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1話

「ひいふうみいよう……もう一度」


 11回目の数え直しをします。


「ひいふうみいよういつむうななやこことお……0が10個、そして3が先頭に1つ」


 何度数え直しても手元の資料には30,000,000,000の表記が。

 ええ、そろそろ現実だと認めねばなりませんね。


 父上が亡くなってから3か月が過ぎた頃。

 安寧としつつも広い敷地に1人で過ごす日々にどこか寂しさを感じていた。

 しかし、安寧なんていう言葉は過去を表すだけ、今現在をましてや未来を表すものではないのだと知ることになります。


「確かにお渡ししました」

「お世話様です」


 お礼を言うと郵便配達の方が去って行きます。

 今時郵便で配達されるとなると公的文書以外に無いのですが、内容は如何に?


 居間に戻って封を開けると『遺産相続について』と書かれた紙の資料が出てきます。紙という貴重品の手触りに興奮しつつ、きっと父上が私に残してくれた資産が記されているのだとワクワクしながら読み進めていくと。

 そこには相続権が発生してから3か月が経過し、遺産相続放棄手続き期限が過ぎたため相続が実行された旨が記載されていました。


 そういえば父上の葬儀の席で見慣れない金髪碧眼の少女が「遺産相続について忘れないようにね」と声をかけて来たのを今更ながら思い出します。

 もしや相続の手続きを忘れていたから相続出来ないのではとハラハラして読み進めると、相続出来ない方が一般的には良かったと思える内容が記載されていました。


 資料には四季家の所有する土地と建物、私財の一切を担保に、300億円の債務が父上にはあったこと。

 そして遺産の相続放棄の権利を亡くなってから3か月以内に行使しなかったため、来月から月々246万7682円の返済をしてくださいと書かれていました。


 普通ならどのような反応を示すのでしょうね。


 私ならですか? 私の場合は借金なんてどうでもいいので父上がこれほどのお金を何に使ったのかあの世に行って追い詰めることで頭がいっぱいでというか沸騰しそうです。

 まさか、まさかと思いますが、母上がいなくなったのを良いことに、いかがわしいことに使ったのではないでしょうね?


 四季家の家名を穢したのではという苛立ちから、ついつい湯飲みを握りつぶしてしまう。


 いけませんね、はしたない。

 頭を切り替えねば、父上はあの世に行った時にでも折檻しましょう。

 今は、この債務について考えねば。


 我が家、つまり私こと四季朔夜の家系である四季家は奈良時代から続く武門のお家。

 最盛期を誇った室町時代からすれば劣りますが、第三次世界大戦を乗り越えた今も広い土地にお屋敷と道場に蔵を持ち、お山も1つですが持っています。


 手元の資料によれば父上は多額のお金を借りるため、借金返済が滞った場合は即刻資産の差し押えが行われる条件を銀行と結んでいます。先祖代々守り抜いてきた我が家の土地も、借金が返せねばその時点で全て取られてしまうというわけです。


 たった1通の封筒が届いただけで、私のこれからがどうも大きく変わってしまった気がします。

 それにしても慣れない資料読みなどしたので頭がパンパンです。


「一息入れますかね」


 お台所へ行き新しい湯飲みとお茶請けを持ってくる。

 昨日買っておいたお気に入りの和菓子の観世水。観世大夫のお屋敷にある観世井戸の水面を模したこの和菓子が私は大好きです。


 お抹茶で喉を潤してから観世水を一口。

 梅雨入りしたのを忘れさせてくれるこの涼やかな味と舌触りに、頭の疲労感が洗い流されていきます。


 黙々と食べ進めながら居間の掃き出し窓の外を眺める。

 中庭には早朝の掃除で戻し忘れた竹箒、奥には燕が巣造りに精を出す道場。裏のお山も新緑から色が増した木々が風に吹かれて気持ちよさそうに揺れ動く。


 この景色を守れるのは私しかいません。

 母上も、父上も、そして……。

 もう私以外いないのだから。


 生まれた時から変わらない景色を守るためなら命を賭けるのが当主というもの。孤軍奮闘? いいじゃないですか。1人なら1人の方がむしろ腹が決まります!

 上杉鷹山の言葉が浮かぶほどには追い詰められていますが大丈夫。死ぬ気でやって出来ないことなど、この四季朔夜にはありませんので。


 300億円の借金返済、やってやります!!

 ……失礼しました、はしたないですね。


 よし頑張るぞと気合を入れ、早速『お金の稼ぎ方』を検索します。


 我が家の家業と言えば、門下生への稽古で得る会費です。武術はいつの時代でも求められるもの。父上は腕前は大したこと無かったですが、人に教えるのは天下一品でした。

 下手者だけに苦労していたので他者の分からないを理解出来ていたのでしょうね。


 しかし、父上が亡くなり私の代になると、100名を越えていた門下生が全員退会されてしまいます。

 ちらほら退会者が出始めた当初は『私が可愛すぎて恥ずかしくなっちゃうのかな?』などと前向きに捉えていたのですが、あまりに退会が増えるので直接聞いてみると。

 『稽古が厳しすぎる! 死にたくないんです!!』なんて嗚咽を漏らしながら告げられました。確かに父上の頃よりも稽古の強度をちょっとだけ上げましたが、強くなるには仕方ないのです。


 とはいえ、私の親心など知る由もなく、門下生は皆さんいなくなりましたとさ。

 めでたし、めでたし。

 笑えない冗談です。


 馬鹿な考えはともかく、家業はちょっと厳しそうなので一旦排除します。すぐに現金が手に入る方法が欲しいのです。


 アルバイトはどうなのだろうと調べてみる。アルバイトをしたことが無いので分かりませんが、私はお花屋さんとかパン屋さんが似合う気がするんですよね。


 求人募集を調べてみると意外にも多くの求人があり、お目当てのお花屋さんもあるじゃないですか! ここは駅前のオシャレな花屋さん、あそこはエプロンも可愛いし完璧です。

 早速連絡しようとすると『時給:920円』と書かれた欄に目が行きます。


 あれ? 時給920円で1日20時間、30日働かせてもらったとして……約55万円ですよね。私が返済する月額は約250万円なわけで。

 全然足らないじゃないですかぁ。


 労働での対価についてあまりに無知な自分にガッカリ。いえ、箱入り娘と言えば聞こえはいいですが、毎朝10キロ走っているので箱には入ってませんし。


 お花屋さんに後ろ髪を引かれつつ『いっぱい稼げるお仕事』と検索すると。

 私が求める額だと水商売と言うのでしょうか、性風俗関連のお仕事がこれでもかと出てきます。言わずもがなですが、体を売るつもりはありませんので。四季家の女は生涯で1人の男性だけで十分です。


 困ったなぁ、と畳の縁を撫でていると防衛省のHPに行きつきます。

 意外な場所に行きついたなと見てみれば、探索者の紹介ページでした。


 私が探索者について知っているのは一般的な知識程度。

 時給すら知らない私の一般知識となると自分の事ながら不安ですが、端的に言えばダンジョンへ潜ってモンスターを倒すことで金銭を得ている人たちの総称。


 16歳以上なら誰でもなれるそうで、私も半年前に18歳になりましたので年齢は平気ですね。ニュースでは、最近の若い方たちは就職するよりも、自分の好きなように働ける探索者を好むのだとか。


 お花屋さんの失敗を活かし先に収入額を確認すると驚きました。

 なんと、月に何千万円も稼いでいる人のインタビューが載っているではないですか!

 これは来ましたね、風が。

 四季朔夜、追い風です!


 ちょうどよく明日の午後から大規模な初心者向け講習会もあるようで。少し遠出となりますが逃す訳には行きません。


 そのまま講習会の申し込みを済ませると、明日の準備を始めました。


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