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流浪園殺人事件  作者: 若庭葉
第三章:薔薇の下
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13:たった今、天啓を授かった

 繭田さんの部屋に着くと、緋村はまず、ケースの中身を改め始めた。僕はその横に立って、一緒に彼が取り出した物を観察する。

 ケースの中には緋村が言ったとおり、あと二本、違う色のラベルの貼られた小瓶(バイアル)がしまわれていた。それぞれ「速効型」、「持効型」と記載されている。どちらにも、特におかしな点はないように見えた。傷や汚れなどはないし、薬液もほぼ満杯近く残っている。

 他には、未使用のシリンジの束とアルコール綿──反対に、使用済みのシリンジや綿が纏めて入っている二重のビニール袋や、血糖値を計測する為の小型の機械がしまわれていた。空き瓶や予備のバイアルなどはない。

 ひととおり検分を終えると、緋村は丁重な手付きで薬品などを元に戻し、机を離れた。

 そして、室内を歩き始める彼を眺めつつ、僕は例により、思い付いたことを口にする。

「犯人が毒を盛ったタイミングだけど、公開式のあと、僕たちが繭田さんを連れ戻しに行っている間だとは考えられないか? 持ち主が外へ飛び出したのを見た犯人は、この機を逃すまいとここに侵入し、罠を仕掛けたんだ」

「だとすると、容疑者はあの時館に残った五人に絞られることになるな。もっと言うと、東條さんと彼の手当てをしていた軍司さんを除外した、女性陣が怪しくなるわけか」

 そこからさらに、被害者である神母坂さんを除外すると──犯人の候補は一気に二択にまで減る。

「素晴らしいじゃないか。画期的な発想だ。──で? もちろん、何か根拠があるんだろうな?」

「それは……」

 そう訊かれると、答えに窮してしまう。根拠などなかった。推理と言うよりも、そうだったら楽なのにと言う願望に過ぎない。

「念の為、屋敷に残った人たちの様子も、あとで誰かに訊いてみるか。聴きやすそうなのは、幸恵さんか東條さん辺りだな」緋村はそこで足を止め、こちらに顔を向ける。「他にアイデアはないのか? ぜひ名推理を聞かせてくれよ、ホームズ」

「もちろんさ、ワトソンくん。──コンサバトリーの中を調べた時に保留になった死の偽装説だけど、もしかしたら、あながち間違いではなかったのかも知れない。あの時答えを出せなかった疑問に、今なら解を与えられそうなんだ」

「ミステリにおける、『顔のない死体』って奴か。あの死体は別の誰かの物で、犯人は殺されたと思われていた瀬戸自身だった、と言う話だったな? 何か思い付いたのか?」

「ああ。たった今、天啓を授かった。君が繭田さんに語った推理──と言うか推測を真っ向から否定することになってしまうけど、悪く思わないでくれよ」

 そんなことで気分を害するとも思えなかったが、一応そう断っておく。案の定、「いいから言えよ」と急かされた。

「じゃあ話すけど……繭田さんの話を聴いた結果、この島に来た瀬戸は、実は整形し彼に成りすました、春也さんだと判明した。このことを念頭に置きつつ、彼が犯人だった場合、どこに身を潜めているのかを考えようと思う。館内を見て回った結果、僕たちは誰の姿も発見できず、また隠れられる場所もなかったと判断した。しかし、本当はまだ一箇所だけ、()()()()()()()()()()があったんだ」

 緋村はすぐに、僕の言わんとすることを察してくれた。

「……なるほど。何が言いたいのかわかったよ。だから、この部屋に来て思い付いたのか」

「そう。──僕たちは館の中を隈なく見て回ったと、思い込んでいた。しかし、()()()()()()()()()んだ。僕たちが探索に出るよりも先に、繭田さんは部屋に戻り、それ以来ずっと閉じ籠っていた。つまり、この部屋の中は、まだ誰も確認していない」

「だとしても、誰かが隠れていたら、部屋に戻った繭田さんが気付くはずだ。例えば、クローゼットに身を潜めていたとして、彼がそこを開けたら一発でアウトだろう」

「だろうね。しかし、その問題はある事実を当て嵌めることでクリアできる。さっきも言ったように、瀬戸の正体は春也さん──()()()()だった」

「つまり……繭田さんが、()()()()()()()()()()()()()ってことか?」

 そうだ。これなら死の偽装説における最大のネック、隠れ場所の問題を解決できる。

 そして、動機の謎も。

「春也さんと繭田さん、そして神母坂さんの三人は、共謀して遺産を奪取しようと企んでいた。彼らには実は繋がりがあったんだ。だから、動機に関してもその計画が関係しているんだと思う。例えば、遺産の取り分が減ることを厭うた彼が、凶行に及んだとかな」

「この島で二人を殺した上で、後から本物の瀬戸として現れることで、遺産の半分をせしめようってわけか。『流浪園に現れ死体となって発見されたのは偽物だったんです』とでも言って」

 緋村の言葉に、僕は密かに感心していた。正直なところ、仲間割れの話を出したのは最もわかりやすい動機だったからで、そこまでのことは考えていなかった。()()()()()()()()()()だなんてややこしいこと、僕には思いも及ばない。

「お前の推理が正しいかどうか、確かめてみようぜ」

 言うが早いか、緋村はクローゼットの扉に手をかける。もし本当に春也さんが潜んでいたとして、危険だとは考えないのだろうか? 相手は三人もの人間を手にかけた凶悪犯だ。襲われでもしたら、二人がかりでも取り押さえられる自信はない。

 僕の心配を他所に、彼は躊躇うことなくその扉を開いた──

 が、しかし。危惧したようなことは起こらない。

 そこには誰もおらず、ステンカラーコートが一着吊るされている他には、何も見当たらなかった。

「確認したあとで言うと意地悪く思うかも知れねえが、やはり、お前の推理には無理がある」

「どうして?──あと、君は普段から意地悪だろ」

「不貞腐れてんのか?」クローゼットの中を簡単に見回してから、扉を閉じる。「この部屋に身を隠したとして、繭田さんが戻って来る前に他の人に見付かっちまったら意味がないだろ。明らかに他殺としか思えない死体が発見されたあとなんだ。屋敷内を見て回ると言う展開は、十分予想できた」

 至って冷静な反論である。さっそく痛烈なカウンターを食らってしまったわけだが、まだまだダウンするには早い。

「なら、予め繭田さんと打ち合わせていたんじゃないか? つまり、『事件が発覚したら、一人で部屋に戻ってそのまま篭ってくれ』と頼んでおいたんだ。これなら、他の人が入って来られない状況を作り出せる」

「どうかな。今朝、繭田さんが先に部屋に引き上げたのは、単なる()()だ」

「だから、その偶然が本当は作為的な物だったとしたら」

「繭田さんが調子を崩したのは、演技だったって言いたいんだろ? それはまだいい。だが、あの時彼が集まりを一抜けできたのは、()()()()()()()()()()()()()()()だ。あの人が認めなければ部屋に戻ることはできなかったし、そうでなくとも、先に屋敷内を見回っていた可能性はある。

 だいいち、さっさと部屋に籠りたかったのなら、食堂での集まりに参加せずに、死体を見たあと、すぐに戻ればよかったじゃないか。それこそ、『惨たらしい死体を目にして気分が悪くなった。話し合いなんてできそうにない』とでも言って」

 今度のは効いた。頭の中で、空想上のセコンドの投げ込んだタオルが、ヒラリと宙を舞う。

「わかった。自分の考えが現実的でないことは認めるよ。……けど、繭田さんに匿ってもらうのも難しいとなると……もしかして、春也さんはもうこの屋敷内にはいないのかな? 犯行を終えてすぐ、密かに島を脱出していたのかも。だからこそ、昨夜のうちに、インスリンの瓶に毒物を混入させておく必要があったんじゃないか?」

 早くも自説を覆す形となってしまったが、しかし、あり得ない話ではない。

 失念していたのだが、そもそも瀬戸──に成りすましていた春也さん──は、公開式には参加していなかった。この部屋に匿われている間、持ち主がすぐ傍にいる状況で毒を仕込むのは難しいだろうし、夜中にコッソリ忍び込んで、と言うのも考え難い。そうなると、彼に犯行が可能だった機会は、他の人間が夕食を摂っている間か、公開式の行われている間である可能性が高い。

 昨夜、踊り場にいた彼と目が合った時、すでに犯行を終えたあと──あるいはこれから罠を仕掛けようとしているところだったのかも知れない。このことを緋村に話すと、

「可能性としては十分あり得るだろう。予め罠を仕掛けていたのだとしたら、ここに留まっている理由もねえからな。──が、いずれにせよ、確証はない。この件は、まだ他の人たちには伝えないでおこう。今話したところで、信じてもらえるとも思えないしな」

 いつまでも想像だけで話しているだけでは何も解決しない。決定的な証拠を見付けられるといいのだが……。

 僕たちは室内の調査を再開する。

 すると、さっそく緋村がある物を発見した。クローゼットから離れた彼は、床に這い蹲ってベッドの下を覗き込んだのだが、すぐに小さく声を上げる。

「何かあるな」

 犯行の痕跡が残されていたのかと期待したが、ほどなくして僕は落胆することになる。

 腕を突っ込んだ緋村が引っ張り出したのは、切り取られた剥製の一部──()()()だった、

 言うまでもなく、繭田さんたちがペリュトンを拵えるのに用いた剥製の、残りの部分だ。

「雄鹿のトロフィーの台座らしき物もあったぜ。一時的にベッドの下に突っ込んだきり、そのままになっていたんだろう」

 そう言って、彼は手に持っていた剥製の残骸をベッドに放り投げた。

 結局収穫らしい収穫はその二点のみであり、短い現場検証を終えた僕たちは、次の目的地へと向かった。

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