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秋野沙織の告白

「沙織」

「っ……」


 俺が秋野……沙織を呼ぶと、沙織はビクッと身体を震えさせた。

 頭痛は落ち着いたようで、涙の浮かんだ目でこちらを見つめてくる。

 その瞳は怯えたような色をしていた。そう、昔の沙織のような瞳だ。


「ゆーじ……?」

「ああ、そうだ」

「本当? 本当に、ゆーじなの……?」

「当たり前だろ」


 思い出したことにより、記憶が混濁しているのだろう。

 当時の喋り方そのままに、俺の名前を呼び続ける。


「二人で話しとけ、オレは離れとく」

「ありがとうございます……」


 背伸びをしながら、彩斗さんは一之瀬たちのいるベンチに向かった。

 本当は、彩斗さんも心配なのに二人きりにしてくれたのだ。


「沙織、全部思い出したのか?」

「うん、全部。わたし、ゆーじがいなくなったのがショックで、すごく辛くて、頭が真っ白になったの。もしかしたら、その時に……」


 記憶喪失になってしまったのではないか、か。


「ほぼ確実にそうだろうな……沙織。あの時は、本当にごめん。引っ越しのこと、話せなかった」

「許すよ。わたしも、気持ちが弱かったから、こうなっちゃったんだし。ねえ、ゆーじ。あの時の約束……覚えてる?」


 あの時の約束……それは、最後に会ったとき公園でした約束だろうか。


「俺以外の友達を作るだとか、みんなと話せるようになる……とかか?」

「うん。具体的には、ゆーじみたいになる、って約束」

「そう、だったな」

「それで……どう、かな? わたし、できてた?」


 沙織は、ずっと俺になろうと努力していた。

 昔の俺は、沙織の目から見て誰とでも仲のいい明るい人間に映っていたのだろう。沙織はそれを目指して交友関係を広げたのだ。

 俺の目から見ても、いや、誰の目から見ても、沙織は当時の俺よりもしっかりと友達を作っていた。

 多少浅い関係になろうが、交友関係を持つことが難しい中学高校でここまでやって見せたのだ。


「もう、俺なんか追い越してるくらいだ。昔の俺は、ただ無邪気なだけだったからな……すごいよ、沙織は」

「ほ、本当!?」

「本当だ。よく頑張ったな。頑張りすぎて、大変だったよな。ごめん、俺のせいでこんな……本当にごめん」


 俺のせいで沙織が無理をしてしまった。その謝罪をするべく、俺は頭を下げる。


「わ、わたしは別に……もう気にしてないよ」

「……本当か? 後悔、してるだろ?」


 今、沙織は思い出して俺が理由で交友関係を広げていたことを知った。

 俺の言うことを聞いていなければ、なんてことを考えてしまっているかもしれない。

 そう考えても仕方のないことだ。本来ならば、もっと楽しく学校生活を送れたはずなのだから。


「してないよ」


 そう言い切った沙織は真剣な表情をしてた。

 真っ直ぐに俺の目を見て、意志を伝えようとしている。

 昔は俺と目を合わせることすら上手くできなかった沙織が、物怖じせずに目を合わせている。


「むしろ、良かったと思ったの。確かに、辛いこともたくさんあった。でも、こうして勇気を出せるようになって、話せるようにもなったんだよ? むしろ、感謝してるくらいで……」

「か、感謝?」

「うん。やっぱりゆーじがいなかったら、今のわたしはいないから、だから……ありがとう」


 ありがとう。

 聞くことはないと思っていた言葉が、沙織の口から飛び出した。


「……そうか。でも、それでも俺は沙織に知り合いだって、幼馴染だって黙ってたんだぞ。それは、どう思ってるんだ?」

「理由があるんだよね?」

「それは、そうだが……もっと早く言ってほしかっただとか、思ってないのか?」

「お父さんとお母さんが話してくれなかったから、仕方ないかなって思う」

「俺さ、ずっと怖かった。沙織に拒絶されるんじゃないかって。理由はあったけど、話そうと思えば話せたんだ。もっと、俺が知り合いだっていうヒントを出すことができたはずなんだ」


 俺は沙織に思い出してほしくて、でも思い出してほしくないという気持ちもあるという複雑な気持ちだった。

 当然、本当は思い出してほしい。でも、それで関係が壊れるくらいならば思い出さない方が……などと考えてしまうことも多かった。


「わたしはゆーじを拒絶しないよ」


 真っ直ぐにこちらの目を見てくる沙織。俺はそんな力強い瞳から、目を離せなかった。


「わたしね、もう嫌だよ。ゆーじが離れちゃうのは。確かに一人でも大丈夫なように頑張ったけど、やっぱり駄目だった。わたしにはゆーじが必要なの」

「俺も、沙織が離れるのは嫌だ。沙織だけじゃない、もう近しい人が離れていくのは嫌なんだ」


 人と関わるのが怖くなったのは、人と別れるのが怖いから。

 親しくなればなるほど、別れが怖くなっていく。だから、躊躇う。


「わたしは、ゆーじから離れるつもりはないよ。今後一生、離れなくてもいいとも思ってる」

「え……? 本当に?」


 一生離れなくてもいい、つまりそれは……一生一緒に居たいということ。

 告白……に聞こえるが、実際は違うかもしれない。それは分からない。

 しかし、一つ言えることは。


「うん。ゆーじは?」


 俺も同じ気持ちだということだ。

 可能ならば、ずっと一緒に居たい。


「俺も、沙織がいいのならずっと一緒に居たいと思ってる。また昔みたいに、大人数とは言わなくても、友達とも一緒に遊んで、笑いたいと思っている」


 沙織が俺を受け入れてくれるのなら、また昔みたいに一緒に居たい。

 きっと、それなりに楽しかった日々がもっと楽しくなる。


「やった! え、えっと……それじゃあわたしたちって、恋人……になったのかな?」

「……そう、なんじゃないか?」


 いまいち実感が湧かない。

 沙織のことは好きだ。しかしそれは昔のような友情の部分が大きい。

 普通にドキドキしているため、恋愛感情がないと言うと嘘になるがそれでも恋人になった気はしない。


「え、えへへ……恋人かぁ……」

「正直、まだ実感はないけどな……というか本当に俺で良かったのかよ」

「怒るよ? ゆーじは、わたしが他の男と付き合ったらどう思う?」

「……嫌だな。めちゃくちゃ嫌だ」

「だよね。わたしも、ゆーじが他の女と付き合ったらすごく嫌だよ」

「そう、か……なら、そうなんだろうな」


 沙織のおかげで少しは実感が湧いてきた。

 単なる独占欲かもしれないが、独占欲も恋愛感情の一つだ。


「あっ、でもわたしが思い出したら親友になるって約束だったよね……どうしよう?」

「どっちもでいいんじゃないか? 恋人で、親友。どうだ?」

「それいいね! はぁ、なんだかすごくスッキリしたよ……」


 俺の提案にグッドを出した沙織は、そのまま力を抜きながらため息をつく。

 俺も、ずっと抱えていた重荷が取れたような感覚だ。ここまですっと取れるとは思わなかったけども。


「だな……というか、まさかこんなに上手く話が進むとは思わなかったんだが」

「きっと、最初から簡単なことだったんだよ。わたしが早い段階で思い出しても、ゆーじには告白していたし、委員長もとも、関わってたと思う」


 つまり、沙織が出会ったとき、掃除のとき、話すようになったときに俺を思い出しても結果は変わらないということだ。

 いっそ、卒業間際まで思い出さなくても、同じ結果になっていたことだろう。


「難しく考えすぎてたんだな、俺」

「うんうん。でも、これからはもっと上手くいくよ」

「ああ。とりあえず、あそこで心配してるみんなに説明するか」

「うん!」


 案外簡単にモヤモヤが解消し、俺と沙織は元の関係に戻った。

 正直、まだ不安は多い。しかしそれも時間が解決してくれることだろう。

 そう結論付け、みんながいるベンチに向かい全ての説明をしたのだった。

次回最終回となります。

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