秋野の思い出巡り計画 6
「え……なんで?」
理解が追い付かなかった。
どうして秋野のお父さんが家に来ているのだ。
「栞里から沙織と一緒に家に来たって聞いたんだよ。しっかしでかくなったなぁ!」
「そりゃ、でかくもなるでしょ……」
「何年ぶりだぁ? 九年ぶりくらいか!」
頭に手を乗せながら喜ぶ秋野のお父さん。
正直俺は殴られる覚悟はできている。むしろ殴ってくれた方が気持ちが楽になるまである。
しかし何をしに来たのだろうか。いくらその話を聞いても、わざわざ家に来ることはないだろう。
「ま、とりあえず乗れよ。話はそこからだ」
「あっ、はい……」
家の前に停車していたのは、真っ赤なオープンカーだった。
車に詳しくないので判断はできないが、一般の車よりも高いのではないだろうか。素人目に見てもかっこいい。
話を戻そう。つまるところ、俺はドライブに誘われているのだ。
寝る前だったのでスウェットなのだが、着替えた方がいいのか?
「妹ちゃーん、お兄さん借りてくぞー」
「えっ!? ど、どうぞー?」
「いいのかよっ!」
戸惑いながらもOKを出す妹に思わずツッコミを入れてしまう。
俺は小さい頃秋野と仲が良かったが、妹は入院していたこともあって面識はない。
もちろん栞里さんも秋野のお父さんもだ。
そんな知らない相手が突然やってきて兄を連れて行こうとしているのに、なぜ許可を出してしまうのか。
「知り合いなんでしょ?」
「まあそうだけど……あ、着替えてきていいですか」
「んや、そのままでいい。行ってもコンビニくらいだからなぁ」
コンビニなら、まあこのままでもいいか。
「せめて何か羽織っていきなよ、寒いよまだ」
「あー、だな」
四月とはいえまだまだ冷え込む。
暑い日は暑いが、寒い日は寒い。昼間暑かったのに夜は寒いなんて日もある。
そういうわけで薄目のダウンジャケットを羽織って戻ってくる。
「おし、乗れ乗れ」
実は人生初オープンカーだったりする。謎に緊張してしまう。
車に乗っているのに外にいる感覚。不思議な感じだ。
「出発進行! 目指すは少し遠めのコンビニな」
シートベルトを付けると、車が動き始める。
風が冷たくて気持ちいい、まだ住宅街ではあるがスポーツカーの良さが分かった気がする。
「えっと、栞里さんからどこまで聞きました?」
「一応全部聞いてる。安心しろ、別に怒ったりはしねぇよ」
真剣な顔で運転する秋野のお父さんは、真っ直ぐ前を見つめながらそう言った。
風になびく明るめの髪がとても綺麗で、かっこよかった。
幼い頃は気付かなかった、この人ってこんなにかっこよかったんだ。
「怒ってくださいよ……俺、記憶喪失の原因なんですよ……?」
「だろうなぁ」
「なら……」
「一つ聞くぞ。お前はどうしたい」
前を真っ直ぐ見つめたまま、そう聞いてくる。
俺は、責任を取って出来る限りのことをしたい。秋野が望むのなら、俺は何でもする。
「……責任を取りたいです」
「ならどうにかしてやれ。沙織は頑張りすぎてんだ、最近もそれで倒れた。だから、もう頑張りすぎないようにどうにかしてほしいんだ」
「それは……はい」
頑張りすぎている。友達付き合いも大変だったのだろう。
秋野も俺と同じで、気にしすぎる性格だった。全員と仲良くなろうと頑張っていたのだから、負担は大きい。
だから、あの場面で限界が来た。熱を出して倒れてしまうほどに。
「つっても、友達作りとか、昔行った場所を回ったりしてるみたいだし、そのままでいいんじゃねーの」
「はあ、いいんですかねこんなので」
「他に何やれってんだ。あれか、さっさと俺は貴方の幼馴染ですーって言っちまうか」
「それもっとややこしくなりません?」
俺のことを一欠けらも思い出せないのだ。あの頃あんな人がいた気がする、そこにすらたどり着けてない。
話すのは、思い出し始めた時だ。それまでは、今の関係を続けたい。
「……ま、こっちも言わないようにしてるからな。原因がお前だとしたら、いきなりその事実を突きつけるのは危ない」
「た、確かに」
そうか、ショックが原因で記憶を失ったのなら、教えたときに一気に記憶が戻り更なるショックを受ける可能性がある。
それならば、やはり言うべきタイミングは思い出し始めたころか。
「沙織はな、口ではみんなと友達になりたいって言ってるが、本当はみんなと友達にならなくちゃいけないって考えてんだ」
しばらく無言で走っていると、秋野のお父さんがふと口を開いた。
友達にならなくちゃいけない? どういうことだろう。
「ならなくちゃいけない?」
「多分だけどな。何か、そうしなきゃって心のどこかで思ってるんだろ」
「あの、それはいつから?」
「お前が転校してからだ」
「えっ……」
息を呑んだ。
今の秋野と昔の秋野は積極性がまるで違う。
俺はてっきり時を経て父親似になったのだろうと思っていた。
もし、もしもそうなった原因があるとしたら……それは……
「そんな、まさか……」
「本当にそうなのかは分からんが、無意識に昔の裕司みたいになろうとしてんだ、あいつは」
そう、俺になる。
俺がいなくなったショックで記憶を失い、俺がいなくなったショックで秋野は俺のようにみんなと仲のいい人になろうとした。
記憶だけではない。俺は秋野の性格まで曲げてしまったのだ。
秋野が頑張りすぎて倒れたのも、俺のようになろうとしたから。
背筋がゾッと冷える。オープンカーだからか、冷や汗がいつもよりも数倍冷たく感じた。
「それこそ、俺のせいじゃ……」
「妹ちゃんの事情もあったんだろ。お前を責めるつもりはない。知っておいてほしかっただけだ」
遠い昔に、秋野のお父さんはその結論にたどり着いたのだろう。
怒るわけでもなく、淡々と事実を伝えていく。
俺は、ただ友達作りを、思い出巡りをするだけでいいのか。一人の人間の人生を大きく変えてしまったのだ。その責任は計り知れない。
「誰にだって憧れはある。ただ、それが子供の頃のお前だっただけだ。責める理由がない」
「でも……」
「あーーーーもう、でもでも言ってんじゃねぇ! お前はお前で昔の沙織に似てんなぁ。いいんだよ、オレら親のことは気にしなくて。沙織が思い出した時に土下座して謝れ! ばーか!」
「……はあ」
今の俺が昔の秋野に似てるって、俺相当子供っぽくないだろうか。
……いや、こんなにくよくよしていたら子供っぽいか。まるで駄々をこねる子供だ。
もう少し、冷静にならなくちゃな。そう思っている間に車がコンビニの駐車場に入る。
そこは、北海道に多くあるコンビニチェーンだった。関東にもあったのか。
「ほれ、コンビニ付いたぞ。コーラ奢ってやんよ」
「……はい」
ただコンビニに行くだけかと思っていた。
暗い気持ちから切り替えつつ、俺はこの辺りでは珍しいコンビニを楽しむことにした。
なんだかんだ、楽しい。この話は秋野には話せないが、思い出には残るだろう。いつか、話そう。
その後、家まで帰してもらった俺は興奮冷めやらぬまま眠りについたのだった。
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