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流浪園殺人事件  作者: 若庭葉
第五章:喪色の宴
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4:特大の手がかり

「まず前提として、犯人は、事件当時流浪園に滞在していた人間の中にいます。先ほども言ったように、我々の他に島に出入りした者は、存在しませんでした」

 外部の人間による犯行はあり得ない。この前提に異を唱える者は、いなかった。

「では、我々の中で犯行が可能だった者は誰か。真夜中の犯行に関しては、アリバイが曖昧且つ、痕跡もわずかである為、一旦措いておくとして──ポイントとなるのは、二日目の、繭田さんが毒殺された一件です」

 あの時目にした死の光景が、フラッシュバックする。苦悶の表情を浮かべのたうつ繭田さんの姿や、はだけた肌着の下のから生えた注射器(シリンジ)──そして、最期に彼の見せた、微笑が。

「彼はインスリンの自己投与を行った際、製剤の中に混入していた毒物を摂取してしまい、死に至りました。この点に関しては、状況からしてまず間違いない。問題は言うまでもなく、毒物が混入されたタイミングです。──ところで、楡さん、東條さん、織部さん。繭田さんが亡くなった直後、食堂に集まってこの話をした時のことを、覚えていますか?」

 不意に名指しされた三人は、戸惑った様子を見せながらも、みな頷いた。

「確か、最初は自殺説に傾いとったんやったか。繭田さんは朝食の前──ちょうど瀬戸くんの遺体が発見される直前に、インスリン注射をしとった。せやから毒物が混入されたんはそのあとってことになるが、それやと誰にも犯行は不可能になってまう。最初にみんなで食堂に集まって以降、繭田さんはずっと部屋に閉じ籠っとったからな」

「そうでしたね。本人のいる目の前で、インスリン薬に毒を仕込むなんてこと、できるわけありませんから。何より、繭田さんが薬のケースを広間に放置していた間、僕たちにはアリバイがあった。みんなでコンサバトリーに行き、男性陣で遺体を運ぶ際も、残りの人たちは一緒に待機してもらっていました。そして、その後みんなで食堂に集まり、話し合いをしている途中で、繭田さんが一足先に部屋に戻った──薬のケースを持ち帰ったのも、その時のようでした。話し合いのあとで二階を見に向かった際、すでに広間には何も残されていなかったと、軍司先生が仰っていましたから」

「ですが、実際はアリバイなど関係なかったのでしたね。繭田様は、三つのインスリン製剤を用途ごとに使いわけており、朝食前に打った物と、毒物が混入されていた物は、別のバイアルだった。確か、朝注射されたのは、『速効型』の赤いラベルの薬。対して亡くなる直前は、緋村様と若庭様を待たせぬよう、『超速効型』の青いラベルの薬を投与しておられました。──ですから、朝の時点でご無事だったからと言って、毒物が混入されたタイミングを特定することはできない、と言うお話でした。つまり、本当はわたくしたち全員に、犯行の機会があったわけです」

 彼らのリレーが終わると、緋村は満足げに頷いた。

「ありがとうございます。──あの時僕は、『朝食の前に繭田さんが注射を打った時点で、すでに青いラベルのバイアルに毒が仕込まれていた可能性がある』と指摘しました。……しかし、これは間違っていたんです。毒物がインスリン製剤に混入されたのは──やはり、()()()()()()()()()()()()()()()()()だったんだ」

 予想だにしない発言だったのだろう。当事者である四人の顔に、驚愕と当惑の色が浮かぶ。

「どう言うことです? まさか、やっぱり繭田さんの死は自殺やったと言いはるんですか?」

「無論、違います。あんな奇妙な自殺の仕方をする人はいませんし、繭田さんにそんなことをする理由はなかった」

「せやったら、どうして」

「根拠は幾つかあります。──まず第一に、毒を仕込んだ薬を、ピンポイントで摂取させる方法がないこと。あの時繭田さんが『超速効型』の製剤を選んだのは、偶然僕たちが遺体の身元確認を依頼したからです。そうでなければ、彼は朝と同じく『速効型』を注射していたでしょう」

「ですが、我々が気付かなかっただけで、何か誘導する方法があったのでは?」

 東條さんの言葉を、緋村は言下に否定する。

「そんな物はありません。──そもそも、一日目の夜の時点で、毒を仕込むことが可能だったのなら、就寝前に投与する薬に混入すれば済んだ話です。それだけで、確実に彼を死に至らしめることができる。トリックなど弄する必要はない」

「自殺に見せかける為だったんじゃないですか?」

「それも考え辛いですね。先ほども言ったとおり、インスリン製剤に毒を混ぜて腹部に注射するだなんて、自殺の仕方としては不自然極まりない。それに、あの時自殺説が持ち上がったのは、偶然繭田さんが部屋に閉じ籠ったことにより、誰にも毒を混入するタイミングがなくなってしまったからです。もっと言えば、彼が一足先に自室に引き上げることができたのは、これも偶然軍司さんの許可が下りたから。ここまで()()()()()の状況を、事前に予測できたとは思えません」

「……なるほど。犯人は自殺に見せかけようとしたのではない、と言うことは理解できましたよ。しかし、実際に毒が盛られていたのは、青いラベルの薬だったわけですよね? 緋村さんたちが部屋を出る直前に投与する準備をしていたんだから、この点は揺るがない。となると……結局のところ、犯人は何故、その薬を選んだのでしょう?」

「そもそも、そこが違うんですよ。犯人が毒物を混入したのは、『超速効型』の製剤だけではなかった。あの時、本当は──()()()()()()()()()()()()()()()()()んです」

 三つのバイアル全てに毒が盛られていた。と言うことは、朝の注射の時点で繭田さんが無事だった以上、犯人の罠が仕掛けられたのは、それ以降としか考えられない。緋村はそう言いたいのだ。

「せやから、朝食前の注射よりもあとの時点で、毒が仕込まれたっちゅうわけやな? ……しかし、どうしてそんなことがわかるんや?」

「繰り返しになりますが、ピンポイントで毒を仕込んだ瓶の薬を摂取させる方法はありませんでした。そして、わざわざ青いラベルのバイアルだけに毒を仕込む必要もない。そんなロシアンルーレットのような真似をしても、何も意味はありません。となれば、三つの製剤全てに毒物が混入していたと考えるべきでしょう」

「しかし、それだけやったら、根拠としては弱いんとちゃうか? もしかしたら、犯人は繭田さんをすぐに殺すつもりはなく、いつ死んでも構わんかったのかも知れん。──あるいは、最後まで当たりを引かんかったとしても、島から出たあとで警察が調べれば、インスリンの中に毒が混ざっとることはわかったはずや。それによって繭田さんに疑いの目を向ける──のは無理やとしても、彼を脅すことはできたんやないかな。『お前もターゲットの一人だったんだぞ』ってな具合で」

 酷く穿った考え方だ。楡さんがそんな風に反論するとは、少々意外だった。

「あまり現実的とは思えませんね。繭田さんを脅して、何の意味があるのでしょう?」

「さあな。彼が怯える姿を見て、楽しむのが目的やったのかも知れん。──もちろん、自分でも無茶なことを言うてる自覚はあるで? ただ、もっと明確な証拠がないことにはなぁ……」

「心配なさらずとも、ちゃんとありますよ。──ところで東條さん。繭田さんの遺体を運び出す際、東條さんは机の(そば)にいて、ケースの中身を見ていたと仰いましたね?」

「え、ええ……それが、どうかしたんですか?」

 東條さんは眼鏡越しに怯えたような視線を送り返す。疑われていると思ったのかも知れない。

「では、ケースにしまわれていた製剤の()()がどれくらいだったか、覚えていますか?」

「残量? ええっと、確か……」

「あのあと僕たちが見た時、赤と緑のラベルの二つの瓶に入った薬液は、()()()()()()()()()()()と思うのですが、違いますか?」

「そ、そう言えば」無事、記憶が蘇ったらしい。「確かに、二つの瓶の中身は、どちらもほぼ満杯だったはずです」

「……よかった。ちゃんと覚えていてくれたんですね」

 緋村の口角が、幽かに吊り上がる。それは彼の推理を成立される上で、非常に重要な点だった。

 だからこそ昨日、繭田さんの遺体を運び出した時のことを確認した緋村は、「ひと安心だ」と呟いたのだ。僕たちだけではなく、東條さんにも証言してもらうことができれば、推理の説得力が増すだろうと考えて。

「それこそが、僕の考えを裏付ける何よりの証拠です。──繭田さんは、毎食前に赤いラベルの製剤を、そして就寝前に緑色のラベルの製剤を投与していました。にもかかわらず、二日目の時点でどちらも満杯近く残っているなんて、おかしいと思いませんか? 普通、薬液の残量は、()()()()()()()()()()()はずだ」

 それでは何故、二種類のインスリン製剤はほぼ満杯近く残っていたのか。

「考えられる理由は一つ。()()()んですよ。繭田さんが朝食の前の注射を打ったあとで」

「増えた⁉︎」楡さんが頓狂な声を上げる。「どうして薬が増えるんや!」

「単純な話です。犯人が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んでしょう。そして、今言ったように、赤と緑、二つのラベルの製剤は、どちらもほぼ満杯近く薬液が残っていた。つまり、毒物は青のラベルの物だけではなく、全てのバイアルの中に仕込まれていたことになるわけです」

「なるほど……」

 唸るように呟き、院長は唇を結んだ。

 繭田さんの部屋を調べた際、僕も二つのバイアルを目にしていた。にもかかわらず、その時残量が多すぎることに気が付かなかったのは、迂闊だったと言わざるを得ない。おそらく、その直前に緋村によって自殺説が否定されていた為に、青いラベル以外の製剤に関しては、あまり注意を払っていなかったのだろう。

 いずれにせよ、ヒントは──それも特大の手がかりは──、あの時点で、すでに僕たちの目の前に現れていたのだ。

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