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13.使用人も人間ですもの

残念ながら、セレスは暫く予定がいっぱいらしい。それならば暫くは夫との仲を深めることに専念しようと、サティアはせっせと刺繍をしたり、休みの日に話す内容を考えたりと、それなりに楽しく過ごしていた。


「ギルバート様、今日はお庭に行きましょう」

「庭か。随分気に入りだな」

「だってあんなに綺麗なんですもの」


穏やかに微笑みながら、サティアはギルバートの手を引く。随分と距離を縮めたものだと使用人たちは微笑ましく見守っている。かれこれ一月以上ヘレナはサティアを連れ出せずにいるし、それを面白く思っていないヘレナの機嫌は最悪だ。

もう幾つのカップが割られたか分からない。


「そうだ、セレスとのお茶はもう暫く先なのですけれど、お庭を見せても宜しいでしょうか」

「ビルが良いと言うなら、私は何も言わない」


それならば今すぐにでもと、サティアはビルを捕まえに庭を嬉しそうに歩き回る。今週は何があって、来週は何をしようと思うだとか、そんな話をしながら。

ギルバートは仕事を抑えるようになったせいか、眉間の皺が少しだけ薄くなった。妻と過ごす時間も悪くないと思えるようになり、お茶をする時間、週に一度の夫婦の時間を楽しみにするようになった。部下には驚かれたり、からかわれたりもするが、それでも心地よい場所を見つけた気分だ。


「ああいた。ビル!ちょっと良いかしら!」


遠くで作業をしていたビルを見つけ、サティアは大声を上げる。小柄な体の何処から出ているのか不思議なほどの声量。また一つ、妻の意外な一面を知ったとギルバートは僅かに微笑んだ。


「なんじゃい」

「あのね、もう暫く先なのだけれど、私の友人をお茶に招くの。サンルームでお茶をするつもりなのだけれど、お庭を自慢したいのよ。割れ物は持ち込まないから、お散歩しても良いかしら?」


ビルはわざわざ庭師にそれを聞くのかと不思議そうな顔をしたが、にんまり笑うとあっさり了承した。


「坊ちゃんの奥方なら仕方なかろうよ」

「久しいな」

「随分でっかくなったな坊ちゃん。奥方は随分とはねっかえりだな」


げらげらと大声で笑っているが、それは先日クラリスに口止めをして草むしりをさせてもらった時の事を言っているのだろうか。

機嫌の悪いヘレナに八つ当たりをされ、むかむかしながら庭を歩いていただけだ。ただ少し、その辺りに元気な雑草がちらほら生えていたものだから、ビルに頼んで力任せに引き抜いて発散しただけだ。何もやましい事は無い筈なのだが、侯爵家の妻が草むしりをするのは外聞が悪いかもしれない。

恐る恐るギルバートの顔色を伺うが、久しぶりの顔馴染みの庭師との会話が楽しいのか、はねっかえりの奥方という言葉に深く言及される事はなかった。


「お前は相変わらず無礼だな」

「正式に爵位を継いだら考えてやるわい。それまではこの爺の孫みたいなもんじゃろ」

「孫ならばもう少し可愛がってもらおうか」

「抜かしおる」


ぽんぽんと会話が続いている。何となく羨ましくなるが、このまま二人の会話を聞いているのも良いかもしれないと思った。

最近のギルの話をしていた筈なのに、気が付くとヘレナの話になっている。苦虫を噛み潰したような表情で、ビルは屋敷の方を指さしながら怒りを露わにしていた。


「我が子の記念樹に傷を付ける女に従う気は無い」


いい加減ヘレナへの態度を少し軟化させてはどうかという話だったようだが、ビルは断固拒否だと言う。この家に記念樹というものがあったことすら初耳だが、それに傷を付けるとはどういう事だろう。


「ああ…例の、茶会でカップを投げた時に破片が散らばったのは私が産まれた時に父上が植えさせた木なんだ。気にする程ではないが、傷が付いたとビルはこの通りお怒りでな」

「人に向かって茶器を投げることも信じられんが、息子が産まれた事を祝福しての記念樹じゃぞ。それに投げつけるとは信じられんわ」


ふんふんと鼻息荒く怒っているが、サティアも正直良い気はしない。それは怒られても仕方のない事だし、そもそもビルに態度を軟化させろと言うよりも、ヘレナにきちんと謝れと言う方が先だ。


「ギルバート様、お言葉ですが…まずはお母さまが詫びるのが先では?ビルが言う事はなにも間違っておりませんし、そもそもビルに引けと言う方が間違っていると思いますの」


思ったことをそのまま言ってしまった。しまったと思った時にはもう遅い。いくらヘレナが悪いとは言え、夫に「貴方の母親が悪い」とすっぱり言い切ってしまった。ましてビルはただの庭師だ。庭師に詫びさせろと言ってしまったのだから、ギルバートが怒ったとしても文句は言えない。


「母上が素直に庭師に詫びるとでも?」

「全く思えませんわ。でもここでビルに態度を改めろというのは違うと思うのです」

「だが庭師は主であるハミルトン家の人間に従うものだろう」

「本来はそうあるべきですが、ビルはビルなりの譲れないものがあったのでしょう。だから怒っているのです。使用人とて人間なのですから、どうしても譲れないことの一つくらいありますわ」


つい言い合いになってしまった。ぽかんとしているビルが少々居心地悪そうにしていたが、だんだんと口元を緩めて笑い出す。若い夫婦が何事かとビルを見つめると、目尻にうっすらと涙を溜めて苦しそうに息を吸い込んだ。


「可笑しな奥方を貰ったもんだな坊ちゃん」

「ああ、本当に」

「申し訳ございません…」

「いや構わん。ビル、すまなかった。お前は何も間違っていない。あれは母上が悪かった」


素直に詫びると、ビルはこの話は終わりだと笑った。折角の休日に、夫と言い合いをしてしまったことを少しだけ後悔したが、その後の散策はとても楽しいものになった。友人と一緒に散歩をする事も許可されたことだし、茶会の準備を入念にしなければ。うきうきとした楽しい気分で、サティアは残りの一日を過ごしたのだった。


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