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14.嫁姑戦争ですわ

「お招きいただけて嬉しいわ」


にっこり微笑むセレスは、相変わらず幸せそうで、後ろに控えるティナも以前より穏やかな表情をしている気がする。


「ようこそ!少しお茶をしてからお庭を見せたいの。とても素敵なのよ」

「それは楽しみだわ」


にこにこと微笑み合いながら、二人の新妻たちは茶会の会場にしたサンルームへと歩いて行った。日当たりの良い、暖かい部屋。明るくて居心地の良いこの空間は、サティアのお気に入りになっていた。


「素敵なお庭だわ」

「そうでしょう?もっと奥の方が素敵よ」


きっと今日は客人が来るからと、ビルがいつもより丁寧に整えてくれているだろう。どこから案内しよう。私の大切な友人なのよと紹介しようか。それともビルは姿を現さないだろうか。どちらにしても、久しぶりに会えた友人と何から話すかを考える方が最優先だ。


「旦那様とはどう?」

「それなりに仲良くやっているわよ。セレスは何も心配していないけれど…」

「ううん…少し、困ったことが」

「何かあったの」


サティアの瞳がすっと影を落とした。慌てたようにセレスは首を振り、少し頬を赤らめて言った。


「婚約期間よりも、アラン様が積極的すぎるというか…一緒に居る時は常に傍にいて、気が付くと膝の上なのよ」


つまりはなんだ。


「惚気ね」

「真面目に困ってるのよ!」

「降ろしてほしいって言えば良いじゃないの。何か深刻なことでもあったのかと思えば…」


心配して損した気分で、サティアはカップを傾ける。膝に乗せられたことなど無い。セレスの困りごとは、普通の夫婦ならばよくある話なのだろうか。いや、流石に違うか?などと考えるが、セレスの「困りごと」とやらはまだ続く。

朝目が覚めると必ずアランがセレスを優しく見つめながら起きるのを待っているだとか、毎日可愛らしいだとか綺麗だと褒めてくれるのは嬉しいが、いちいち熱烈すぎて気恥ずかしいだとか、事ある毎にキスをしてくるのが未だに慣れないだとか、サティアからしてみればただの惚気でしかない。

目が覚めると夫は既に身支度をしている日が多いし、可愛いだとか綺麗だとか言われた覚えはない。勿論キスなんて殆どしていない。同じ新婚だというのに正反対だなと自嘲気味に口元を歪ませた。


「仲が良さそうで安心したわ」

「仲は…そうね、とても良いと思うわ」


嬉しそうに微笑んで、セレスは小さく頷いた。かつての沈み切った表情はもう伺えない。本当に大切にされて、愛されているのだろう。


「サティアはどう?あまり婚約していた頃は会えていなかったようだけれど」

「貴方たち程ではないけれど、それなりにやってるわ」


最近週に一度夫婦二人だけの時間を作っている事、散歩やお茶をしているだけだが、それも楽しい事。不満はそれなりにあるけれど、それでも関係性は徐々に変化している事をさらっと話す。

本音を言えば、もう少しアランとセレスのようになりたい気もするが、夫に恋心を抱いているかと言われると微妙なところだ。

ずっと避けられ続け、結婚して漸く歩み寄りはじめたばかりだ。恋をしている相手というよりも、一緒に生活をする上で快適に過ごせるように距離を縮めてみようと思ったのがきっかけなのだから致し方ない気もするが、夫婦なのだからもう少し色気のある感情を抱いてみたかった。


「夫に恋をしていると、やっぱり楽しいもの?」

「わからないわ。私はアラン様以外を夫にしたことが無いんだもの」

「そうよね」

「夫に恋をしていないというのが私には分からないけれど、旦那様と一緒にいるのが楽しいとか、嬉しいとか、そういう感情でも良いんじゃないかしら。心地よい関係をお互いに築けていれば、それは恋でなくとも愛情になるのでは?」


よく分からないけれどねと付け足して、セレスは少し照れたように笑う。

愛、愛と口の仲で何度か呟くが、どういう感情が愛なのかがいまいち分からない。実家の家族への愛情と同じもので良いのだろうか。異性に向ける恋心から発展する愛情とは違う気がする。物語の恋人たちは、お互いがお互いを深く愛し、いつも最後は幸せな最後を迎えるのだ。そんな話に憧れを抱いただけ。

憧れたけれど、ギルバートに恋をして、ギルバートもサティアに恋をして、互いに愛し合うなんて未来は見えない。サティアが恋をする可能性はあるかもしれないが、ギルバートが恋をする可能性は全く見いだせない。あの不器用で、仏頂面で、時々笑うと幼くなる彼が、女性を愛することなんてあるのだろうか。あるとしたら、それはどんな人なのだろう。それは妻である自分なのだろうかと、また頭の中でぐるぐると考えて、答えの出ない悩み事に頭を悩ませた。


「ねえサティア、私お庭が見たいわ」

「そうね、是非そうしましょう」


一度考えるのをやめるタイミングをくれたのか、セレスは嬉しそうに庭を目指して歩き出す。相変わらず色々な花が咲いていて、何処からも花の良い香りが漂ってきていた。

予想通り、いつもより丁寧に庭木が整えられ、舗装された道も落ち葉一つない。うちの庭師は本当に優秀だわと内心褒めながら、新妻たちはゆっくりと庭を回った。


「本当に素敵なお庭だわ」

「そうでしょう?庭師が優秀なの」


少々自慢気に笑うと、セレスも穏やかに笑う。不躾な庭師の話や、もう少ししたら薔薇の季節だから、その時はまた見に来てほしいと約束を取り付けて、そろそろ戻ろうかというところで、サティアの楽しい時間は唐突に終わりを迎えた。


「あら、変わったお客様ね」

「お母さま、お出かけではなかったのですか?」


朝から出かけてくると上機嫌で出ていった筈のヘレナが、何故か今仁王立ちでサティアを睨みつけていた。


「出かけていたわ。この屋敷に住んでいる私が戻ってはいけない?」

「まさか。おかえりなさいませ」

「それよりも、何故私の屋敷に鴉が増えているのかしら」


全身の肌が泡立ったような気がした。鴉が増えたとは、友人の髪色の事を言っているのだろうか。訳も分からず睨みつけられたセレスは怯えている。どうにかしなければと思うのだが、何をしだすか分からない相手にどう対応すべきなのかすぐには案が出てこない。


「以前言った筈よ。付き合う相手は考えなさいと」

「彼女は私の一番の友人ですわ」

「まあ、そうだったの。貴方は鴉を侍らせるのが好きなのかしら」


セレスの後ろに控えていたティナからにじみ出る殺気。今はまだ大人しく待てをしているが、我慢の限界は近いだろう。背中越しクラリスに「大人しくさせておけ」と手で合図をしたが、ティナの忠誠心はその辺の侍女の比ではない。侯爵夫人であろうとも噛みつきかねない。それだけはいけない。何をされるか分からないのだから。


「鴉というのが何を指しているのか分かりかねます」

「そのご友人のことを言っているの。式に呼びたいと言っていた寝取られ令嬢よね。子爵令嬢如きに婚約者を奪い取られるような方とお付き合いだなんて、我が家の恥よ」


なんてことを言うのだろう。どうして、よく知りもしない癖に酷い事を言うのだろう。

ティナが小さく舌打ちをしながら拳を握りしめたが、クラリスが必死に止めている。その光景を目を細めながら眺め、ヘレナは眉間に深い皺を刻み込んだ。


「なんてことを…セレスは私の一番の友人です!いくら夫の母であろうとも、友人を侮辱するなんて許せません!」

「気に入らないのなら出ていきなさい。私はハミルトン侯爵夫人。貴方よりも身分は上なの。貴女は私の言う事をよく聞き、鴉の雛ではない子供を産むのが仕事なの。歯向かう人形なんて必要ないわ」


ああ、やっぱり。この人は黒目黒髪ではない、もっと色の薄い子供が欲しいだけ。鴉の群れに一人だけ異なる色が嫌なだけなのだ。その為だけに選ばれた人形として生きろと言いたいのか。


「あの、私がお邪魔してしまったせいですわね、申し訳ございません。すぐにお暇致します」

「そうして頂戴。二度と我が家の敷地に足を踏み入れないで」

「では、今度から我が家に呼ぶことと致します。獅子は鴉も妖精も歓迎いたしますので」


にっこり微笑んで、セレスはティナを引き連れて歩いて行ってしまう。最後の言葉は、セレスなりの反撃なのだろう。本当に、強くなった。


「もう一度だけ言っておいてあげるわね。関わる人間は選びなさい」

「そういたしますわ」


思い切りヘレナを睨みつけ、サティアは勢いよく歩き出す。部屋の私物は最低限持っていけば良い。今はこの屋敷に居たくなかった。夫との距離を縮めようだとか、そういう事は考えられない。母とも呼びたくない、ヘレナの顔を見たくないのだ。


「荷造りするわ」

「お待ちください!それでは奥様の言いなりでは…」

「だから何?付き合う人間を考えろと言ったのはあの方よ。私は友人を取り、義理の母を切る。ギルバート様の対応次第では離縁でも構わないわ」


何とか落ち着かせようとクラリスはあれこれ提案してくるが、今のサティアには届かない。完全に頭に血が上っていた。

落ち着くためにも、今は実家に身を寄せよう。クラリスはこの家に残れと命じ、馬車を用意させた。

きっと両親は驚くだろう。叱られるかもしれないが、それでも早く帰りたかった。


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