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4.身長差を考えてくださる?

毎日毎日嫌になる。数日おきにハミルトン家に呼ばれ、応じる度に理想の結婚式からかけ離れていく。婚約者本人は仕事で忙しいらしく、あの茶会から一度も会っていない。


「それでね、祖国の私の友人も呼びたいのよ」


どんどん増える招待客。披露宴は少人数で、式を行う教会の庭園でやろうと思っていたのに、屋敷の大広間で楽団を呼んで、盛大にやるのだそうだ。

祖国の友人とやらを呼んだところで、それはサティアにもギルバートにも全く関係の無い人物。もう手紙を出したとうきうきしているヘレナは、もう話を聞いていない。

呼ばれたところでサティアは微笑みながら大人しく話を聞くしかないのだから、呼ぶ必要性を感じない。いい加減この無駄な時間が嫌になる。


「あまり新郎側の人数が増えますと、私の友人では数が足りなくなってしまいますわ」

「あら、ではご両親のご友人も呼んだら宜しいわ」


そういう事ではない。それ以上人を呼ぶなと言いたいのだが、頭の中が花畑になっているヘレナには通じない。ああもう嫌だ。今すぐ結婚式なんて無くなってしまえば良いのに。


「ご歓談中失礼いたします」


執事の静かな声が響く。面白くなさそうにヘレナが要件を聞くと、ギルバートが帰ってきたらしい。婚約者が来ている事を知らせると、一度顔を出すと言ったそうだ。

助かった。これで止めに入ってくれるかもしれない。少しは母親の暴走を止めてくれると期待したのだが、いつもよりも深く眉間に皺を刻み込んだギルバートがサティアに向かって口を開いた。


「式は中止だ」


何を言っているのだろう。それはヘレナも同じことを考えているようで、一拍置いて勢いよく立ち上がった。


「何を言っているの!もう支度は進んでいるのよ!」

「母上、あまり興奮なされませんよう。国の大事ですので致し方ありません」

「国の大事とは何ですか」


ヒステリックに叫んだヘレナが、急に声を落ち着ける。落差の激しい人だなと思いながら、サティアもギルバートに視線を向けた。


「戦争になります。母上は暫く領地へお戻りを。父上が此方に戻ります。サティア。お前は暫く此処には近寄るな」


夫が戻ってくると聞いた瞬間、ヘレナは嫌そうな顔をしてギルバートを睨んだ。息子を睨んだところで何も変わりはしないと思うのだが、今は気分の悪さを八つ当たりでもして誤魔化したいのだろう。


「あの、ギルバート様。式は中止なのですね」

「そう言った」

「駄目よ許しません!戦争が終わって落ち着いたらやれば良いじゃない!」

「ではそれで。調整はお前に任せる」


そう言って、ギルバートは部屋を出て行った。戦争で式が中止になったなら、どれだけ良かっただろう。延期なんてしなくて良いのに。


「全く嫌になるわ。調整は私も領地でお手伝いするわね」


ヘレナも急ぎ足で部屋から出ていくと、メイドに何か言いつけている声が聞こえた。夫が帰ってこないうちに荷物を纏めてしまいたいのだろう。

三人も子供を儲けているのだから、そんなに嫌わなくても良いのに。結婚生活に何の希望も持てないまま、サティアはハミルトン家を後にした。


◆◆◆


戦争になると言われてから数日。婚約者は相変わらず仕事に勤しんでいるらしい。仕事熱心で結構な事だ。さっさと領地に戻ったヘレナから時々手紙は来るが、呼び出されないというだけで随分と心が晴れやかだ。


「激励会みたいなものね…またエスコートは無し、と」


忙しいから婚約者として代わりに参加してこいと無茶な事を手紙に書いて寄こしたギルバートに腹が立つ。

まだ妻でもなんでもないのだから、激励会とやらに参加する必要は無いはずだ。というか、いい加減まともにエスコートくらいしてほしい。どこまで馬鹿にすれば気が済むのかと憤慨しながら、サティアは一人で会場に乗り込んでやった。

もう何年も一人で夜会やパーティーに現れるサティアは、誰もがそれを普通だと思っている。ギルバートと婚約しているのは事実だし、彼が仕事人間で婚約者を蔑ろにしている話も有名だ。


「またお一人ですの?」

「ええ、鴉は光物が好きだと思っておりましたのに」


友人が苦笑いを浮かべながら話し掛けてくる。嫌味やからかいなどではなく、友人なりの気遣いだ。広い会場内で、誰とも会話せずに帰る事が無いように。

一言二言会話をして、彼女とは手を振って別れた。彼女にはきちんとエスコートしてくれる婚約者がいるのだから、あまり邪魔をしてはいけない。

今日はどの辺りに陣取ろうかと、会場を見回すと、会場に大嫌いな令嬢がいることに気付いた。直接話した事はないが、彼女はセレスの婚約者を奪い取り、ありもしない噂を流した張本人だ。何やら複数人の令嬢に話しかけ、楽しそうに話し込んでいるようで、何を話しているのか聞き耳を立ててみる。


「今日のドレスは一段と素敵ですわね」

「ええ、良くしてくださる方から頂きましたの」

「タラント様ではなくて?」


艶のある深緑の布地に、金糸の刺繍をあしらったドレスを身に纏い、自信たっぷりな笑顔を浮かべながら、マリア・マクベスは言葉を濁しつつ続ける。


「ええ、違う方ですわ。私に婚約者がいる事を知りながら、妻にと求めてくださっておりますの」


嘘を吐くなとサティアは内心べぇと舌を出す。確かに美人だとは思うが、成り上がりの孫と馬鹿にされ、嫁にしたいとは思わないと笑われていることも知っている。伊達に何年も壁の華をしていない。


「まあ、熱烈ですわね」

「ええ本当に。あの瞳に見つめられると、つい心が浮ついてしまいますの」


令嬢たちも内心小馬鹿にしているのか、それとも単に面白がっているのか分からないが、口元を扇で隠しながら続きを待つ。


「早く争いが落ち着いてくだされば良いのに。突然領地にお戻りになられるから、お断りすることも出来ませんでしたわ」


現時点で領地に戻っている未婚の男は数少ない。そして深緑と金を持つ男はアラン・ニール・ゴールドスタインを思い浮かべる者が殆どな筈だ。


「まさか」

「いけない、私ったら…ウィリアム様のお耳に入るといけませんので、どうかお忘れくださいませ」


そう言って、マリアはさっと人混みに消えていく。令嬢たちはまだこそこそと言い合っているが、どうせ嘘だと言う者、またセレスから奪う算段なのではと言う者。

ああ、それではマリアの思う壺だと頭を抱えると、入り口の方が騒がしい事に気付いた。

視線を向けると、普段よりも胸を張り、堂々とした足取りで会場内を歩き始めたセレスを見つけた。


「セレス様、いらしたのね」

「ごきげんようサティア様。お戻りにならなかったのね」

「婚約者が次期侯爵ですもの。残るに決まっているわ」


ふふっと笑いながら、じっとセレスの耳元を見ると、深い緑の石が輝く耳飾りが着いていた。ああ、これはきっとアランからの贈り物なのだなと思っていると、その意味を察したのか、セレスも同じように微笑んだ。


「さて、女の闘いになりそうですわね」

「あら、主役は現役の方々では?」

「違うわ。図太い神経の方が紛れ込んでいるのよ」


サティアにしては随分と口汚く罵った。サティアの視線の先を見たセレスは、呆れたように溜息を吐いた。


「あらまあ」

「マクベス家も一応資金提供という意味では貢献されるのでしょうけれど…」


それでもこの場にマリアがいる意味が分からない。セレスはダルトン家の娘。ダルトン伯は城の重役で、その娘のセレスが参加するのは「王都に娘が残っていますので、何かあったら助けてください」という意味もあったはずだ。しっかり覚えているわけではないので、自信は無いが。

サティアはギルバートの婚約者、名代としての参加だ。

マリアは何故いるのか本気で分からない。マクベス家は城勤めしているわけでもないし、戦場に出るような家でもないのだから。


「先程少し聞こえてしまったのですけれど…彼女、アラン様に求愛されていると吹聴していましたわ」


セレスの手元からみしりと嫌な音がした。

美人が怒ると怖いんだな、なんて思いながら、サティアは遠くを見る。友人が青筋を立てている顔なんて見たくはない。


「それは…気に入りませんわね」

「あの色…まるで婚約者気取りですわね」

「ええ、良い度胸ですこと」


囁き合う声は誰にも届かない。侮蔑の目を向ける者、噂を聞きたいだけの者。それを見極めては、マリアは令嬢たちににこやかに話し掛けている。

大方、一度奪えたからまた奪えるとでも思っているのだろう。ウィリアムよりも優れた容姿、家柄も良い。鞍替えするには良い相手だ。


「好きに言わせておけば良いわ。私はアラン様を疑うことはありませんし、奪い取れるものなら奪えば良い」


この友人は本当に自分の知っている友人か?そう疑いたくなるほど、セレスはいつもの優しくて大人しい雰囲気とはかけ離れていた。


「今はアラン様の為に、私に出来る事をしに来たのよ」

「何をするおつもりかしら」

「そんなもの分からないわ。でも、アラン様の妻になるのは私よ。隣国の動きを探ることは出来なくても、人脈を広げるくらいは出来る筈だわ」


きょとんとしたサティアが、一瞬の間を置いて声を押し殺して笑った。


「貴女、本当にセレスなの?」


違う。強くなったのだ。いままでの、寝取られ令嬢と言われて落ち込むだけの令嬢ではない。待っているだけではない、婚約者の為に何かをしたいと、強くいようとしているだけなのだ。


「そんなに笑わなくても良いじゃない」

「ごめんなさい。でも、私は今のセレスの方が好きかもしれないわ。前向きで、なんだか素敵」


そう言うと、セレスは少し照れたように笑う。嫌な音を立てた扇をさっと開いて口元を隠した。扇が壊れていない事に安堵して、二人はもう少しだけこそこそと会話を楽しむことにした。


「ここにいたか」


折角楽しくなってきたところだったのに。どうして今お前が現れるんだ。そんな気分になったものの、どうにか表情には出さずに声の主を振り返る。

騎士団の制服を着た、真っ黒鴉の婚約者。


「ごきげんようギルバート様。お仕事は宜しいのですか?」

「あまりよくはない」

「では、お戻りになられた方が宜しいのでは」

「いや、良い」


良いからさっさと何処かに行ってしまえ。セレスは気まずそうにしているし、ギルバートは手を差し出して引く気は無いらしい。

溜息を吐きたいのを必死で我慢して、ギルバートの手を取った。


「ごめんなさいセレスティア様。また落ち着いたらお茶でもいたしましょう」


にっこりと微笑んで、セレスと別れた。会場の中をずんずん歩くギルバートは、本当にエスコートが下手だ。これまでしてこなかったのだから、下手で当たり前なのかもしれないが、流石に脚の長さを考えてほしかった。

カツカツとヒールを鳴らしながら必死で足を動かして、サティアはまた心の中で文句をぶちまける。

今更何だ。下手くそなエスコートしやがって。もっとしっかりレッスンされた方が宜しくてよ。

絶対に本人には言えない文句を考えながら、サティアはなんとかギルバートに着いて行くのだった。


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