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16.御伽噺の王子様

冷えてしまった体にようやく温かいお茶を注ぎこみ、ほっと一息をついた。目の前で同じようにカップを傾ける夫は、義理の母に見られていた事、人前で妻を抱きしめていた事を思い出し、まだ少しだけ頬を染めていた。


「それで、迎えに来ていただいても私は帰りませんわ」

「何故だ」

「だって、あの屋敷はお母さまのお屋敷ではないですか。屋敷の主に出て行けと言われたのです。それに、我慢を続けていましたがもう無理です」


使用人を人とも思っていないような態度。貴族ならばそれも普通と言う人間はいるだろうが、サティアはそれを受け入れられない。

友人を貶された事も、ギルバートを疎むのも許せない。

自分をまるで見世物か人形のように扱うのも、孫を熱望しているにしても酷い干渉もうんざりだ。


「母上があの屋敷にいなければ、帰ってくるのか」

「いなくなるのですか?夫を鴉と疎んで嫌っているあのお方が、あの屋敷以外の何処に行くのです?」


勿論ハミルトン家も幾つか別荘を持っているのだから、何処か別の別荘に行けば良いのだが、買い物や華やかな集まりが大好きなあのヘレナが王都の屋敷から出て行くとは思えない。

サティアが別荘に行くという手もあるが、ギルバートは仕事に支障が出る為王都の屋敷から離れられない。別居している夫婦になる。今の義理の両親のように。


「この間から考えていた。母上は少々暴走が過ぎる。サティアには無理をさせて申し訳ないと思ってな。どうにかして母上を領地に戻らせようと思っていたんだ」

「どうやってです?」


じっとギルバートを見つめると、にやりと口角を上げたギルバートが機嫌よさげに手をひらひらとさせた。


「父上は母上を想うがあまり今まで好きにさせていたんだが…次期当主の妻を追い出そうとしているという事に相当ご立腹でな。領地に戻るか、夏の避暑地に行くか選ばせることになった」


それでヘレナが大人しく従うだろうか。誰よりも偉そうで、高圧的な彼女が、今更素直に夫と息子に従うとも思えない。


「まあそこはしっかり考えているから安心しろ。それより、本当に申し訳なかった。嫌な思いを沢山させていただろう」

「…本当にギルバート様ですの?」


こんなに妻を気遣う夫だっただろうか。訝しむような視線を向けても、さして気を悪くした様子が無い。ただただ申し訳なさそうに眉尻を下げて、じっとサティアの様子を伺っていた。


「私はよくない夫だ。婚約期間も放っておいてばかり、結婚式も任せきり。おかげでサティアの要望は何も通らず、母上の望む式になってしまっただろう」


あれもこれもと一つずつ丁寧に詫びて、許しを請うようにサティアの手を取って、ギルバートは言葉を紡ぎ続ける。今日はよく喋る。


「指輪も、あまり気に入っていないだろう。お前の指には合わない」

「…本当は、もっと小粒の石が一つだけ入っているものが良かったのです。ドレスも、あんなにふわふわしたものではなくて、すっきりとしたデザインのものをオーダーしていましたの」

「母上に全部却下されたんだろう。それも聞いた」

「披露宴も、教会の庭園で、親しい人だけを呼んで、お花を沢山飾ったものにしたかった」


我慢していたことを、ぽろぽろと涙を零しながら一つずつ吐き出していく。どれだけため込んでいたんだとギルバートは呆れていたが、少しでも義母と上手くやる為にと言ってやれば、また申し訳ないと謝罪される。


「ギルバート様はとても綺麗な色をお持ちなのに、どうして蔑む目的で鴉と呼ばれなければならないのですか?鴉はとても美しいのに、あの方はそれを知らないなんて」


なんて可哀想な人なのだろう。不気味だと言いたいが為に、あの美しさを知ろうともしないなんて。


「何故、色しか見ていないのでしょう。私のことも、鴉の雛ではない子供を産むだけの人形と仰いました。もうずっと、私の髪と瞳ばかり見ておられるのです」

「ああ…いつか母上が言っていた。色の薄い嫁との間に生まれた子供なら、忌々しい黒も少しは薄まるだろうと」


きっと、他の令嬢でも良かったのだ。選ばれたのはきっと、伯爵令嬢で、他の令嬢に比べて色が薄かったから。プラチナブロンドの髪は、何度ヘレナに褒められたか分からない。いっそ真っ黒に染めてしまおうかとも思ったが、長い髪を染めるのは大変だからと諦めた。どうせ染めたところで、伸びてくるのは元の色なのだから。


「母上の失言を許してほしいとは言えない。だが私はサティアを妻として迎え入れた。夫として、お前を幸せにしてやりたいと思っている」


本当に、今日のギルバートはよく喋る。真っ黒な瞳がサティアを見つめ、どこか必死な様子で手を握って、あれこれ考えながら言葉を紡ぎ続ける。行かないでと言いたげに、その手はしっかりとサティアの手を握りしめた。


「御伽噺の王子様のようにはなれないが、私なりに努力する。今更と思われても仕方ないが、どうかもう一度私の傍にいてほしい」

「…何故そこで御伽噺の王子様なのですか」


普段真面目な顔をしてばかりの男から出てきた言葉に、つい吹き出してしまう。ばつが悪そうな顔をしているが、「お前が言ったんだろう!」と頬をうっすら染めながら少しだけ声を荒げた。


「子供の頃、御伽噺の王子様のような素敵な男性に大切に愛されるのが夢だと言ったんだ」

「私が?」

「そうだ。目の前にいるのが婚約者だというのに、薄情なお前は絵本を大切そうに抱きしめて言ったんだ」


あったような気がするうっすらとした記憶。確かに子供の頃は、素敵な王子様のような男性に恋をして、お互い愛し合って幸せに暮らすんだと夢を見ていた。まさかそれを婚約者に言ってしまう程夢を見ていたとは。そしてそれを律儀に覚えているとは思わなかった。


「こうして迎えに来てくださったのは、少しだけ王子様のようですわね」


今度こそ顔をそむけたが、ギルバートの耳は真っ赤になっている。表情筋は強張っているが、耳は素直らしい。夫の新たな一面を知ったような気がして、サティアは小さく笑った。


「では、折角お迎えに来ていただけましたので、ここは素直に帰りましょう」

「そうか」

「ただし、お願いがございます」


ほっとした声で此方を見たギルバートに、サティアはにっこりと微笑む。氷の妖精の呼び名は伊達ではない。うっすらとした寒気を背中に感じたギルバートは、僅かに口元をひきつらせた。


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