秋野の思い出巡り計画 4
駄菓子屋に到着し、早速外装を見る。
黒ずんだ木造建築の建物で、昔ながらの駄菓子屋と言った印象だ。改めて遠目から見ると懐かしい思い出が蘇ってくる。
ああ、きな粉棒を何回連続で当てれるか競ったことあったな。正直あれ一つ食べたら満足だから複数食べたら飽きるよな。
「どうだ? 何か思い出したか?」
「ううん、全然。何回か見かけたことがあるからここがそうだったんだ、ってくらいかなー」
「そうか。まあなんか買っていこうぜ」
残念ながら外から見ただけでは何も思い出さなかったようだ。
駄菓子屋には秋野と何回か行ったことがある。家で遊んだりするよりはずっと少なかったので、思い出さなかったのも無理はないか。
そもそも俺が目の前に現れて思い出さないのだ。どうすれば思い出すのかなんて分かるはずもない。
駄菓子屋に入り、棚などに並んでいる駄菓子を見ていく。
スーパーにも売っているお菓子や、駄菓子屋特有のお菓子などが大量にあった。
店の狭さに対してこの駄菓子の量。これこそが駄菓子屋だ。
「ちょっと前に来たばかりなのに懐かしい感じがするなぁ」
「確かに、なんだか懐かしいね」
おっ、これはかなり好感触ではないだろうか。
「……それは記憶と関係ありそうか?」
「分かんない。見覚えがあるわけじゃないから……」
「そうかぁー。まあそう簡単にはいかないよな」
残念、ただ駄菓子屋さん特有のノスタルジックな雰囲気に流されていただけだった。
「おんや、また来たんかね」
カウンターの奥から、白髪のおばあさんが出てくる。
この駄菓子屋の店主だ。昔はまだ黒髪が残っていたのだが、今ではほとんどが白髪になってしまってる。
流石に高校生が定期的に来ると覚えられてしまうようだ。他の客は子供ばっかりだからな。
「よ、ばあさん。元気そうだな」
「ふぇっふぇっふぇ、まだまだ現役バリバリだからの。して、彼女さんかい?」
「あっ、いえあたしは……」
「友達だ友達。懐かしいから連れてきたんだよ」
いきなりなんてことを言うんだこのばあさんは。
しかし元気そうで何よりだ。
「そうかいそうかい。まあゆっくりしていきな」
ばあさんはそれだけ言うとお茶を用意しレジカウンターで煎餅を食べ始めた。自由である。
俺も老後はそのくらい気楽に生きたいななんて思いながら駄菓子に目を向ける。やっぱグミは欠かせないよな。
「よく来るの?」
「一之瀬とな。そんなに金なくても遊べるからたまに来るんだ」
「いいなぁ。今度また三人で来ようよ」
「おう、いいぞ」
いよいよ思い出巡りと関係なくなってしまったが、まあこれはこれでいいだろう。
いつも一之瀬と来るせいか普段買わない駄菓子にも手が出てしまう。駄菓子のラムネか……これすぐ溶けるんだよね。たまにはいいかもしれない。
物色していると、自転車の止まる音と、複数の足音が聞こえた。来たか。
「あれー、兄ちゃんまた来てるのー?」
「バカの兄ちゃんはー?」
そう、やってきたのは子供たちだ。
ちなみに俺は兄ちゃんと呼ばれていて一之瀬はバカの兄ちゃんと呼ばれている。
「あいつはいないぞ」
「やったー! じゃあ遊んでー!」
「大人は忙しいの。友達と遊んでなさい」
駄菓子屋にいる高校生のセリフではないか。
それにしてもいないと喜ばれる一之瀬はどんだけ嫌われてるんだ。
大人げなく遊びで本気出して嫌われてるのは知ってたけどここまでとは。
「仲いいんだ」
「おう。まあ子供だからな、単純で話しやすい」
自分が子供時代どんなことを考えていたかも知っているので、子供とのやり取りはなんだかんだ楽しかったりする。
このくらいの年齢だと何しても楽しい期間だ。一緒に遊べなくても構ってもらえたら嬉しい。そんなところだろう。
「あっ、この人カノジョ!? カノジョでしょ!!!」
「兄ちゃんがカノジョ連れてるー!!!!」
「うっそだーーー!!!」
「うるせー……」
単純すぎるのも考えものだ。
「小学生はほんとああいうの好きだよな。男女が一緒にいるだけで騒いでさ」
「杉坂くんも女の子と一緒にいて何か言われてたの?」
ドキッとした。
秋野と一緒にいてからかわれることは多かった。
しかし当時の俺はそこまで気にしていなく、何がおかしいのだと思っただけだ。
あの時、秋野は周りの目を気にしていたのかもしれない。今更ながらに後悔する。
「……多少はな。友達はそれなりにいたから、二人になる機会もあったんだ」
「ふーん、そうなんだ。ちょっと意外かも」
今の俺からは想像もできないだろう。
当時の俺を知っている人間ならば、思い出すかもしれない。自惚れではないが俺はその時学校の有名人だったのだ。
さて、ある程度駄菓子も選んだし会計して帰るか。
なんて思っていたら、遠くからここに走ってくる人影が見えた。
「ガキ共おおお! 一之瀬様のお通りだあああ!!!」
バカが来た。
大方、遊ぶ相手もいなかったので小学生をいじめに来たのだろう。
駄菓子屋の前で急ブレーキを掛けた一之瀬は、バッと顔を上げる。目が合った。
「って杉坂! 来てたのかー……え、秋野ちゃん?」
「こんにちは、一之瀬くん」
「は、え、今日……用事あるって……」
一之瀬は俺と秋野を交互に何度も見た後、プルプルと震え始めた。
名物一之瀬バイブレーションか、涙まで出ている。ショック受けすぎだろ。
ギリギリと歯を鳴らしながら、一之瀬は両拳を握りしめて息を吸い込んだ。
「こ、このっ……裏切り者おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
そう叫びながら走り去る一之瀬の背中はどこか寂し気だった。
去り際まで騒がしいやつだ。結局何もせずに帰りやがるとは。
「バカだー」
「バカの兄ちゃんがもっとバカになった」
小学生にまでドン引きされている。少しだけ可哀想だ、なんて思ってしまった。
今度、気持ち多めに遊びに付き合ってやろう。そんなことを考えながら会計に向かう。
「ばあさん、これ」
「はいよ」
カウンターに並べられた駄菓子を数え、値段を出される。相変わらず計算が早い。
秋野の駄菓子も会計し、支払いが終わる。
さて帰ろうと思ったところでばあさんのため息に気づく。
「なんかあったのか?」
「そのうち店を閉めようかと思ってねぇ」
驚きだ、特によぼよぼというわけでもないばあさんがそんなことを言い出すとは。
「まだ元気じゃんか」
「ふぇっふぇっふぇ、まあのぉ。歳が歳だからのぉ、考えとるだけじゃて」
「そか、じゃまた来るわ」
考えているだけか。
それでも、年齢が年齢なのでいつ体調を崩すかは分からない。本人もそれに気付いているのだろう。
突然倒れてやめるくらいならば区切りをつけるということか。
「辞めちゃうのかな」
「続けて欲しいけどなぁ、身体が限界来たらそうも言ってられないんだろ」
「そうだよね、なんだか悲しいなぁ」
そう、悲しい。漠然とずっとそこにあるものだと思っていた。残り続けると思っていた。
店が閉まったら、もうあの中には行けなくなる。駄菓子を手に取って、あの頃を思い出すこともできなくなる。
それは本当に、悲しい。場所が消えるのは悲しいことだ。
しんみりしながらも、俺たちは再び秋野の家に向かった。
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