沢野佳世との親睦 2
昼。朝に言った通り一之瀬は一人寂しく昼食を取ることになった。
四限目の授業が終わり、クラスメイトたちがバタバタと移動し始める。ある者は友人の近くの席に移動し、ある者は自分の席に弁当やパンを出し、ある者は自販機に飲み物を買いに行き、ある者は食堂へ向かう。
沢野は教室に残り一人で食べる派らしく、鞄の中を漁っている。話しかけるのなら今がチャンスだ。
「い、委員長。一緒にお昼どう?」
「え……秋野さん? 今日は予定もないから大丈夫だけど……」
沢野を誘いに行った秋野を自分の席から見守る。
一之瀬は特に気にしていないようで、教科書を片付けながら「何言ってんのか分かんねー」と呟いていた。
一学年のおさらいも終わり新しい勉強に入り始めた頃合いだ。ここで勉強が遅れると悲惨なことになってしまう。沢野に一之瀬の勉強を手伝ってもらおうか。
「ほんと!? な、ならせっかくだし食堂で食べようよ」
「ええ、いいわよ」
そんなことを考えていると、秋野が沢野を連れて教室を出ていった。
後は俺が遅れて合流するだけだ。
「お前どこで食べんの」
「食堂で食う。弁当を見せないために教室から離れなきゃいかん」
「別に見ねーよ!」
妹が弁当を見られたくない設定を使い俺も教室から離れた。
廊下を歩く秋野たちの後ろを歩く。なんだかストーカーしている気分だ。
食堂で合流する予定だったが、尾行するのも嫌なのでさっさと合流してしまおう。
「よ、珍しいな二人が一緒なんて」
我ながら白々しいが、前を歩く二人に話しかける。
俺の声を聞いた秋野は振り向き、一度俯いた後顔を上げて演技を始めた。
「あ、杉坂くん。委員長、あたしたちあんまり喋ったことないし、杉坂くんも誘っていい?」
「いいけれど……杉坂くんは大丈夫なの? いつも一之瀬くんと食べていたし……」
「大丈夫だ、ちょっと理由があってな、今日は離れて食べることになったから」
「理由……?」
「申し訳ないけど、あいつに悪いから話せない。それだけ残酷なことなんだ」
流石に沢野相手に一之瀬が俺の妹に嫌われていることを話すのは躊躇ってしまう。
いきなりそんなことを言われても混乱するだろう。
「そう、なら三人で食べましょうか」
「おう。妹の弁当を自慢させてくれ」
親指をぐっと立ててそう言った。
今日の弁当はどんなおかずがあるのだろうか。一之瀬云々の話は作り話だが自信作と言われたのは本当だ。
そして本格的に一之瀬に見せたくなくなってきた。妹の自信作を一之瀬に見られたくない。あいつのことだ、おかずを一つ要求してくるに決まっている。
「一之瀬くんはダメでもあたしたちはいいんだ……」
「一之瀬くんはダメ……?」
「あっ! いや、何でもない! 忘れて忘れて!」
秋野が口を滑らせたが、何とか誤魔化し食堂へ向かった。
食堂は中庭からの道を通った先にある。購買も一緒になっているので昼に生徒が大勢集まる場所だ。
入口付近に並んだ購買の列を抜け、食堂にある長テーブルの席につく。
いつものことだが、ここはカレーの香りが強い。他の料理もあるはずなのだが、カレーの香りだけがやけに強いのだ。
なので好みもあるのか、席に座る人は思ったよりも多くない。
俺の隣に秋野、秋野の向かいに沢野という席順で座る。
食堂のカウンターからは離れているのでそれなりにカレーの香りは薄い。
匂いが気になるとそらの自信作を味わえなくなってしまうので助かった。
「三人ともお弁当だねー」
秋野の言う通り、俺たちの前にあるテーブルにはそれぞれのお弁当箱が置かれている。
「私はお母さんが作ってくれているの、二人は?」
「あたしもお母さんだよ。杉坂くんは妹ちゃんだっけ」
「ああ、料理が趣味らしくてな。毎朝わざわざ作ってくれてるんだ」
そらは今までの入院生活で何もできていなかったという理由から、家族の役に立ちたいと料理や家事を趣味にしている。
いい子過ぎて泣けてくる。高校に入学してくる来年が楽しみだ。
弁当箱の蓋を開けると、そこには日曜の朝にやっている魔法少女アニメのキャラがおかずとご飯で再現されていた。
マジか、朝からなんて物を作っているのだそらは。嬉しいが勿体ないという気持ちがすごい。
「えっ、キャラ弁!? すごーい! 初めて見た!」
「私も……すごい細かく作られてるわね」
「俺も驚いてる。なんか勿体ないな」
アニメ特有の綺麗な目を海苔で再現している。これ、SNSに載せたらバズるんじゃないだろうか。
妹の弁当でバズるつもりはないが、記念に一枚パシャリ。おそらくそらも作りたてのキャラ弁の写真を撮っているだろうから、その写真も貰おう。
「「「いただきます」」」
両手を合わせいただきますを言い、箸を手に持つ。
勿体ないと思いつつも、食べなかったら食べなかったで怒られるのでキャラをあまり壊さないようにちまちま食べていく。
美味しい。キャラ弁はキャラの再現のためにおかずが偏り味が落ちるイメージがあったのだが、いつもと同じ、いや、愛情も加わりいつも以上に美味しい。
「そういえば委員長、いつも委員会の仕事って何してるの?」
「ええと、クラス内での出来事を先生に話したり、問題のある生徒についての話を聞いて注意したりかしら。今はまだ行事がないからほんの少ししか仕事はないけれど、体育祭などが始まれば仕事も次第に増えるの」
確かに、運動会の時に仕事を頼まれた記憶がある。とはいえまだ小学生、しかも低学年なので仕事はほとんどなかったが。
高校にもなれば仕事をしっかり任されることも多いだろう。
「これからテストもあるし、忙しくなりそうだな」
「そうね、でも私が頑張ればクラスの雰囲気も良くなるから、頑張りたいわ」
「クラスの雰囲気か……」
そういえば、一之瀬が沢野について何か言っていたような。
確か、女子に向ける視線が気になると。あんまり詮索するのは良くないと分かっているが、事実の確認を取りたい。
「沢野ってさ、よく女子を見てるよな。なんか気になることでもあるのか?」
「っ……それは、騒いでいたのが気になっちゃったの」
「やっぱりか。分かる分かる、会話が楽しいのは分かるけど限度があるよな」
「そう、ね……注意しておくわ」
「頼むわ」
言葉が途切れ途切れだったのは何故だろう。
人のことを悪く言うのに罪悪感がある、とかだろうか。
注意したいが楽しそうなのを邪魔していいのか、と考えていたのかもしれない。
一旦会話が終わり、弁当を食べ進めていく。くっ、ごめんミルちゃん。食べるね。
しかし、俺と沢野が予想以上に会話してしまった。元々は秋野が仲良くなるために沢野を誘ったのに。
秋野もどう会話をすればいいのか分からずにタイミングを探っているようだった。
食べ終わった俺は隣に座る秋野に視線を向け、会話を切り出すように促す。
「あの、委員長」
「何?」
「あたしたち、さ……友達にならない?」
額に汗を浮かべながら、秋野はそう言った。
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