12:干し柿
一行が秀臣の家を暇する頃には、十七時になろうとしていた。瀬戸に関する聴き込みを終えたあとも、話が弾んでしまったのだ。
その途中、秀臣自身のことを尋ねる機会が、何度かあった。
彼がこの町に移り住んだのも、引退後間もなくだったと言う。兄との不仲もあり実家は居心地が悪く、かと言って他に行く当てはなかった。どこか田舎にでも引っ越して静かに過ごすのも悪くないな、と考えていた折、美由紀に招かれ、彼女の様子見もかねがね、絵ノ洲町を訪れたそうだ。
「他に当てもなかったし、兄の息のかかっていない知り合いが近くにいると言うのは、非常に安心できた。それに、《白猪の湯》が気に入ったのもある。以来、もう二十年近く住み着かせてもらっているよ」
──これも約二十年前か。こんだけ時期が重なっとるのには、何か意味があるのか?
渋沢はますますわけがわからなくなった。瀬戸の退学の真相を探りに来たはずが、いっそう謎が深まってしまったかのような……。
──まるで迷路、いや、迷宮と言うべきか? どんどん奥へ奥へと、迷い込んで行くみたいや……。
その奇妙な感覚は、手土産に自家製の干し柿をもらい、秀臣の家を辞したあとも、彼の脳裏にまとわり続けた。
帰りは渋沢がステアリングを握った。事故を起こさぬよう注意しつつ車を走らせる間も、渋沢は瀬戸の両親や秀臣から聴いた話──そして、その過程で生じた疑問に関して、整理しようと試みた。
しかし、どれだけ思考を働かせども、その作業はうまくいかない。まだまだ情報が不足しているように感じた。
また、車内では行きと同様、渋沢のリクエストしたミスチルが、相変わらず爆音でかけられていた。この環境も、考えを纏められない要因の一つだろう。
「どないした渋沢クン。浮かない顔やないか。君も、干し柿食いたなったんか?」
助手席の田花は、土産にもらった干し柿をすでに二個も頬張っていた。よほどお気に召したらしく、三つ目を袋から取り出し、口へ放り込む。
「そう言うわけやなくて……考えていたんですよ。二十年前に、いったい何があったんかなって。今日聴いた話やと、どうもいろんなことが同時期に起きとったみたいやったけど……そんなこと、ホンマにあり得るんでしょうか?」
「あり得たんやろ」干し柿を噛み下し、こともなげに言う。「何ら不思議なことやあらへん。二十年前言うても、多少の幅はあるからな。十九年前も二十一年前も、人に伝える時は『二十年くらい前』って言い方になる」
「それはそうでしょうけど……どの道よくわかりませんよ。厳密には『同時』やなかったにせよ、別々の出来事が同じような時期に起きていたってことは、変わらんのやから」
「そこがそもそも間違うとるんや。全部バラバラの、独立した出来事やと思うから、複雑な状況に見えてしまう。もっとシンプルに考えたらええ。約二十年前に起きたとされる諸々の事象は、実は互いに関連し合っていたんや」
「つまり……全てが一つに繋がっていた?」
迷宮が、一本道であるように?
「そうとしか考えられん。『風が吹けば桶屋が儲かる』って奴やな。あるいは──何やっけ? ほら、蝶がどうのって奴」
「……バタフライエフェクトなのです」
後部座席から、境木が答える。
「それやそれ。縄文人みたいな面構えのクセに、やるやんけ。──何が蝶の羽ばたきやったんか、そしてどう言う順番で起きたんかは、俺にもわからん。ただ、イッコ思い付いたことがある」
「何ですか?」
渋沢が尋ねると、助手席にふんぞり返った彼は、意外な答えをもたらした。
「瀬戸夫妻は何かを隠す為に、俺たちに嘘を吐いたんや。つまり、今日瀬戸クンの実家で聴いた話の中には、意図的に捻じ曲げられた物が混じっとった」
「はあ、嘘ですか」
「ピンと来てへんようやな。焦らすほどのことやないから答えを言うが、彼らは『結婚して夫婦になってから、瀬戸クンを預かった』って言うてたやろ? あれが嘘なんやと思う。ホンマは、順序が逆──美由紀さんが瀬戸クンを預かったあとで、瀬戸夫妻は結婚したんやないか?」
「それじゃあ──瀬戸くんは、お母さんの連れ子やったってことですか?」
運転中にもかかわらず、渋沢は思わず隣りを見返してしまった。顔の向きはすぐに戻したが、しかし驚愕は治らない。
「そう考えた方がまだ自然やろ。初め、美由紀さんは一人で瀬戸クンを育てとった。そこへ、幼馴染やった鉄次さんが面倒を見るのを手伝うとかしとるうちに、二人は結ばれた。──美由紀さんの言いかけた『伝えていないこと』は、これやったんや。彼女は瀬戸クンに、『私は本当にあなたの母親なのよ』と、言い出せんかったわけやな」
育ての母親は、産みの親でもあった、と言いたいのか。
「しかし、瀬戸くんの本当の父親は榎園さんだったはずなのです。もしも田花先輩の想像どおりなら……美由紀さんは、榎園さんの愛人だったと言うことですか?」
ルームミラーに映る境木の昏い顔にも、当惑の色が──ほんのわずかな変化ではあるが──、見て取れた。
「かもな。だとすると、瀬戸クンを榎園家で引き取らんかったのも、愛人との間にできた子供やったからやと考えられる。そして、そのことに罪悪感を抱いていたからこそ、榎園社長は養育費を援助したり、遺産の相続人に彼を指名したりした。──結構筋が通っとると思わんか?」
渋沢が危うく納得しかけた時、座席の後ろから異を唱える声が飛んで来た。
「榎園さんは、元々お子さんを儲けることのできない体質だったそうですが……」
「ほんなら、遺伝上の父やって言うのが嘘なんやろ。ホンマの父親を秘匿する為に、俺らには『榎園さんの息子』やと偽ったんや。念の為、秀臣さんにも口裏を合わせてもろてな」
「それならそれで、榎園さんの体質のことは話さないと思うのです」
境木の言うとおりだ。
そもそも、田花の推測には不確定な要素が多すぎる。どこまで真に受けてよいものか、渋沢は判断しかねた。
「ま、いろいろと無理のある想像やってことは、素直に認めるわ。──が、それでもやっぱり、あの人たちの話はおかしいで。少なくとも、何かを隠しとるんは確かやろう」
こちらに関しては、渋沢も同意することができた。境木も同様だったらしく、それ以上反問せずに黙り込む。
それからしばしの間、車内に沈黙が訪れた。大音量で流れるMr.Children──現在かかっている楽曲は“マシンガンをぶっ放せ”だ──が、よりハッキリと聞こえて来る。それをBGMに、今日聞いた話や自らの感想などが、渋沢の頭の中に、脈略なく浮かんでは消えた。
──七月から十一月までの間、瀬戸くんはご両親からの電話に出んかった。
──今朝、瀬戸くんのお母さんは、彼と電話で話をした。ひとまず瀬戸くんは無事らしい。依然として、どこで何をしとるんかは、謎のままやが。
──瀬戸くんの本当の父親は、榎園製薬の社長らしい。そして、榎園社長は遺産の相続人の一人に、彼を指名しとった。
──繭田と言う男が、遺産相続の件を伝える為に《瀬戸酒店》を訪れた。その際、繭田は世間話じみた質問を幾つかしたそうや。
──榎園社長から瀬戸くんに贈られたプレゼントの一つ。パレットを模した時計。
──瀬戸家のことをよく知る、元産婦人科医。秀臣さんには双子の兄がおる。礼が面会しようとしとった相手や。
──榎園社長の奥さんは、二十年前に自殺した。
──人間のクローン。
──下着泥棒の夢。
──「不可能」の体現者。薔薇の下。
──嘘、迷宮、流浪園……。
簡単に振り返ってみても、意味深長な言葉に満ち溢れていた。それらをどう組み合わせることが正解なのか、渋沢にはわからない。
結局のところ、今回の小旅行にどれほどの意義があったのか。その答えを与えてくれるのは、おそらく緋村と若庭の二人以外にはいないのだろう。
何故かそう確信し、意識を現実へと引き戻した途端、
「てか、お前も食えや干し柿。せっかくいただいたのに、失礼やろが!」
「え? いや、今は別に──」
無理矢理干し柿を口に突っ込まれる。確かに美味なのは伝わったのだが、ジックリ味わう間もなく二つ目、三つ目と押し込まれた為、苦痛以外の何物でもなかった。




