7.最低だわ
最低な結婚式の事はすっかり忘れてしまおうと努力して数ヶ月。
ヘレナは事ある毎にサティアを連れまわし、茶会やパーティーに連れ出しては「うちに娘が増えましたの」なんて自慢を繰り返す。サティアの知らない人ばかり。皆にこにことヘレナの話を聞くばかりで、言ってしまえば、とても退屈だ。
そんな日々を送り続けてきたが、今日はとても嬉しい日。大切な友人の結婚式だ。かつて憔悴しきって引き籠っていたとは思えない程、友人は美しい花嫁としてそこに存在している。隣で微笑む新郎は、真っ白なタキシードを着て、愛おしそうに新婦を見つめていた。
「とっても綺麗よ、セレス」
「ありがとうサティア」
満面の笑み。羨ましい。すっきりとしたデザインながら、腰に大きなリボンを結んだ真っ白なドレスを着て、指にはお揃いの結婚指輪を嵌めて。セレスとアランらしい、華やかで優しい雰囲気の式だった。
厳かな結婚式から、今は披露宴替わりのガーデンパーティー。そこかしこに真っ白な薔薇と真っ赤な薔薇が飾られ、多すぎない数の客人たちは幸せそうな新婚二人を見守っている。
「私たちの式に招待出来なくてごめんなさい」
「良いのよ、今日来てくれただけで嬉しいわ」
セレスも呼びたいと何度もヘレナに頼み込んだが、セレスの髪を理由に許して貰えなかった。勝手に呼んでしまおうと思ったのだが、もしそれで当日セレスに何か嫌味でも言われたらと思うと、無理に呼ぶことは出来なかったのだ。
それでも式に呼んでくれたことが、今のサティアには嬉しくもあり、どろどろとした醜い嫉妬をさせてもいる。
「やあ、来てくれて嬉しいよサティア殿」
「ご結婚おめでとうございます、ゴールドスタイン様。私の大切な友人をどうかお願いいたしますわね」
キラキラ輝く金髪。自分の夫とは正反対。ああ、羨ましい。幸せそうな二人。幸せな結婚式。どうして、私は上手くいかないの?
そんなどろどろとした感情を必死で押し隠して、サティアは笑顔を浮かべ続けた。
「団長殿、奥方を独占していて申し訳ない」
先程から黙って隣に立ち続けるギルバートに、アランが穏やかに話しかける。アランはギルバートの部下なのだと、招待状が届いた時に知った。部下と新婦の友人なのだからと、夫婦で参加するのは構わないのだが、祝いの席なのだからもっとにこやかにしてほしいものだ。
「構わん。妻が楽しそうに話しているのを止めることもあるまい。それよりも、新郎新婦の挨拶回りを引き留めてすまんな」
「あ…そうよね、ごめんなさいお二人とも」
「良いのよ、サティアとお話したかったんだもの。でもそろそろ行かないと…どうぞゆっくりしていってね」
嬉しそうにアランの腕に掴まりながら、セレスは客人の間を歩いて行く。
羨ましい。本当は自分もこんな式がしたかった。あんなドレスが着たかった。指に嵌っているごてごてと石が付いた指輪より、もっとシンプルなものが良かった。
揉める事を恐れずに反抗しておけば、あの日の思い出はもっと幸せなものだったのだろうか。
見知らぬ人ばかりの式とパーティー。婚約指輪も結婚指輪も、ごてごてと石が多く飾られて重たいし、ドレスは全く好みでなく、ただ布に埋もれただけ。
「どうした」
「いえ、なんでもありませんわ」
そう言うしかないじゃないか。だって、夫はあの日の事は何一つ気にしていないのだから。妻が落ち込んでいたって気付きすらしない。別の部下に声をかけられ、妻を紹介して、少しの会話を楽しむ。
それを何度か繰り返し、お開きとなったパーティーから撤退する。
嬉しい日の筈だったのに。大切な友人の、人生で一番幸福で、大切で、嬉しい日を心の底からお祝いするつもりだったのに。
どうして、こんなにも心が重たいのだろう。馬車の前で手を差し出す夫の手を取りながら、友人への詫びを何度も心の中で繰り返した。