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一之瀬湊の暴走 4

 短い練習も終わり、早速一之瀬が打席に立つ。

 こちらから先に打っていいらしい。つまり、ここで一之瀬がホームランを打ったらその時点で俺たちの勝ちだ。


「頑張れー!」

「打ちなさい一之瀬くん!」

「打て一之瀬ー!!」


 俺としては何もやらずに勝利できるので一之瀬にはさっさとホームランを打ってもらいたい。

 相手のピッチャーは岸田先輩のようだ。振りかぶって……投げる。


「うわぁ、速いね」

「だな」


 速い。間近で投球を見るのは初めてなので今のが本当に打てるのか不安になってくる。

 だが、一之瀬も元野球部。あれだけ自信があるのだから打ってくれるだろう。

 一球目は見送り。続いて二球目、見送り。これでツーストライクだ。


 そして三球目。見送り。


「ストライク! アウト! チェンジ!」


 あれ?


 ああ、作戦か。目をあの球に慣らせてからホームランを狙うという作戦なのだ。

 打席から戻ってきた一之瀬はヘルメットを外し、こちらに視線を向ける。


「は、速すぎじゃない?」

「手が出なかっただけかよ!」


 作戦ではなくただ速さにビビっていただけだった。


「あんなに速いとか聞いてないんですけど!?」

「とにかく振ればいいだろ、ホームラン打たなかったら勝てないんだし」

「だよね……次は振ってみるよ」


 中学で辞めているためブランクがあるのだろう。

 うちは野球の有名校というわけではないが、それでも高校野球はレベルが違うらしい。

 なので感覚を取り戻すまでは仕方がない。次は相手の打席だ。


 座り、ミットを構える。

 一之瀬が振りかぶり、投げた。


「ストライク!」

「へぇ、まあまあだな」


 見送ったのか、手が出なかったのか。

 分からないが、とりあえずストライクだ。あとツーストライクで交代。

 岸田先輩の反応からして、初心者の球ではないのだろう。いけるか?


「おっりゃああああ!!!」


 何故か叫び声を上げながら一之瀬が投げる。

 それに対し、今度はバッドを振る岸田先輩。

 キーン! と金属バットの金属音が鳴り、弾が飛んでいく。

 高速で弾かれた球は、右に逸れフェンスに当たった。


「ファール!」

「チッ、ズレたか」


 あ、あぶねー!

 一応高くは飛んでいないし横に飛んで行っただけだが、打たれてしまった。


「タ、タイム! タイムお願いしまーーーす!!」」


 この勝負でタイムあるのかよ。

 審判がOKを出し、一之瀬が走ってくる。


「え、大丈夫これ? 終わらない?」

「知らねーよ。お前が始めたんだろ」

「と、とりあえず少し中心から外して投げるから頑張って取ってよ」

「ん、おう。頼むな」


 練習で俺から取りに行くという動きもしたので、できないことはない。

 しかし完璧ではないので取り逃すかもしれない。初心者なのでそれくらいは許してほしい。

 一之瀬がピッチャープレートに戻り、再びゲームがスタートする。


「しっねええええ!!」


 物騒なことを叫んだ一之瀬が投げる。

 確かに少しミットから外れた場所に飛んできた。

 岸田先輩がバットを振る。

 パァン! とミットにボールが納まった。


「っしゃあ!」

「ストライク! チェンジ!」


 これでワンアウト、交代だ。

 いくら野球部とはいえそう簡単には打てないようだ。

 とはいえ相手は現役、次の打席で完全に合わせに来てもおかしくない。

 次の打席で決められたらいいのだが……


* * *


 何回交代したのだろう。

 五回以上はしている気がする。

 一之瀬は岸田先輩の球に慣れてきたのか、数回当てることに成功している。

 岸田先輩も一之瀬の球に慣れ、ほとんどが長打になっている。

 これがホームランで決着がつくルールじゃなかったら大敗だ。


「だーっ! 飛ばない!!!」

「ドンマイドンマイ。次も抑えるぞ」


 今回の打席も一之瀬はホームランを打つことができなかった。

 次は相手の打席。今までホームランを打たれていないことが奇跡なんじゃないかと思うほど長打を打たれているので不安が残る。

 俺は素人なのでキャッチャーらしい指示はできない。ただ取っていればいいのだ。


「っし! ツーストライク!」


 一投目がヒットでファール判定。二投目が空振りでストライク。

 三投目でストライクになれば交代だ。


「これで……終わりだああああ!!!」


 一之瀬が投げた球は、真っ直ぐミットに向かって飛んでいく。

 ダメだ、これは真ん中過ぎる。球速に慣れてしまった岸田先輩には確実に打たれてしまう。


「オラァ!!!」


 カキーンと甲高い金属音が響き、球が弾かれる。

 打たれた球は高速で飛んでいく。その先には……一之瀬がいる。

 危ない! そう思ったが流石の反射神経、一之瀬は“グローブをつけていない右手”でキャッチした。

 おお、スーパープレイだ。


「ア、アウト! チェンジ!」


 よかった、ホームランにはならなかったな。

 俺と一之瀬はベンチに戻り、ヘルメットなどを外す。

 まだ四月ではあるが暑い。長く続けるのは危険だな。


「うし、次ホームラン打てば終わりだな」

「……っ」


 カラン、と一之瀬が金属バットを落とす。

 何事だ、と俺たちは一之瀬の顔を見る。唇を噛みながら悔しそうな顔をしていた。


「一之瀬?」


 明らかに様子がおかしい。視線を手元に移すと、そこには赤く変色した右手があった。

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