天使のツラしたクソガキだった
「――…ハルト様! ルクハルト様!」
「しっかりなさって下さい! 早く医者を…!」
ばたばたという喧騒にパチリと目を開くと、そこには青空が広がっていた。
雲一つない青空きれー…ってか頭いッてぇ?! 何だこれ! 尋常じゃない痛みなんだけど!?
勢いよく起き上がるとふらりとした感覚。頭を触ってみればぬるりとした嫌な感触。そしてその手には、真っ赤な水。
何だか小さな手だなとか思う余裕もなく、それが血だと認識した瞬間、俺の視界は再び闇に閉ざされた。
煤溝 晴翔、高校二年生の17歳。一般家庭のごく普通の男子高校生だ。そんな俺が今どハマりしているのが、とあるゲーム。
【Reward of love】通称リワラという、所謂BLゲームである。俺が腐男子になった経緯については置いておいて、リワラはとにかく王道。魔法の概念がある世界。ロドリエル学院という国立の学校に王子やお目付け役や聖教会司教の息子やらが通っていて、そこに数百年に現れるか現れないかという光属性の魔法を持った男子生徒が入学してくる。それが主人公、ちなみに受け固定。主人公自体は一般の文官の息子でごく平凡。それなのに希少な光属性持ちということで、「へー、おもしれぇ男」と言わんばかりに良くも悪くも注目されるわけだ。
そんなリワラにハマり、俺は全ルート攻略を目指して日々精進していた。そしてようやく、最後のキャラを攻略し終えたのである。ストーリー重視と口コミであったようにかなり時間が掛かった。その分の達成感に浸っていると、画面にQRコードが表示されたんだ。
他のプレイヤーもネタバレしないようにと気を遣っていたのか情報が少なく詳細には知らないけど、どうやら隠し要素がリワラにはあるらしいとは聞いていた。スマホでQRコードを読み取って表示された隠しコードをゲーム画面に入力すると解放される仕組みらしい。
隠しキャラの解放なのか、制作秘話が聞けるのか、主人公の洋服や限定アイテムが貰えるのか、いろいろな可能性を考えながら俺はコードを入力して、決定を押した。
「…それから、どうなったっけ……」
うっすらと目を開けると、視界には天井が広がっていた。
もしかして俺、決定押した瞬間寝落ちた? 全ルート攻略のためにだいぶ睡眠時間削ってたもんな…。ゴールデンウイークで学校も休みの間にクリアしたくて。宿題? 知らない子ですね。
ズキズキと痛む頭に顔を顰めながら今度はゆっくりと起きた。寝不足の頭痛が反映されて、あんな頭血まみれの夢を見たのか。やっぱ睡眠って大事なんだな。
「ルクハルト様!」
そう言えば夢でルクハルトって呼ばれてたけど、それって俺の名前が晴翔だから若干似てたのかな。でもやっぱ日本男児だし、そんなキラキラした名前で呼ばれたら身体が痒くなる。
「ルクハルト様、大丈夫ですか? お気分は悪くありませんか?」
焦ったような声にそちらに視線を向けると、そこには黒紫色の髪をしたイケメンが顔を覗き込んでいた。
「ひえ…圧倒的攻め…」
「ルクハルト様? やはりお気分がまだ…」
「あっ、いえ! 寝不足の頭痛なんで大丈…ぶ…?」
攻め顔イケメンに慌てて大丈夫なことを伝えようとして、違和感を覚える。何か俺の声、高くね? 声変わり前っていうより、最早ショタのようなボイスが自分の声帯から出てきたような。つか、手も小さくないか?
「…あの、あの、そこのカッコいいお兄さん、ちょっと手鏡を貸してくれませんか」
「ル、ルクハルト様…?」
ぎょっとしたような表情を浮かべたイケメンだったけど、すぐに手鏡を持ってきてくれた。俺はそれを受け取って、恐る恐る覗き込む。
そこには、金色の絹のような髪が跳ねている、どちゃくそ可愛いショタが映っていた。俺は自分の手を頬に当てる。すると鏡の中のショタも頬に手を当てた。
この確かな感触。包帯が巻かれた頭の痛み。これ、もしかして、夢とかじゃなくて。
「現実だったり…するのか…?」
「…ルクハルト様、申し訳ありませんでした」
変な汗が出てき始めた俺に向かって、イケメンが頭を下げている。えっ、なになに、止めて怖い。
「ルクハルト様が先程転んでしまわれた場所に、小石が埋まっておりました。それに事前に気付けなかったのは私の失態。どうぞ如何様にも罰をお与え下さい」
小石で転んだ、って…さっきの頭血まみれ事件か。いやでも怪我するなら小さい頃の内にしといた方が良いよ。成長してからする怪我って比べ物にならないくらいに酷いし。怪我の具合もだけど、羞恥心的にも。
それにどんな転び方したのか知らないけど、俺頭から突っ込んだんじゃないか? 手を突いたりしないで。そういう転んだ時の咄嗟の対応もこうして学んだんだよ俺も。小石なんてどこにでも転がってるもんだし、いちいち気にしてられないだろ。
「あの、頭を上げて下さい。転んで怪我をしたのは完全に自分のせいですから。大丈夫、怪我も男の勲章ですよ」
ニッ、と安心させるように笑い掛けると、イケメンさんは大きく目を見開いた。そしておずおずと手を彷徨わせる。
「失礼、ですが、ルクハルト様、少々…いえ、だいぶ、雰囲気が変わられました?」
「えっ」
ギクッと内心肩を揺らす。そりゃ俺にも何が何やらで完全に『煤溝晴翔』として喋ってるから、この天使のようなショタがどんな人物だったのか知らないけど…。あっ、もしかして一人称僕だったり、もうちょっと控え目に消極的に喋るような子だったとか!?
「罰として馬になれと背中に乗って来たり、犬になれと命令したりされないんですか…?」
クソガキじゃねぇか。
待てよ、この天使のような見た目のショタ、そんなクソガキだったのか? 見た目天使で中身悪魔とか詐欺も甚だしい。
何も言えずに額を押さえた俺に、具合が悪くなったと思ったのか、イケメンさんが慌てて俺を再びベッドに寝かしつけた。
「ひとまず目が覚めたことを旦那様と奥様にお伝えして参ります。何かございましたら、このレオナルトをお呼びください」
失礼いたします、とイケメンさんが部屋から出て行った。なるほど、あの黒紫髪のイケメンはレオナルトという名前なのか。しかし、まぁ、なんと言うか。
「どうなってんだ一体…」
可愛らしい声が静かな部屋に響く。俺はさっきまでリワラをしていたはずだ。なのに隠しコードを入力して決定を押した後からの記憶がない。ない、と言うか、その後から急にこのショタの人生に乗り移ったような。
「てかこのショタどっかで見たことあるような気がするんだよなー」
俺は先程レオナルトから渡された手鏡でもう一度自分を見る。金髪に、翠の瞳。ザ、異国って感じの見た目。しかしクソガキである。
「ルクハルト、あんなイケメンを馬や犬にして命令してたなんて、将来が危ぶまれるだろ。俺くらいの高校生になったら美男美女侍らせて良いように使ったり、何なら人の恋人も取ったり恋路を邪魔したりしそ…ん? ルクハルト?」
俺はバッと再び鏡を覗き込んでガン見する。
この顔、クソガキっぷり、人の恋路を邪魔しそうな将来性、そしてルクハルトという名前。
――コイツ、【Reward of love】のライバルキャラ…ルクハルト=ハーロイス!?
ルクハルト=ハーロイス。ハーロイス公爵家の一人息子。そしてこの天使のような見た目。それ故に産まれた瞬間からチヤホヤされ、結果、我儘ボーイに育ってしまったクソガキである。
ルクハルトは同じ年にロドリエル学院に入学した主人公に嫌がらせの数々を行ない、主人公と攻略対象の仲を悉く邪魔するライバルキャラ。ライバルキャラと言ってもかなり陰湿な方なので、巷で流行していた悪役令嬢の男版のようなものだろうか。言うなれば悪役令息?
「うわー、何でよりにもよってルクハルトになってんだよ。どうせなら主人公くんにして…いや、俺は攻め受けくんがイチャコラしてるのをベッドや壁になって見ていたい派だからな…」
自分が対象になるのはまた違うのである。しかし、ルクハルト。こいつには本当に苦労させられた。主人公くんがお礼に王子にお菓子を持って行こうとしたらそれを落とされ。皆に配るよう頼まれたプリントを濡らされ。こいつ最早俺の事好きなのではと邪推するくらいに苛め抜かれた。そのあまりにも陰湿な行為にストレスが溜まったのか、ただ単にそういうジャンルの人々の性癖に刺さったのか、二次創作ではルクハルトがモブに凌辱される作品が多いのは有名である。
「まーでも、アイツ最終的に全ルート処刑されるんだもんな。本編ではぼかされてるけど、察せられる文言だったし」
主人公くんの攻略対象、総じて地位が高い役職の嫡男とかだったからな。王子、王子の従兄弟兼お目付け役、辺境伯の嫡男、武官、文官長の嫡男、聖教会司教の嫡男…そいつらの大事な主人公くんを害そうとしたら、そりゃそうなるわ。
「それにしても、この状況は何だよ。隠しコードでルクハルトに憑依出来ますってか? どんな技術持ってんだ」
死んだわけじゃないから、転生とはまた違うだろう。異世界トリップも『煤溝晴翔』がこのリワラ世界に来たわけじゃない。まぁ、精神や記憶だけがトリップしてるって言えば、異世界トリップの一種でもあるのかもしれないけど。
「ルクハルト…お前不遇な人生だよなぁ…恋路邪魔して処刑って…あれ、処刑?」
ルクハルトは処刑される。ルクハルトは俺。つまり、俺は将来処刑される。
ぶわっと、全身の毛穴が広がった感覚。待て、待て、待ってくれ。リワラの話を思い返してたが、この世界は紛れもなくリワラの世界で、そして俺はその中のキャラクター、ルクハルト=ハーロイス。
「俺、もしかして、処刑されるのか」
ふるりと布団の中で身体が震える。自分の右手で左手を包み込むと、指先が冷え切っていた。死ぬ? 俺、まだ、17歳なんだけど? まだまだいろんなことやりたいよ?
来月には注目タイトルの続編が出るらしいし、てかそもそもリワラの隠しルートもやってない。死ぬのは嫌だ。俺、死ぬなら健康のままコロッと死にたいんだ。処刑なんざまっぴらごめんだ。絶対痛いじゃん!
「落ち着け、落ち着け…見る限り、多分今のルクハルトは6、7歳くらいだろ…処刑は18歳、学院の卒業式の後だ。15歳で入学だから、そこから主人公くんたちに関わらなければ良いんじゃないか?」
ルクハルトは主人公くんを苛め…ってか隠れて傷害事件を度々起こすから処刑されるわけで。リワラの主要人物たちに関わらず、モブたちと共に心穏やかに過ごしていれば…。
「いや、俺は知っている…世界線は収束するということを…」
これも他のゲームの知識なんですけどね。でももしその世界線の収束がこのリワラにも反映されているとしたら、どうあがいても俺は処刑される。嵌められて苛めの主犯に仕立て上げられるとか。突拍子もない理由で弾劾されるとか。
打つ手はないのか、処刑ルートまっしぐらなのか。
「…んなわけあるかよ」
ベッドの中で俺は拳を握る。
そんなわけあるか。俺を舐めるな。このリワラをどれだけやり込んだと思ってる。隠しルートこそやれてないが、それ以外のことなら全部頭に入ってる。他のゲームだってそこそこやってる。その知識を活かせば良い。
「…俺が主人公くんを守れば良いんだ。もしかしたらそれで攻めズから疎まれるかもしれないけど、そうならないように主人公くんとの仲を取り持ったりして…」
唸れ俺のゲーム経験となけなしのコミュニケーション能力。まずは頭の怪我が治ったら、体術や剣の稽古を付けてもらおう。
作戦名は、いのちだいじに、だ。
自分が読みたいものを書いていくスタイルで執筆しています。
悪役令嬢モノにハマってるので、腐った森の住人としてはBLでも読みたい(曇りなき眼)
今日中(9/22)にまた続きをアップします。