杉坂そらの嫉妬 3
三年生の教室に入ると、そこには懐かしい光景が広がっていた。
後ろの壁にはランドセルを入れる棚が設置されており、黒板には日程のようなものが書かれている。
緑色の椅子、机の中には教科書やハサミなどの文房具を入れる道具箱。壁に貼られた掲示物。
やけにひらがなの多い教室の雰囲気は、今と昔ではかなり印象が変わっていた。
しかし変わっていない。何も変わっていないのだ。
「懐かしい……」
「うわっ、机に縄跳び掛かってるじゃん! あったねーこれ、まだ家にあるかな」
「思い出すわね……」
「そら、数年ぶりなのにすごく懐かしいよ」
ノスタルジックな気持ちが溢れ出す。
駄菓子屋の時よりも大きな衝撃が俺を襲った。あの頃を鮮明に思い出す。
そうだ、沢野に似た女子が隣のクラスに居た気がする。あれが沢野だったのだ。
ここまで思い出すのなら、秋野が思い出す可能性はかなり高い。
「どうだ秋野、何か思い出したか?」
「知ってる……」
秋野はぼーっと教室を見つめて、そう呟いた。
今まで鳴かず飛ばずだった記憶を思い出している。
これは、もしかすれば俺のことも思い出すのではないか。
「本当か!? な、何を思い出したんだ?」
「ただ、知ってるのは分かるってだけ。誰と、何をしていたかまでは、ちょっと……」
「そうか……よし、他の教室も回ってみよう」
記憶に引っ掛かりができただけでも大成功だ。
ここからさらに下の学年の教室、音楽室、家庭科室などの教室を巡っていく。
そのたびに秋野は何かを思い出しそうになるが、詳細な記憶は思い出せなかった。
残る場所はどこが残っているかと探すと、体育館と校庭が残っていた。
俺たちは職員室まで戻りカギの束を返し、体育館と倉庫のカギを借りる。
もう一度職員室に戻ることになるのは面倒だが、致し方ない。最後に遊んで帰ろう。
ボールか何かがあればいいなと校庭にある倉庫に向かい、扉を開ける。
砂なのか石灰なのか分からない独特な香りだ。懐かしいが、教室ほどの懐かしさは感じない。
中学でも高校でも同じような香りがするのだ。限定的な懐かしさにはならない。
「けほっ……けほっ……」
「そら、大丈夫か? 外で待っててな」
「うん……もう大丈夫だけど、そーする」
煙いという表現が校内一似合う場所だと思う。
うちの大切な妹が砂煙を吸い込んでしまった。退院したとはいえ身体は弱いままなのだ。無理はさせられない。
そらを倉庫の外で休ませ、俺たち四人で倉庫に入る。
四人の中で一番テンションが高かったのは、一之瀬であった。
「なっつかしい! そうそう、こういうのあったあった」
「中学高校でもあるだろ?」
「僕小学生の頃体育委員? 係? だったんだよねー。だから入る機会が多くてさ。だからかな」
「なるほどな。あっ、でもあれとか懐かしいな。玉入れの籠だ」
一之瀬が懐かしさを感じている理由に納得していると、俺は倉庫の奥にある青赤白の籠を見つけた。
運動会の定番、玉入れだ。流石にあれで遊ぼうとは思えないが、見れてよかった。
「そうね。体育祭……ではなくて、運動会でよく見た記憶があるわ」
「中学まであったよな。うちの高校だとやらないけど、他校はどうだろう」
「確かに、中学の頃やったね」
秋野は中学の頃にやった記憶があるようで、中学の頃を思い出して懐かしくなってしまっている。
まあ玉入れに深い思い出が詰まっているわけではないだろうし、サッカーボールだけを取り出して校庭に戻る。
サッカーボールを蹴り校庭に飛び出していった一之瀬は片足でボールを踏みつけながらこちらに体を向けた。
「よっしゃ奪ってみろ杉坂!」
「やったらぁ!」
売られた挑発は買わなきゃ失礼。
俺は一之瀬からボールを奪うべく全力で駆け出す。
くっ、このっ、ちょこまかと!
「昔の杉坂くんみたいね……」
「あの先生も言ってたけど、杉坂くんって昔あんな感じだったの?」
「ええ、友達に囲まれて毎日遊んでいる活発な男の子だったわ」
「見えないね……」
ちょっ、今の明らかに経験者の技でしょ!
くっそ、なんで奪えないんだ。あとちょっと、あとちょっとで……ああっ!
「兄は、とても明るい人だったんです。いつも楽しそうに笑っていて、でもいつしかあまり笑わなくなりました」
「それは……どうして?」
「っ……転校することになって、それからです」
危ない危ない、転びそうになった。
だが今なら……弾けた!
ダッシュで抜かせば奪える!
「そっか、そういえば転校してたんだよね杉坂くん。友達と別れちゃったら、元気もなくなっちゃうよね」
「……兄には当時仲の良かった女の子がいました。話すたびに会話に出てくるような親友……幼馴染がいたんです」
「へぇ、初めて聞いたかも! あっ、そうだ。その子と別れたから……」
「そら、その女の子のことが嫌いでした。羨ましかったんです、兄に構ってもらえるその子が。嫉妬していました。ついさっきまで」
「さっきまで?」
「今は違うのね」
「はい。だって、最近兄はずっと悲しそうな顔をしているんですよ。もう、そんな顔は見たくありません。だから、兄にはその子と再会してほしいんです」
「……だね、再会できるといいなぁ」
あっ、一之瀬が転んだ。ざまぁ!!! 今のうちに!
よっしゃ! 奪った! 見てたかそら!!! あれ? 全然見てない!?
「秋野さん。絶対、思い出してくださいね。お願いです」
「う、うん。あたしも早く思い出したいな……あたしもだけど、杉坂くんの幼馴染ちゃんも探したいね」
「はい、見つけたいです……」
何やら女子だけでトークをしているようだ。
会話も終わったのか、こっちに視線を戻してくる。これなら会話に参加しても大丈夫そうだな。
俺はドリブルをしながらみんなのいる場所まで戻る。
「何話してたんだ?」
「あっ、さっきそらちゃんから杉坂くんの……」
「お兄ちゃんの昔の話してたの!」
俺の昔の話か。
まあ、記憶を思い出すなら俺のことを匂わせるのは効果的だとは思うが……知らないところでされると少し不安だぞ。
でもまあ思い出していないようだし、多少は昔の話もして大丈夫そうだな。
「それよりもそこの鉄棒を見なさい、めちゃくちゃ低いわよ。可愛いわね」
「お前そんなキャラだったか……?」
謎にハキハキ喋り始めた沢野に引いていると、転んだ一之瀬が帰ってくる。
一之瀬とサッカーで遊んでいる間に気が付いたが、小学校なので運動のための遊具が多い。
そういった遊具を見て回るのも悪くないだろう。そのあとは体育館でバスケだ。今日は体力を使いまくろう。久々に運動して楽しくなってきた。
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