一之瀬湊の暴走 2
秋野が倒れたり、親友を欲しているという話を聞いて、一之瀬の部屋は重い空気が流れた。
真剣な話なんだ、と改めて分かったのだ。
沢野も、この話は初めて聞いたため驚いていた。
「それで友達に……」
「ご、ごめんね。そんな気持ちで友達になろうとして……」
「いいのよ。私も、秋野さんにことを親友って言えるくらい仲良くなりたいわ」
「ほんと!? ありがとう!」
「ちょっと、急に抱き着いて……ふふっ」
女の子同士がイチャイチャしている。これは邪魔するわけにはいかない。
そういえば、思い出したら親友になるという話はしていなかった。まあ、重要な話でもないので伝える必要はないと思ったのだろう。
「まあそういうわけで、あたしは友達が欲しいの。と言っても、もうここにいるメンバーでいいかなって思い始めてるけど」
「そうね。私にも親友と呼べる人はいないし、二人も仲良くなってくれるかしら?」
「まあ、そうだな。これから次第に仲良くもなるだろ」
「だね、委員長とはまだ話慣れてないからあれだけど、杉坂と秋野ちゃんといるのは楽しいしねー」
俺も沢野とは話慣れてないな。
そして秋野、どうして俺のことを睨んでくるのだ。
なんて思っているとスマホが鳴った。チャットが来ている。相手は……目の前にいるはずの秋野からだった。
『あたしとの約束は?』
気にしていたらしい。
秋野との約束。秋野が思い出したら、親友になるという話。
今の流れで、その約束はどうなるのかと思ったのだろう。
『そのままだ。思い出したらな』
『でも、委員長とは親友になるの?』
「……」
これは、どう返信するのが正解なのだろうか。
秋野と俺が親友になる約束は、秋野からしたらあまり意味はない。
思い出したい、という気持ちが強くなるという効果はあるかもしれないがそれだけだ。
このメンバーで仲良くなれるのなら、あの約束を続ける必要はないのではないか、と思われても仕方がない。
この約束は俺のためでもあるのだ。
秋野が忘れたまま、幼馴染ということを隠して親友になりたくないというだけの話。
声を大にして親友と言えないから、このまま約束を続けたい。
「俺は……」
「みんな。あのさ、さっきの親友の話ちょっといいかな」
どうすればいいのか迷っていると、秋野が話を始める。
「えっと、あたしがさ、思い出したときに親友になってほしいの」
「あ、秋野……?」
「思い出したとき?」
「どうしてかしら」
二人からも疑問の声が上がる。
俺もだ。どうしていきなりそんなことを言ったのか分からない。
「あたしが、思い出さなくてもいいって思わないため」
「……っ」
俺が考えていたことの一つと、全く同じだった。
「今も思い出したいけど、みんなと一緒に居たらきっと楽しくて、もうこのままでいいって考えちゃうんじゃないかって……だから、思い出したら、みんなを親友って呼ばせて?」
「そういうこと。いいわよ、そうしましょうか」
「なら頑張って思い出させないとだね」
一之瀬と沢野は何の疑問も持たずに賛成する。
「杉坂くんは?」
「お、俺も……いいと思うぞ」
「そっか。じゃあ決定だね」
いったいどういうつもりなのだろう。
俺はチャットに一言『悪い』とだけ打ち込み送信する。
すると、少しの時間を置いてチャットが送られてくる。
『今度、理由聞かせて』
『分かった』
本当のことを話すべき、なのだろうか。
いや、ダメだ。これだけは話せない。まだ覚悟が決まらない。
俺が幼馴染であることは、伏せるべきだ。せめて話すのなら、自力で気付けるよう匂わせるしかない。
それがこの立場を最大限利用する方法のはずだ。
「そういえば秋野ちゃん。その酷いこと言ってきた先輩って誰なの?」
話が終わると、一之瀬がそんな質問をした。
友達が先輩に酷いことを言われたと知って、相手の名前を知りたくなったのだろう。
流石にその先輩をどうこうしようと思っているわけではないと思うが。
「岸田先輩だけど……」
「ああ、あの先輩ね」
「有名なのか?」
岸田先輩、聞いたことはない。
「少しだけね。性格はクズだけど顔はいいから仲のいい女子が多いんだ。男子の間だと嫌ってる人は多いよ」
「お前がその嫌ってる男子筆頭か」
「そう! マジムカつくあの先輩!!!」
「お前彼女欲しくないって言ってなかったか?」
一之瀬は過去の恋愛にトラウマがあるのか彼女を欲しがらないのだ。
「そうだけども、ムカつくじゃん! なんであんなのがモテるんだよ!」
「外面しか見ない人が多いのよ。一之瀬くんも、女子の外見を重要視しているでしょう?」
「いや、全然。性格が一番重要だから」
「そ、そう……」
突然真顔で目のハイライトを消した一之瀬に、沢野がドン引きする。
俺でも一之瀬のトラウマ、よく知らないんだよな。聞いても話してくれないし、女子には気をつけろよ……なんて忠告してくる始末。何があったんだよ。
その後は重い空気を払拭するようにゲームで遊んだ。人数が増えるとやはり楽しい。
そらも一緒ならもっと楽しそうだが……一之瀬の家には行かなそうだ。
そんなことを考えながら帰宅する。今日は色々あって疲れた。休もう。
* * *
『今大丈夫?』
『ああ』
『じゃあ、聞かせて。どうして、あたしにだけ親友になる条件を付けたの?』
『お前の言っていた、思い出さなくてもいいと思わないようにってのが理由だ』
『本当に?』
『おう。嘘じゃない。ただ、もう一つある』
『もう一つ?』
『こっちは、秘密だ。どうしても話せない』
『いつか話してくれる?』
『思い出したときに、理由も話す』
『そっか。じゃあ頑張らなきゃね』
『絶対、思い出してくれよ』
『それじゃ、また明日学校で』
『ああ、おやすみ』
『うん、おやすみなさい』