3:絵解きが始まる
座が少なからずどよめく。当然だ。この展開を予想できたのは──おそらく、僕たち阪芸生組だけだっただろう。
「ま、まさか、真相がわかったと言うことでございますか?」
半信半疑──いや、信じられないとばかりに、織部さんが尋ねた。
「ええ。そして、おそらく僕の話を聴けば、みなさんも考えを改めざるを得なくなるかと……」
「ち、ちょっと待ってくれないか?」秀臣さんが割り込む。「例の事件の犯人は、繭田春也と言う青年ではなかったのかい? 小説投稿サイトに告白文が載っていた上に、その内容どおり、藍児くんの両手が彼の部屋の冷蔵庫から、発見されたそうじゃないか。テレビでは、散々そう報道されていたはずだ」
「確かに、世間では春也さんが、犯人だと思われています。しかし、あの告白文を書いたのも、瀬戸くんの手首を冷蔵庫に遺棄したのも、本当は彼ではありません。全ては春也さんに容疑の目を向ける為の、偽装工作でした」
「ずいぶんと断定的な言い方だが……どうしてそう思うんだい?」
彼の問いに答えたのは、おそらくただ一人、この場を楽しんでいるであろう、田花さんだった。
「告白文の内容には、現実と矛盾しとるところがあるんですよ。と言うのも、事件当時あの島に出入りした人間は、みなさんの他には誰もおらんかった。──せやろ? 緋村チャン」
「素晴らしいアシストをどうも」
言葉とは裏腹に、明からさまに顔をしかめていた。「黙って聞いていろ」と言いたいのだろう。田花さんはニヤ付いたまま、「あんな言い方せんでもええやんなァ?」と、隣席の境木に同意を求める。
「たった今、田花さんが説明してくださったとおりです。事件当時、我々の他に野戸島に出入りした人間はいません。
何故そう言いきれるかと言うと、野戸島と港の間では、二日とも、昼夜問わず漁が行われていたからです。そんな中、誰にも気付かれることなく船で通過するなど、不可能と言っていいでしょう。……つまり、夜中に瀬戸くんが島に上陸していたなんてこともなかったし、犯行を終えた春也さんが密かに脱出していたと言うのも、あり得ない」
「確かに、『全く誰にも見られずに』っちゅうのは、いささか不自然な気もするが……」
楡さんがそう呟くと、すぐさま東條さんが、肩を竦めた。
「だとしても、簡単に受け入れられることではありませんね。春也さんが犯人でないとすると、いったい誰が三人を殺害したんです? まさか、僕たちの中に犯人がいるとでも?」
挑戦的な言葉に対し、緋村は至って涼しい顔で、
「僕の話を聴く気になってくださったようですね。よかった」
「何もよくありませんよ。もし緋村さんの言ったとおりだとしたら、ますます訳がわからなくなる。僕たち四人──いや、あの時流浪園に滞在していた人間全員には、鉄壁のアリバイがあるんですから」
「それは、いつのアリバイですか?」
「決まっているでしょう。春也さんの部屋にあったパソコンから、告白文を投稿した時間ですよ」
昨日の僕と、全く同じ反論が飛び出す。しかしながら、やはりその程度の指摘では、緋村はビクともしなかった。
「難しく考えることはありません。犯人は、予約投稿機能を利用したんです。
おそらく、犯人は島へ向かう前──二十四日の午前中に、春也さんの部屋に侵入し、彼のパソコンから、例の文章を打ち込みました。あとは、それが二十六日の午前零時頃に投稿されるよう、予め設定しておくだけでいい」
「そんな機能が──いや、小説投稿サイトなら、あって当然か」
ひとまず、この点に関しては納得してくれたらしい。
「ですが、それでは瀬戸さんの両手はどうなるんです?──コンサバトリーで発見された瀬戸さんの死体は、両手首が切断されていました。そして、彼の両手は春也さんの部屋の冷蔵庫から発見されています。と言うことは、島を脱出した犯人が、尼崎市まで移動して遺棄したとしか、考えられないじゃありませんか」
「いいえ、瀬戸くんが殺害された場所はコンサバトリーではありません。彼は島外のどこかで殺害され、両手だけが春也さんの部屋に遺棄された。つまり、成牛の頭が縫い付けられたあの死体は、瀬戸くんの物ではなかったんです。
おそらく、犯人が彼の両手を、冷蔵庫の冷凍室にしまったのは、腐敗や死体現象の進行を遅らせ、実際の犯行時刻を誤魔化す為だったのでしょう。瀬戸くんが殺害されたのも、本当は、犯人が流浪園へ向かう前だったんだ」
「それじゃあ、藍児くんはあのあと──美由紀さんと電話で話した直後に、殺害されていたのか⁉︎」
秀臣さんが叫んだとおりなのだろう。僕たちが島に渡るよりも前に、瀬戸はこの世を去っていた。
「そうです。瀬戸くんが最後にお母さんと通話し、生存が確認されたのが、二十四日の午前九時頃。そして通話を終えたすぐあとで、彼は犯人と落ち合った」
「犯人は、藍児くんと面識を得ていたと言いたいんだね?」
「ええ」
「いったい、誰なんだ? 誰が彼を殺した……!」
元産婦人科医の声に、怒気が滲む。興奮の為か仄かに赤らんだ顔は、激昂した兄の見せたものと、少し似ていた。
「すぐにお教えしますよ。──が、その前に、一度話を戻します。
そもそも、あの時流浪園にやって来た瀬戸くんですが、あれは彼に成りすました春也さんでした。神母坂さんの指示の元、春也さんは瀬戸くんと同じ顔に、整形していた……。そして、先ほども言いましたが、島に出入りした者は我々の他にいない。となれば、あの時発見された死体は──」
「春也くんやったんか?」
緋村の言葉を、楡さんが引き継ぐ。当然、彼は首肯した。
「そう。彼は告白文など書いてはいないし、犯人ではない──それどころか、本当は被害者の一人だったんです」
春也さんは真犯人の用意した身代わりだった。彼もまた、利用されていたに過ぎなかったのだ。
「少し、よろしいでしょうか?」
今度は織部さんが、控えめな声で割って入る。
「先ほど、緋村様は『犯人は島に来る前に春也さんの部屋に忍び込んでいた』と仰いましたが、それは本当なのですか? 何か根拠がおありなのでしょうか?」
「春也さんは、ちょうど二十三日の午後からご実家に帰省していました。繭田さんから伺ったのですが、一緒に流浪園へ行く為に、ご実家に帰って来させたそうです。つまり、誰かが忍び込む余地は十分にあった」
加えて、春也さんのアパートには監視カメラの類いは設置されておらず、周辺の人通りも多くはなかった。犯人にとって都合のいい条件が、揃っていたのだ。
「しかし、部屋の鍵はどうなるのです? 偶然施錠を怠っていたなんてこと、あり得るとは思えません。かと言って、無理矢理こじ開けた形跡があれば、警察も気付くかと」
「密かに複製していたのでしょう。古いアパートだそうですから、できないことじゃない。あるいは──いや、これはあと回しにさせてもらいます」
今度は、幸恵さんが問いを発する。
「流浪園で殺されたんが、瀬戸さんに成りすました春也さんやったと言うことは、告白文に書かれていた鮎子さんの計画は、事実やったんですか? ホンマに誉歴さんの遺産を、奪い取ろうと企んでいた、と?」
「そうです。そのことは、繭田さん自身も認めてくださいました。彼らには、神母坂さんの発案した遺産の奪取計画と言う、見えざる繋がりがあったのです」
彼が言い放った途端、東條さんは辛そうに顔を歪めた。他の三人も、同様の反応を見せる。彼女の密かな企み──衣歩さんに対する裏切りは、身内である彼らにとって、少なからずショックを与えたはずだ。
「神母坂さんがそんなことを考えとったなんて、思いもしませんでした。……いえ、ホンマのことを言うと、未だに信じられません。衣歩ちゃんとも、あんなに仲ようしとったのに……」
幸恵さんの言葉は、本心のように聞こえた。
「……でも、もしそれがホンマなんやとしたら、犯人はその企みに気い付いとったことになりますね。あの文章の中でも、詳しく触れるんやから」
「ええ、その点に関しては、疑いようがありません。犯人は、初めから全てを知っていた。神母坂さんが企図していたことはもちろん、誉歴さんの抱えていた秘密や、瀬戸くんの出生の真実、そして──軍司さんの秘めたる悪意に関しても」
緋村の言葉に最も大きな反応を示したのは、やはり秀臣さんだった。彼は元から大きかった瞳を瞠ったかと思うと、すぐさま眩しげに目を細め、青年の姿を見返した。
「君は……どこまで知っている? それに、兄の悪意と言うのは、何の話だ」
「順を追って説明します。──ですがその前に、そろそろ誰が犯人なのかを、明らかにしましょうか」
会場内の空気が張り詰める。いよいよ、本格的な絵解きが始まるのだ。




