く同時に振るわれるこん棒。

 片方を殺す間にもう片方の攻撃が当たる致命の空間。


『四季流剣術 夏の勢 驟雨夏霞(しゅううなつがすみ)


 右手から迫る敵の喉へ下段片手突きを繰り出し脳幹を破壊、同時に左手からの攻撃を鞘で体の内側へ受け流し足払いを繰り出す。

 無様に転ぶ敵の背を踏みつけ動きを封じつつ魔石がある部位へ刀を突き刺す。


 魔石を砕く感触を感じるも反撃を想定し距離を取り残心する。

 ピクリとも動かずそのまま塵になるゴブリンさんを確認しほっと胸をなでおろす。

 攻撃と受け流しを刀と鞘で同時にこなす対複数人を想定した四季流の術技は、ダンジョンでの戦闘でも活きますね。


 緊張感から解放されるも課題は山積しています。

 遠目に他の探索者の武器を眺めると、彼らの武器には血糊や刃欠けは見当たりません。あれは武器強化の恩威なのでしょう。

 ただ単純に武器の切れ味や強度を増すばかりでなく、血糊などから武器を守る。深くダンジョンを潜り探索する探索者には無くてはならない力です。


「困っちゃうなぁ」刀を眺めると愚痴が自ずと口から漏れる。


 とはいえ、ここでグズグズしていてはゴブリンさんに狙われかねません。

 まずは一度帰りましょうか。

 この刀の状態では継戦は不可能ですし。


 手ぬぐいで刀を拭いながら帰路につく。

 階段を上りトボトボと帰る私の耳には。

 楽しそうにモンスターとの戦闘を謳歌する探索者の声がやけに大きく聞こえてきました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ