11.親子喧嘩
「過労ですな」
医師の診断。過労という言葉にギルバートはほっとした顔をするが、何故そんなに疲れているのかと疑問を抱いたようだ。
「栄養のあるものを食べ、ゆっくり休めばすぐに良くなります」
熱さましの薬をベッドテーブルに置き、医師は穏やかに微笑む。代金は控えていた執事から受け取るのか、二人で部屋を出ていくと残されたのはサティアとギルバートだけ。
「辛くはないか」
「少しだけ…申し訳ございません、お仕事中でしたのに」
「妻が倒れたと聞いたらすぐに帰るに決まっている。だがすまん、放り出した仕事があるから、明日の午前は少し行ってくる」
半日でも良いと言ったのに、丸一日休みを取ってくれていたことが嬉しい。嬉しいのに、タイミング悪く倒れてしまった事が口惜しい。申し訳なくて、サティアはしょんぼりと眉尻を下げた。
「サティア、倒れたと聞いたけれど大丈夫なの?」
「母上、まだ熱がありますから」
「良いでしょう少しくらい。可哀想に、顔が真っ赤じゃないの」
過労の主な原因が何をと言いたいが、今はあまり口が回らない。それよりも、サティアが何か言う前にギルバートが口を開いた。
「過労による発熱だそうです。ゆっくり休めばじき回復すると。…どれだけサティアを連れまわしたのです」
「何よ。連れまわしてなんていないわ」
そうでしょ?とサティアに視線を向けるが、「連れまわされていました」と言いたくて仕方がない。
「茶会やパーティーに母上が参加することには何も言いませんが、私の妻を巻き込まないでいただきたい」
「ただ友人にうちの娘よって紹介しただけじゃないの。それの何が悪いの?」
「使用人たちからも聞いています。連日色々な集いに連れて行っていると。歳の離れた集まりに参加するだけでも気疲れするのに、義理の母の友人の集いなんて余計に疲れるでしょう」
面白くなさそうな顔をするヘレナが、どうにかしろとサティアを睨む。睨まれても、本当の事なのだから何も言ってやれない。言う気もなかったが、流石に今ここで喧嘩をされても困る。
「ギルバート様、私は大丈夫ですから…」
「いや。倒れるほど疲れてしまうのなら行かなくて良い。少なくとも一月は好きに過ごせ。母上の誘いは受けなくて良い」
今のこの屋敷の主はギルバートだ。深く眉間に皺を刻み込んで、母親を睨みつける。
私、こんなに大切にされていたかしら?と疑問に思うが、初めて義理の母親から庇ってもらえたことが嬉しくてたまらない。
「本当に…可愛くない子ね」
そう吐き捨てて、ヘレナは部屋から出ていった。正直これから先の生活が怖いが、今は夫が味方をしてくれただけで良しとしよう。
「義理の母だからと気を遣うのは仕方がないだろうが、もう少し自分の体を優先しろ。倒れるくらいなら断れ。それで何か言われるのなら私に言ってくれ」
「…なんだか、随分お優しいのですね」
あれだけ放置していたくせに、ここ最近のギルバートは何だか印象が違う。
思っていたよりも笑うし、会話はまだまだ少ないが、こうして妻を気遣うくらいはしてくれる。本当に、明日を楽しみにしていたのに残念だ。
「部下にな、もっと妻を見てやれと言われた」
ばつが悪そうな顔をして、ギルバートが口を開く。
「義理の親と同居するのは、いくら仲が良くても疲れるものだと。まして夫がなかなか家にいないのなら、頼れる相手がいない中に一人きりなのだから、もっと向き合わないと逃げられるとまで言われたな」
そう言われたのが一週間前。半休を取って帰ってきた日の事らしい。最初からサティアをお茶に誘うつもりだったそうだが、先に誘われてしまって驚いただとか、ハンカチをもらったのが嬉しかっただとか、思いの外よく喋るんだなと思っただとか、そんな感想をゆっくりと並べていく。
ギルバートの低い声が耳に心地よくて、もっと話をしたいのに、瞼がどんどん重たくなる。
寝てしまえと優しく頭を撫でながら、ギルバートはまだゆっくりと声を掛け続けてくれる。
「もう、鴉は怖くないか」
何故鴉が怖いの?そう聞きたかったのに、サティアは先に意識を手放してしまった。




