第10夜
香澄が消えて、ポッカリと心に穴が空いたカズ。
退院してからのカズの話です。
或る夜の出来事。
俺は回りから見れば凄く不思議な体験をした。
でも、俺には全く不思議には思えず…
その代わりに、凄く悲しく、それでいて少し良かったと心の隅で思える様な出来事だった。「カズ…大好き…」
そう言うと女の子の姿が消えて行った。
俺は、目から涙が溢れていた。
女の子が消えた後を涙を流しながら呆然と見ていた。
何とも言えない虚しさが俺の心に拡がる。
俺は、そのままベッドに寝転がる。
何も考えられずに何とも言えない気持ちのまま眠りにつく。
翌朝、目を覚ますと脱力感が襲う。
何だか、大事な物がスッポリと心から抜け出した様な何かを考える事さえ出来なくなっている。
そんな感じのまま一週間が過ぎ退院して自分のマンションに帰って来た。
代わり映えのしない空間…何かが物足りない。
病院から持って帰った洗濯物などを片付ける。
今までと変わらない筈なのに…部屋が凄く静かに感じる。
堪らずTVのスイッチを入れる。
数日間、留守にしていただけで他人の部屋の様に感じる。
俺は、バルコニーに出る。
何故か此所に出ると何かが解る気がした。
一瞬、何かが頭に浮かんだ直ぐに消える。
俺は、少しの間 その場から動かずに空を眺めていた。
次の日の夜は友達のスケのマンションで俺の復帰祝いをしてくれる事になっていた。
俺は久しぶりに自分の布団で寝たからか、昼前まで熟睡していた。
起きると少しだけダルさがマシになった気がする。
「さて、…とりあえずめしにしよ」
俺は、昨日に買って置いたスナックパンとバナナオレをテーブルに置く。
TVを点けながら遅めの朝食を頂く。
約束の時間迄には時間がある。
録り溜めしていた番組を見る事にする。
「何か、バラエティーばっかり録ってるなぁ」
殆どがバラエティー番組しか入っておらず俺はバラエティー以外の番組を見る事にする。
気が付くと夕方の5時を過ぎていた。
「ヤッバ!用意しやんと間に合えへんわ。」
スケの所に6時に約束していたので慌てて支度をする。
俺は、自転車に跨がるとスケのマンションに向かって漕ぎ出す。
外は夕日がに照らされて綺麗なオレンジ色に染まっている。
俺は、向かう途中の墓地で自転車を止めていた。
「なんやろ…此処」
その墓地を通り過ぎようとした時、何故か気になり自転車を止めて墓地に近付いていた。
「此処…此処で何か…」
頭の中に幽霊らしい映像が浮かびあがる。
「お、お〜っ!此処で俺、…幽霊見たんちゃうん!ヤバイって早よ行こ。」
俺は、慌てて自転車に跨がり墓地を離れる。
スケのマンションに着くと、スケの子供達が出迎えてくれる。
俺は、来る途中で買ったジュースや御菓子を渡す。
「早よ座って」
ユウに急かされて俺は席に着く。
「乾杯するで」
ユウに促されるまま缶ビールを持つ。
「乾杯〜!」
「カズ、退院おめでとーう!」
「あざーす!」
俺は、何だかホッとする。
こんな時には友達の大切さが良く解る。
いつもの世間話、アホな話、そんな話をしているウチに俺の入院の話になる。
「実は…余り覚えてへんねん…」
2人共顔を見合わす。
「前の日に、カズん所で呑んだ時に頭痛がするから病院に行きや。って言う話してたやん。」
「そんな話してたんや」
「はっ?」
2人は驚いた顔をする。
「ちょっと待って、私が誰か解る?」
「ユウ…」
「その辺は解るんや。」
「そりゃ解るって。」
「それじゃ、どれ位の間の記憶が無いん?」
2人して俺の顔を睨む。
「ん〜、たぶん1ヶ月位やと思うねんけど?」
「何で1ヶ月と思うん?」
「それは、天神祭に行ったんは覚えてんねん。」
「おーっ、それやったら確かに1ヶ月ちょっと前やもんなぁ。」
ユウは、納得したみたいだ。
「でも、1ヶ月も記憶が無いんやろ?」
スケが心配そうに俺を見る。
「1ヶ月位やったら何も無いって!どうせ私達と呑んだ事位しか無いって!」
ユウが笑顔で言う。
「そりゃそうやな!1ヶ月位で俺が何か有る訳無いもんなぁ。」
皆で笑う。
「この1ヶ月言うたら、花火大会位しか無いしなぁ」
ユウの言葉に一瞬、頭に花火大会が思い浮かぶ。
「どうせ、カズは花火を観ながら呑んでたんやろ。」
「…俺…花火大会に行ってる…。」
「えっ、何か思い出したん?」
「1人で行ったん?」
「えっ…2人で…行った…と思う。」
「2人?誰と行ったん?」
「くぅ…解らん…」
「無理せんで良いで。」
「…うん…大丈夫。」
「でも、一緒に行ったんが女の子やったら良いのになぁ。」
ユウが呟く。
「えっ…女の子やったで、たぶん。」
2人が驚く。
「それやったら尚更、思い出さなアカンやん。」
ユウが乗り出す。
「お見舞いに行った時に言ってた…あの、誰やったっけ?」
スケの言葉に間髪入れずにユウが。
「カスミちゃん!」
その言葉に俺は反応する。
「カ…スミ、カスミ、香澄。」
頭の中で総てが繋がる。
「あ〜っ…そうか、思い出した。」
俺は下を向いたまま呟く。
「思い出したん?」
2人が乗り出す。
『アカン、俺…最低なヤツや…香澄の事を忘れるなんて…ヤバイ…泣く。』
俺は、涙が溢れそうになるのを堪える。
「あはは、あれ…勘違いやわ。」
「えっ、勘違いなん?」
2人は肩を落とす。
「そうやねん、花火大会は、部屋で呑んでての願望やし、病院は夢やったわ。」
「何それ〜、カズにも春が来たんかと思ったのに。」
「いや〜すいません、…便所行ってくる。」
「行っといで。」
俺はトイレに入ると、我慢していた涙が溢れ出す。
「くっ…ぐぅ…」
少しの間、俺は声を殺して泣く。
無理にでも気持ちを落ち着かせ顔を洗う。
トイレから出ると俺は何も無かった様に振る舞いながらビールを呑む。
小一時間が過ぎ0時を過ぎた。
「さて、そろそろ帰るわ。」
俺は帰る支度をする。
「今日は、ありがとね!ごちそうさま。」
「いいよ、いいよ又ねぇ。」
「お疲れ〜」
俺は部屋を出て、自転車に向かう。
『ガマン、まだアカン。』
自転車に跨がって自分のマンションに向かう。
マンションに近づくに連れ涙が溢れ出す。
香澄を初めて見た墓地に差し掛かる。
俺は自転車を止めて少しの間、墓地の方を眺める。
「香澄…」
俺は再び自転車を漕ぐ。
部屋に帰って来ると電気も点けずに俺は布団に泣き崩れる。
「香澄…香澄…うぐっ、」
どれ位の時が過ぎたのだろう。
俺は力無く壁にもたれ掛かる。
「香澄…成仏したんやなぁ…」
又、涙が溢れてくる。
「香澄…成仏 出来て良かった、…でも、ホンマに俺なんかで良かったんか?…最後に好きなったんが俺なんかで良かったんか?こんな俺なんかで…」
静寂が流れる。
俺は、香澄の最後の言葉を思い出す。
「大好きだよ…か…ふっ」
俺は、宙を見上げる。
「自分の気持ちだけ伝えて消えやがって、…俺の気持ちも聞いてからきえろよな…」
夏も終わり秋を迎えようとしていた。
俺は、変わらずな日常に戻り過ごしている。
今のマンションも引っ越そうかとも考えたが香澄との思い出が詰まってる部屋を今の俺には出る勇気は無かった。
でも、気持ちの整理が出来れば引っ越そうと思っている。