『流浪園殺人事件』②
二人を手にかけ、二つの芸術的肉塊を完成させた私であったが、それでも尚、残虐的欲求を満たすには至らなかった。私は余った死体のパーツと、犯行に用いた鋸を、図書室のある場所に隠した。
羆の剥製の中、である。
私は羆の剥製を横倒しにすると、その腹を切り裂き、中に詰まっていた綿を少し取り除いてできたスペースに、上記の品々──男の首と女の体と鋸──を、次々しまい込んでいった。
そして、最後に外科手術でもするような気持ちで、搔っ捌いた羆の腹を、縫合糸で縫い合わせ、剥製を元に戻す。
ついでに余った綿を標本室の成牛の剥製の周囲に撒き散らし、カムフラージュをしたところで、ようやく大仕事は完了した。
そして、屋敷の中に留まり、次なる犯行の機会を伺う。
私が潜伏していた場所は、主に屋根裏部屋だった。私は他の人間をやり過ごす為に、実に単純な仕掛けを、屋根裏部屋のドーマー・ウィンドウに、予め施していたのだ。
私はまず、持ち込んだ工具を使い、窓枠ごと窓を外した。そして、その上部と窓枠のハマっていた箇所を、これまた用意して来た二つの蝶番によって、固定し直す。要するに、窓その物を外開きの扉のように作り変えてしまったのである。
──続いて窓枠の下部に、両面テープを貼り付け、元に戻した。たったこれだけでよかった。少し見ただけでわかるものでもないし、力を込めて押さない限り、自然と開いてしまう心配もない。──そもそも、まさか窓が「扉」に改造されているなど、誰も思い至りはしないだろう。
推理小説に登場するような複雑で巧緻に富んだトリックなど、弄する必要はないのだ。と言うよりも、私の頭脳ではそんな気の利いたものは思い付かなかった為、妥協させてもらった。
これらの仕掛けは言うまでもなく、「この窓を使った」と、思わせない為の物だった。すなわち、窓から外へ出たあとで、両面テープで固定されただけの秘密の扉を開き、鍵を下ろした上で、再び元の状態に戻す。こうすることで、「内側から施錠された窓」が完成すると言う寸法である。
私はほとぼりが冷めるまでの間、屋根裏部屋に身を隠し、誰かが入って来る気配を察知したら、窓から屋根の上に出ることにしていた。この仕掛けさえあれば、もし屋根裏部屋の窓を調べられたたとしても、
「内側から鍵がかかっている以上、この窓を使い外へ出た者はいない」
と、誰もが考えるだろう。
結論から言えば、私の目論見どおりになった。とうとう最後の最後まで、私が潜んでいることに気付く者は、一人も現れなかった。
お陰で私は何の苦もなく、血の繋がらぬ父を、手にかけることができた。
断っておくが、父を殺したのは、私なりに彼のことを慮った結果である。凶悪な殺人鬼の父親として生きて行くことが、どれだけ過酷であるか、想像できぬ私ではない。
身内から殺人犯を出したとあっては、当然会社の役員を続けることも難しいだろう。それだけで済めばまだマシな方で、世間から後ろ指を指されたり、理不尽な迫害を受けたりする可能性だって、十二分にあり得る。
そうした父の行く末を考えると、さすがの私も気の毒でならなかった。そんな可哀想な目に遭うくらいなら、事件の犠牲者として死んだ方が、何倍も幸福なはずだ。
かくして、三度目の殺人を終えた私は、最後の獲物を仕留めるべく動き出した。
私が今回の犯行のメインディッシュに選んだのは、軍司将臣氏である。
知ってのとおり、軍司氏は医療界において絶大な権力と、揺るぎない地位を持ち、「軍神」と言う渾名で呼ばれ畏敬されている。体格もよく、激しやすい性格も含め、彼は間違いなく、最も手強い標的と言えよう。ゲームや漫画などにおける、ラスボスのような存在だ。
できることならば直接対峙し、軍神様の死ぬ瞬間を見届けたかった。が、しかし、私には他にもやるべきことが残っていた為、罠を仕掛けることにした。
無人島に立つ流浪園に、水道は通っていない。その為、滞在客はペットポトルに入った水を使うのが恒例となっているのだと、鮎子から聞かされていた。
私が罠を仕掛けたのは、そのペットボトルだ。これも至ってシンプルなギミックで、キャップを一旦外したあと、本体側に残ったキャップリングの隙間に、直角に曲げた小さな針を数本、差し込んでおいた。
その上で、再びキャップを閉め直すと、折り曲がった針の先だけが、わずかに外側へ飛び出す状態となる。──無論のこと、その突端には、毒薬がタップリ塗りたくってあった。
あとは軍司氏が、ペットボトルを開けようとキャップを握った瞬間──キャップを開けるには、どうしてもそこを、親指の付け根で握り締める必要がある──、私の仕込んだ「毒牙」か彼の手に突き刺さる、予定だ。
その罠がうまく作動したかどうか、確かめるよりも先に、私は屋敷に火を放った。元々ストーブの燃料として用意されていた灯油を拝借し、他の者の目を盗んでぶち撒けたのだ。
また、屋敷内には引火性の劇薬が多数コレクションされていることも、無論把握していた。そうした薬品が、火の勢いを強めてくれるだろうと期待していたのだが……どうやら、予想以上の効果を発揮してくれたようだ。
瀬戸を連れて来させたのと同じ船の上から、私は巨大な炎が上がるのを目にした。屋敷のあった場所が赤々と光り輝いており、夜空よりも黒い煙が、絶えず立ち昇る。思わず息を呑むほど美しく、神々しき光景だった。
私は港へ戻るまでの間、何度も何度も野戸島の方を振り返り、赫灼と燃え上がる炎を眺めていた。私の狂気の集大成を、目に焼き付ける為に。
思いの外長くなってしまったが、以上が、我が芸術的発狂劇の真相である。
誰にも悟られぬまま島を脱出し、無事にアパートの自室へと帰り着いた私は、すぐさまPCを立ち上げ、こうして告白文を認めている次第だ。
改めて言うが、先日野戸島で発生した事件の犯人は、私だ。その証拠として、瀬戸の死体から切り取った両の手首を、この部屋の冷凍庫の中に保管してある。いずれ私の部屋に乗り込んで来るであろう警察官諸君には、まず先にそれを確認してもらいたい。私の言葉は──この告白文の内容は嘘でないことが、たちどころに理解できるはずだ。
最後に。
私はもう、満足した。これ以上の凶行を重ねるつもりはない。だからこそ、このような文章を執筆し、誰にでも閲覧可能なサイトに投稿したのである。
さながら、手紙を詰めた瓶を、大海に投じるかのように……。私は私の犯行の真実を、包み隠さずここに閉じ込め、インターネットと言う名の広大無辺なる海原へ、旅立たせた。
この告白文に『流浪園殺人事件』と言うタイトルを付したのも、一目見てその内容が伝わるように──どの事件に関して綴ったものか、誰の目にも明らかであるようにと、考えた結果である。
あとのことは、これを読んだ者や警察のみなさんに任せるとして、私はそろそろ、この世界から消えるとしよう。
みなさん、さようなら。
『流浪園殺人事件』は、真犯人である私の消滅をもって、幕とする。




