1:退屈な朝のワイドショー
「以上が、繭田春也容疑者が書いたものとされる文章を、一部要約した物となります。こちらの文章は四日ほど前──今月二十六日の深夜零時頃、小説投稿サイト《小説家になろう》より、投稿されていました。通報を受けた警察はその日の早朝、兵庫県尼崎市内にある容疑者の部屋へと乗り込み、室内にあった冷蔵庫の冷凍室から、切断された人の両手を発見。薬指の特徴などから、この両手は瀬戸藍児さんの物であると断定されました。
また、部屋の中にはノートパソコンが一台残されており、アドレスや内部のデータなどから、このパソコンを使って文章の作成や投稿が行われたことは、確かなようです」
スタジオの奥のスクリーンに表示された情報を、女性キャスターが読み上げる。その間、「お茶の間の顔」である五十絡みの男性司会者は、憤懣やる方ないと言った渋面を浮かべ、その声に耳を傾けていた。
「警察では事実確認を進めると共に、現在、繭田容疑者の行方を追っている、とのことです」
「うーん……」
唸るような声を発した司会者は、コメンテーターらの方へ体の向きを変える。
「もし書いてあることが事実であれば、非常に身勝手な犯行だと言えるわけですが……いかが思いますか、真鍋さん。その辺りの信憑性と言うのは」
「そうですね。断定はできないとは言え、この文章を書いた人間が犯行に深く関わっていたことは明白でしょう」
真鍋と呼ばれた壮年の犯罪心理学者が、もっともらしい口調で応じる。厳しい肩書きに反し、明るく染めた髪や白いフレームの眼鏡、ピンク色のネクタイから、洒落者らしい印象を受ける。
「実際のところ、文中に登場する犯行の様子は、概ね現場の状況と一致しているわけですよね? 何より、被害者の遺体の一部が、容疑者の部屋の冷蔵庫から発見されています。これはつまり、犯行後島を脱出した犯人が、切り取った遺体の一部を彼の部屋に遺棄した、と言うことでしょう? それが繭田容疑者かどうかは別としても」
あくまでも事実確認に留めるような、当たり障りのないコメントだった。他の出演者たちも同意を示すように、揃って頷く。
「えー、たった今、真鍋さんから現場の状況と言う言葉がありましたが、別荘の焼け跡からは、複数の方のご遺体が発見されており、その状態は、文章の内容とほぼ一致している、と……」
「はい。こちらに纏めましたので、ご覧ください」
キャスターの答えに呼応し、スクリーンの内容が切り替わる。
そこには、焼け跡から発見された死体の数や特徴などが、簡易的な図を用い、纏められていた。
それによれば──
「まず、コンサバトリーのあった場所からは、女性の遺体が一つ、発見されています。関係者らの証言によりますと、この遺体は別荘の持ち主の養女である、榎園衣歩さんの物であり、彼女は『引火性の薬品を被って自殺した』とのことです」
榎園家の別荘には、何種類もの劇薬が保管されており、それらに引火した結果、火炎は勢いを増した。そこに離島と言う立地や、冬場の乾燥した空気も加わり、鎮火が完了した時には、屋敷全体が燃え落ちてしまっていた。
「また、屋敷の方では複数の遺体が見付かっており、そのうちの二つ──形を保った男性の遺体は、元医師の軍司将臣さんと、容疑者の継父である、繭田英佑さんの物と見られています」
二つの死体のうち、非常に大柄な老人の方には、胸の左側に、刃物で刺突された傷が認められた。
「出火元とされる図書室では、繭田さんの遺体の他、切断された男女の首と体が一組ずつ、発見されました。
加えて、女性の首と男性の体には、いずれも溶けた医療用の糸がコビリ付いており、剥製が縫い付けられていた痕跡であると思われます。──こうした状況を鑑みるに、こちらの遺体はそれぞれ、屋敷内で殺害された神母坂鮎子さんと、両手首のみしか発見されていない瀬戸藍児さんである可能性が、非常に高いとのことです」
死体の身元確認が、未だ満足に行えていないのは、単に損傷が激しいと言うだけではなかった。被害者の血縁者が、すでに他界してしまっていることも、大きな要因なのだと言う。藍児の遺伝上の両親はすでに他界しており、鮎子に関しても、唯一の肉親であった祖母を、数年前に亡くしていた。
「損傷した男女のご遺体は、首と体に切り離された状態だった、と言うことですよね? つまり、犯人は本当にご遺体の一部を、図書室に隠していたわけですか?」
真鍋の隣りに座ったふくよかな中年女性──有名法律事務所所長の佐世保女史が、厚化粧の頰肉を揺らし、低い声を発した。彼女の声は普段から重々しいが、それでもよく通った。
「これは正野先生に伺いたいのですけど、切断した死体に剥製を縫い付けるだなんて残虐な犯行は、前例があるものなのでしょうか?」
指名された最年長のコメンテーター──元監察医にして法医学のスペシャリストである正野は、肉の垂れた頰に手を当て、しばし目を瞑った。そのまま身動ぎをしなければ、居眠りをしていると疑うところだっただろう。しかし、老練の法医学者は存外にシッカリとした口調で、要望に応じる。
「……極めて特殊な例だと言えますね。普通、犯人が死体を解体する場合、事件を隠蔽したり、死体を遺棄し易くすることが目的ですから。……ただ、今回の事件のように、もっと猟奇的な動機から死体を損壊するケースも、あるにはあります。有名なところですと、酒鬼薔薇聖斗事件。こちらは被害者の首を切断し、通っていた小学校に遺棄すると言う、大変ショッキングな事件でした。当時、犯人がまだ少年だったことも合わさり、大きな話題となったのを、みなさんも覚えているでしょう? 問題の文章を読んで、私はまっさきにこの事件を思い浮かべましたよ」
「では、今回の事件の容疑者もまた、異常な性癖だとか、思想を持って犯行に及んだ、と?」
「確かに、あの告白文を真に受けるのなら、そう言うことになります。……しかし、現時点では、断定は避けるべきかと。警察の方でも、予断を持つことなく、慎重に捜査を進めているようです」
「それは当然でしょうけれど、私にはあの文章が、全くの出鱈目とは思えません。現に、被疑者の家の冷蔵庫から、死体の一部が発見されているわけですし。それとも、正野先生には別の考えがおありなのかしら?」
どことなく、棘のある口調。佐世保が共演者の言葉の端を捉え、突っかかる──本人にそのつもりはないのかも知れないが──のは、いつものことだった。
「考えと言えるほど大したものは持ち合わせていませんよ。ただねぇ……納得がいかないじゃないですか。これだけ多くの方が命を落としていながら、『殺人願望を叶える為に殺した』とか言って、勝手に幕を下されてはね。死んで行った人たちが浮かばれないだけでなく、事件の当事者や近親者のみなさんだって、遣りきれないはずです。こんな個人的な所感を、テレビで言っていいものかわかりませんが……少なくとも、私がその立場だったら、こんな幕切れは到底認められないでしょう」
相変わらず薄目のまま、元監察医は熱っぽく語った。スタジオ内が、暫時シィーンと静まり返る。しかし、それは出演者たちが彼の言葉に感じ入っていた為ではなく、むしろ反応に困っていると言った方が、正解だろう。佐世保など、「本当にテレビで言うようなことではないわね」と言いたげに、眉根を寄せていた。
なんとも微妙な空気が流れる。司会者はそれをフォローするかのように、さも真剣その物と言った表情で、二度頷き、
「一刻も早く真相の解明がなされることを、願うばかりですね。──ところで、先ほど『元医師』と紹介させていただいた軍司秀臣さんですが、世界的な不妊治療の権威であらせられたと言うこともあり、各界から悲しみの声が寄せられています。どのようなコメントがあるのか、そして軍司さんは、生前どう言ったご活躍をなさったのか。VTRに纏めていますので、ご覧ください」
話題と共に、画面の中身が転換される。
そこからしばらくの間、軍司将臣の輝かしい功績やその人となり、そして医学界、政界、芸能界等──各分野の著名人による哀悼のコメントが紹介される。そのどれもが故人を讃え、安らかな眠りを祈る物ばかりだった。
新たな情報が飛び出すこともなく、終始退屈な朝のワイドショーに過ぎなかった。落胆を露わにするように、井岡礼は、チャンネルを切り替えた。




