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杉坂そらの嫉妬 2

 高校生になった今職員室に入ると、今まで気が付かなかったことに気付く。

 机の配置はこうなっているのか、書類はここにまとめてあるのか。

 当時は興味がなかったからか全く見ていなかったな。


「よく来たねー、ほらこっち座って」


 俺たちの相手をしてくれたのは、奥山先生という女の先生だった。

 覚えている、担任になったことはなかったが何度か見かけたことがあるのだ。


「久しぶり、沢野さん。変わらないねぇ」

「お久しぶりです、奥山先生。許可を出してくださってありがとうございます」

「いいのいいの。杉坂ちゃんも久しぶりね」

「おっ、お久しぶりです」


 沢野は奥山先生が担任だったのだろうか。

 そらは最後に少しいただけだったが覚えられていたらしい。そらも奥山先生が担任だったのかもしれない。


「それで……他の子も卒業生、だよね? ごめんねー、少し思い出せないかな」


 ……まあ、仕方ないか。

 今と昔じゃ雰囲気も変わっているのだ。むしろ忘れられていて助かった。

 しかし先生も思い出せないのは悔しいだろう。名前を聞いてくるかもしれない。


「僕は他校で、ついてきただけっすよー。まあこいつは途中で転校したらしいし。そりゃ覚えられてないでしょ」

「まあ、担任でもなかったからな」

「転校……もしかして杉坂くん!? あっ、杉坂ちゃんのお兄さんって杉坂くんだったの? 随分と落ち着いたねぇ」


 驚いた、転校というヒントだけで思い出したらしい。

 担任でもなかったのに、覚えられていたのか。


「え、ええまあ。覚えてるんですか?」

「忘れるわけないでしょ! あれだけ目立っていればねぇ?」

「お前そんな目立ってたん?」

「……昔はな」


 教師からも目をつけられていたのか。

 そういえば、わざわざ他クラスまで遊びに誘いに行ったことも少なくはなかった。

 そこまでしていれば記憶に残っているもの頷ける。


「あたしは、覚えていますか? 秋野です。秋野沙織」

「ええ、名前は覚えているわ。でも、あんまり覚えてないの。ごめんね」

「いいんです、あたしも思い出せないから……」


 秋野のことは覚えていないか。

 流石に隣のクラスまで行くときは秋野は一緒じゃなかったし、目立たなかったし思い出せないか。

 俺と秋野は学校だと目立った行動はしていない。遊ぶことは多かったけど、先生に覚えられるほどではなかったのだ。

 秋野には悪いが、助かった。これで知られていたら、いつも一緒にいたとか言われていたところだ。


「そう……カギを貸すから、好きに校内を回ってね。必ず返しに来ること、いい?」

「はい、お預かりします」


 あらかじめ用意してくれていたのだろう。テーブルの上に置かれたカギの束を差し出してくる。

 さてこれからどうしたものかと思っていると、そらが口を開いた。


「あの、お兄ちゃん……兄は学校ではどんな感じだったんですか?」

「親かお前は」


 まるで保護者が担任の先生に質問するような言葉を放ったそらの顔は真剣だった。

 何をそんなに知りたいのだろう。


「明るくて、いつも友達に囲まれているような子だった。先生からはこのくらいかな。当時の担任の先生はもういないから、詳しい話は本人かご両親に聞いてね」

「はい、ありがとうございます」


 そらは、それだけ聞くと悲し気な顔をした。

 そんなことを知りたかったのか。今の情報に、いったい何の意味があるというのか。

 こうして、俺たちは奥山先生との会話を終えた。

 他の先生は、知らない先生が多い。知っている先生もいるが、向こうはこちらをほとんど覚えていないだろう。


「失礼しました」


 職員室を出ると、早速当時の教室に向かうことになった。

 一之瀬は他校の校舎を回ってテンションが上がっているようだ。

 誰もいない小学校なんて来る機会はないからな。確かに、気持ちが昂るのは分かる。


「お兄ちゃん」

「どした?」

「やっぱり、そらのせいで友達と別れちゃったんだよね」


 廊下を歩いていると、そらがそんなことを言ってきた。

 そらも、俺が転校してから落ち着いたことを知っている。

 だからこそ罪悪感を感じているのだ。そらのせいじゃない、ただ俺が伝えなかったのが悪いんだ。


「……違うぞ」

「本当に?」

「ああ」


 嘘じゃない。そらは何も悪くないんだ。

 むしろ、そらは病気のせいで学校に行けなかったのだから恨むのなら病気を恨むべきだ。

 転校が理由なのは確かだが、俺の行動次第で回避できたことだ。罪悪感を感じる必要はない。


「そっか……ねえお兄ちゃん」

「なんだ?」

「沙織さんって、お兄ちゃんが昔……」

「そら! ちょっとこっち来い!」


 咄嗟に、俺はそらの肩を掴んでみんなから離れる。

 三人はなんだなんだとこちらを見てくるが、とにかく声が聞こえない程度に離れる。

 よかった、聞かれてないようだ。


「ええっ!? お、お兄ちゃんどうしたの急に!? 大胆……嬉しいけど、今はちょっと……」

「とりあえず小声で話してくれ」

「う、うん。えと、どうしたの?」

「秋野はな、昔話してた沙織で間違いない」

「やっぱり!」


 疑問は残っていたのだろう。確信がないから先ほど聞こうとしたのだ。

 やはり多少は伝えておくべきだった。


「でもな、あいつ俺のこと忘れてるんだよ」

「え?」

「俺のことだけじゃない、昔のことを忘れてる。記憶喪失らしい。詳しい話はあとでするから、今は俺とあいつが知り合いだったってことは言わないでくれないか」

「そういうことなら、いいけど……」

「頼むな」


 思い出巡りなどの説明はせずに、とりあえず秋野には話さないように頼んだ。

 これで秋野にバレる心配はなくなった。あの時聞こえていたらダメだが……大丈夫だろう。


「おーい、どうしたのさ」

「悪い、少し頭痛がしたみたいなんだ。もう大丈夫だ」

「頭痛? 大丈夫? そらちゃん」

「そらさん、頭痛は大丈夫?」


 一之瀬と沢野がそらの心配をする。

 秋野は……何か考え事をしているのか窓の外を見ていた。


「もう大丈夫ですよ! 心配してくれてありがとうございます、沢野さん!」

「なんで委員長だけ名指ししたのさ!?」

「嫌われすぎだろお前……」


 一之瀬が嫌われた理由、スキンシップ以外にもあるんじゃないだろうか。

 今度そらに教えてもらおう。まあ一之瀬には伝えないけど。


 何とか誤魔化すことに成功し、引き続き教室に向かう。

 本当に懐かしい、この廊下も、あの教室も変わっていない。

 これで、秋野が思い出してくれたら嬉しいのだが、どうだろうか。

 期待しつつ、俺たちは三年生の教室の扉を開けた。

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