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2話

「こちら入場証になりますので見えるところへお付けください」

「ありがとうございます」

「会場は中ホールです。すでに講習会は始まっておりますのでお静かに入場願います」


 受付さんに会釈しつつ指示された会場へ向かいます。

 久しぶりに都市部へ来たのでお洋服や和菓子屋さんを散策していたら、案の定時間を忘れてしまい。10分ほど遅れての到着となりました。


 抜き足差し足忍び足で気配を消してそっとホールの中へ入り、一番後ろの空いている席に腰かけます。ざっと会場内を見渡した感じ、来場者は200名以上いらっしゃいますね。

 年齢や性別はバラバラですが若い男性が多いでしょうか。


 さて、それよりもです。

 ホール最前の壇上に立つ女性に目を向けると、軍服を纏った銀髪の女性が座っています。

 講師の方なのでしょう。見目麗しい妙齢の女性ですが、凍り付くような気配は他者を見下すことに慣れた色を放っています。強い人です、底が見えないほどに。


 講師さんが冷たい声で講義をしていきます。


「現在日本で確認されているダンジョンは、世界9大ダンジョンに指定されている富士樹海のものを筆頭に231個ある。そもそもダンジョンとは前大戦である第三次世界大戦で使用された次層兵器が要因となり、世界中に出現するようになった」


 檀上で手元の端末を操作し映像を表示させる。映像は義務教育を受けたならば皆が見たことある有名なもの。


 南極大陸で発見された次世代エネルギー源たるコアを巡り、アフリカ大陸の宗主国となっていたルワンダが南極大陸を占拠したのをきっかけとし第三次世界大戦が勃発する。

 金持ちの国による世界統治へ不満を持つ中小各国が、ルワンダに賛同を示し蜂起した泥沼の戦争は、レインボーカット作戦と呼ばれるアメリカと国連軍主導の攻撃により終戦を迎えた。


 そして今写っているのがレインボーカット作戦を捉えた有名な映像。


 ルワンダの首都キガリへ向け衛星軌道上から黒い球状の塊が投下される。自由落下時間にして23秒後、投下物から虹色の光が溢れ出し半径1000㎞に及ぶ虹色のドームが発生しキガリを含めたアフリカ大陸の一部を覆い尽くしたところで映像は終了した。


 この映像は終戦に向け見せしめのため行われた大規模攻撃を世界中に発信し『同じ目にあいたく無ければ矛を収めよ』と暗に語るプロパガンダなのだと、社会の先生に聞いたことがあります。


「このレインボーカット作戦では次層兵器が世界で初めて使用された。本来は10分の1以下の規模で2秒間だけ虹色のドームが現出するはずだった。だが、科学者の考えなど当たらんものだ。48年経った今でもこのドームは残り続け、地脈を通じ世界中にダンジョンと呼称される次元断層の入り口を生み出し続けているのだからな」


 講師さんが足を組み替えながら、ダンジョン構造についてと題された映像を映す。

 縦に伸びるすり鉢状の空間には、一番上に『出入口』があり内部は5つの区分、表層・上層・中層・下層・最下層に分けられ、終点と書かれた一番下に『出口』があります。


「ダンジョンとは言わば世界に出来たループ構造のポケットだ。我々が住むこの3次元とは異なるルールが適用された8次元異相空間で、『魔力』と言う力が支配する世界。内部構造は至って単純で、フロアを1階ずつ下へ下へと進み終点と呼ばれる一番奥を目指すだけ。

 注意する点があるとすれば、ダンジョンから出る方法だな。ダンジョンから出るには、一番上にある『出入口』と終点にある『出口』からの2通りしかないから、終点まで行けそうに無ければ無理せず逃げ帰れ。引き際を弁えない輩から死ぬことを忘れるな」


 講師さんはどこか冷めた雰囲気の女性ですが、最後の言葉には情念が強く籠っているように感じます。風体から軍人さんでしょうし、ダンジョンでの作戦行動で苦い経験があるのかもしれませんね。


 それにしても、と小さく背筋を伸ばします。お分かりかもしれませんが座学は苦手。

 なんだか小難しい話に脳だけ疲労状態に陥ってヘロヘロです。

 しかし、ご安心を。

 実は道すがら和菓子屋さんで金平糖を買っておきました。


 金平糖の優しい甘みに癒されながら、講師さんの話へ耳を傾けます。


「ダンジョンの規模はダンジョンごとに異なり、次元深度という数値で決まる。次元深度とはこちらの世界との相異を数値化したもので、数値が高いほどにダンジョンは深く内部構造は複雑になり、出現するモンスターも手強くなる。

 映像にある通り、ダンジョン内部は上から表層・上層・中層・下層・最下層の5つの区分で分けられる。全てのダンジョンに5つの区分がある訳ではなく、一定以上次元深度に達するたびに層が増えていく。難度最低のFクラスダンジョンは全て表層と上層までしかなく、Bクラス以降は例外もあるが最下層が出現してくる。まぁ、詳しいことは各自で調べろ。情報を収集するのも探索者には必須の能力だ」


 ダンジョンの構造って複雑なんですね。正直、一回聞いただけでは具体的な絵が浮かんできません。百聞は一見に如かずですが、知識と力は一致するとも言いますし、調べておかねば。

 大学の公開講座でダンジョン論があれば聞きに行ってみようと考えていると、隣の席から小声での会話が聞こえる。


「調べろも何もこの程度は常識よね」

「腕に覚えがあるから突っ込む脳筋の馬鹿がいるんだろ」

「探索者登録後3年以内の死亡率が6割超えたのもあるんじゃん?」

「あー内閣府から防衛省へ改善しろって横槍入ったらしいわね。ニュースで見た」

「企業連合体の傀儡政権でも一応は仕事してんだな」


 私よりも少し年上でしょうか。それでもお若い4人組の方々なのに雑談は政治の話題に。やはりこの程度と表現されるくらいの知識なんですね。気を引き締めねば。


 そこでふと、怒気の混じった気配を感じ視線を向ける。

 出どころは、正面の檀上に座る講師さんからでした。


「この私が講釈垂れてやってるのに政治の話とはな」4人組を睨みつけ不敵に笑う。


 4人組の方々から「マジかよ聞こえてんの?」と声が上がる。

 檀上から私たちが座る最後尾の席までは十分な距離があり、彼らは常識的に迷惑の掛からない小声で話していました。

 広いホールでこの距離感なら会話内容が聞こえるなど絶対にありえませんが、読唇術かそれとも他にタネがあるのか。


「暇なようだしここからは貴様らにも話させようか」4人組の1人を指さす。「モンスターと呼ばれる敵性勢力がダンジョンにはいる。さて、こいつらの心臓部はどこだ?」


 指さされた栗毛のショートカットが似合う女性が「魔石です」と強張りながら答える。


「よろしい。では隣の坊主、魔石がモンスターの心臓部たる理由を答えろ」

「え? 俺っすか。あーっと、モンスターは魔力に依存した生物で、魔石は魔力を液状にしてモンスターの体内を巡らせて力としているって感じスよね?」

「私が聞いているのに疑問形で返すな痴れ者が。とはいえ、回答自体は及第点か」


 講師さんが緑色の皮膚を持った小柄な人型の生物の解剖図を表示する。


「この通りモンスターの体内は魔石を中心として、魔石で精製された液状の魔力を体中に巡らせる管が体内に張り巡らされている。我々で言うところの血と血管の関係だな。このことから液状の魔力をモンスターの血と形容することが多い」


 映像がモンスターさんから魔石になります。紫色の綺麗な鉱石で映っているのはこぶし程度の大きさです。探索者とはモンスターを倒して魔石を収集し、企業連合体の換金所でお金に変え収入とするそうです。

 魔石と言われて私に判断がつくかしらと考えていましたが、宝石みたいに綺麗な石ですし問題なく見分けがつきますね。


「モンスターで気をつけるべき点は2つある」講師さんが前方に座る軽薄そうな男性を指さす。「貴様1つ答えてみろ」

「やべぇぐらい強えぇってとこ」自信満々に答える。

講師さんがこめかみを押さえ「適当に聞いていたら永久に終わらんな」とホール内を見渡し長身の女性に同じ問いを聞く。

「いくつかあると思いますが」女性は前置きし「区分変更階での急激だ強さの変化は気をつけるべき点かと」


 女性の回答に満足したのか講師さんが朗らかな表情を一瞬だけ覗かせます。もともとが綺麗な方なので普段からあの笑顔を浮かべていればと思いますが、むしろたまに見せるからいいのかなぁとも。


 どこか満足気な講師さんが女性の答えを補足します。


「モンスターの強さは魔石の純度に依存する。では、魔石の純度は何に依存するのか。答えは次元深度だ。この世界との相異度を測る次元深度が増すほどモンスターは強くなる。そして明確に強さが変化する次元深度の数値が存在することがこれまでの研究で分かった。

 そこでモンスターの強さが劇的に変化する階層ごとに区分を設け、この階からは強くなるから気をつけろと探索者へ周知している。ダンジョンごとに区分の階層は異なるから注意しろ」


 講師さんの言葉に「上層から中層への切り替えで死ぬこと多いらしいよ」「まぁ普通に暮らすだけなら上層で魔石集めるだけでいいしな」など周囲から感想が零れます。


「さてもう1点だが——」講師さんの言葉が遮られる。

「はいハーーイ」先ほど差された軽薄そうな男性が元気よく挙手する。「オレわかりまぁす」

「また貴様か……いいだろう答えてみろ」眉を歪ませつつも了承。

「ダンジョンのいっちばん奥のラスボスつえぇのがヤバいわけよ。だろ?」

講師さんがしばし考え「貴様さっきもそれが言いたかったのか?」と聞く。

「あったりまえだろ。終点守護(ガーディアン)ってちょーカッコイイよな」


 白い歯を覗かせ笑う軽薄そうな男性に講師さんがやれやれと首を振る。


「馬鹿者の言う通り2つ目に気をつけるのは終点守護(ガーディアン)だ。ダンジョンのゴールにあたる終点には、周期的に規格外の強さを持つ終点守護(ガーディアン)と呼ばれるモンスターが生み出される。言っておくが『勝てるかも』とか『もしかしたら』なんて色気はだすな、確実に死ぬぞ。貴様らに出来るのはすごすごと入り口へ戻り、ダンジョン管理委員会へ報告することだけだ」


 説明に込められる語気の強さから講師さんにとって終点守護(ガーディアン)の存在が大きいのが伝わってきます。

 そして同じように思うところがある様子で隣に座る女性がショートカットを揺らし挙手する。


「質問があります」

「ん」顎で先を言えと促す。

終点守護(ガーディアン)からは純度の高い魔石と貴重な素材が手に入るって聞いたんですが、本当ですか?」

「ふむ。終点守護(ガーディアン)から採れる魔石の純度が高いのは本当だ。高い魔力を保持する=強力なモンスターであり魔石の純度も高くなる。また、基本的にモンスターは死後数分で体が溶けてしまうが、魔力が多く残存する部位は残ることがある。この素材についても終点守護(ガーディアン)はほぼ確実に落ちると言われているな」


 講師さんが答えると共に会場中が色めき「いいじゃん」「貴重な素材って高いんだろ?」「どうせなら倒すことも考えていこう」などと恐怖心よりも羨望の色が強く出た声が会場中から上がります。


 ちょっとだけ彼らの気持ちが分かってしまう。言うなれば、ここに集まっている私を含めた人たちは、お金を求めてここにいる訳です。

 そこにお金になるものが手に入りますと言うのですからね。もちろん、危険性が高いのも本当でしょうけど。だって、もし容易に倒せてお金になるなら皆さんがこぞって倒しているはずですから。


 手を数回叩く音がホールをに響き、音の出どころから愉悦交じりの声が上がります。


「活気があって良いことだ。自分の命を担保に儲けを得るのが探索者。ここまで言って挑むと言うなら精々楽しむことだ」講師さんが立ち上がる。「講習会はこれで終わりとする。この後は希望者へ身体検査と探索者登録を行う。貴様らお待ちかねのスフィア注入もここでするから、案内係が来るまでいい子にして待っていろ。以上だ」


 言い終えると手の平をヒラヒラと振りながら退場してしまいます。

 それにしても『スフィア注入』とは如何に?


 私の頭には疑問符が浮かぶばかりですが周囲の皆さんは違うご様子。


「よっしゃ! とうとう魔力持てるんだな」「すげーアビリティ手に入ったらお前らとはパーティー組まねぇから」「魔法覚えたぁい」「さっきの講師どっかで見たことあんな」「ステータス楽しみだ」「闇の力に目覚める時だ」「注入ってどのくらいの時間かかるんだろ」


 三者三様で楽しそうな皆さんの風景にこの後何があるのか知らないのは私だけかも。

でも、問題ないですよね。

 どうせこのまま登録も済ませてしまうんですから。


 係員の方がいらっしゃり入場証に書かれている番号順に呼ばれていきます。

 私は最後に来たので入場順だとすると一番最後ですし、ゆったりと待たせて頂くことにしましょう。

 急いては事を仕損じる、です。


 鞄から水筒に入れた熱々の緑茶を注ぎ、どら焼きを頬張って待つこととします。

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