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流浪園殺人事件  作者: 若庭葉
第三章:薔薇の下
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4:迎えに来たでぇ

 さて。この辺りで一度、別働隊の旅の模様を書き記しておくべきかと思う。すでに述べたとおり、僕と緋村が流浪園を訪れているのと時同じくして、僕たちの友人が数名、瀬戸の故郷へと向かっていた。彼らはこの小旅行によって、重大な出逢いを果たすと共に、幾つかの証言を得ることとなる。

 その中には、事件を十全に解き明かす為に不可欠な情報も紛れ込んでおり、彼らの活躍がなければ、緋村と言えど、真相に辿り着くことはできなかっただろう。


 ※


 十二月二十四日。

 待ち合わせ場所であるK駅の前の喫煙所で、渋沢(しぶさわ)寿志(ひさし)はセブンスターの煙を薫せていた。左腕に巻いた時計に目をやると、取り決めていた時間を、すでに二十分ほど過ぎている。本来は午前十時ちょうどにここで落ち合う約束になっていたのだが……待ち人は遅刻していた。


 今回の旅の同行者は二人いるのだが、渋沢も二日前に初めて顔を合わせた程度の間柄であり、彼らがどのような人間なのか、まだ掴みきれていない。どちらも緋村と若庭の共通の友人であるらしく、部外者にもかかわらず、助っ人を申し出てくれたのだ。

 よほどの世話好きなのか、それとも単なる野次馬精神の発露か。いずれにせよ、二人ともそれなりに時間を持て余していることだけは、確かだろう。

 そんなことを思いながら、渋沢はフェンス越しに見える駅のホームの様子を、ボンヤリと眺めていた。電車を待つ乗客たちの中に、自分と同年代くらいのカップルの姿を発見する。

 本当であれば、渋沢も彼らのように、恋人と聖夜を過ごす予定だった。それがつい一週間ほど前、ガールフレンドの井岡礼が重傷を負わされてしまったことにより、こうして冬空の下、待ち惚けを食らっているのだ。


 礼が車に跳ねられたと聞かされた時は、まず我が耳を疑い、それから全身の血が凍り付いた。報せてくれたのは礼の父親であり、警察からの連絡を受け、彼女の故郷である京都から、搬送先の病院へ駆け付けたと言う。渋沢のことを知っていたのは、以前彼女の実家に招かれた際に、挨拶をさせてもらい、交際をしている旨を伝えていたからだ。

 自分もすぐに向かうと答え、病院の名前と場所を訊いて通話を終えた。それから詳しい経路を検索し、必要最低限の荷物だけを携えて家を出る。愛車であるYAMAHAのSR400を飛ばし、約三十分後には、彼は院内の待合室で、礼の両親と対面していた。

 礼の容態が相当悪いことは、問うまでもなく、彼らの様子から理解できた。

 聞くと、先ほど渋沢に電話をかけるまで、警察と話をしていたと言う。交差点に居合わせた者の目撃証言などから、礼は何者かに車道に突き飛ばされ、運悪く通りがかった乗用車と接触してしまったらしい。

「それじゃあ、誰かが礼を殺そうとしたってことですか? けど、いったい誰が……」

 思わず口を突いて出たその問いに、二人が答えられるはずもなかった。

 それから一時間ばかりが経ち、手術を担当した医師から話を聞いたのち、渋沢は一度病院の外へ出た。煙草を吸いたくなったのだが、敷地内は全面禁煙であった為、しばし人家の疎らな見知らぬ夜道を、散策する羽目になる。

 結局手頃な場所は見付けられず、自動販売機の前で一服することにした。ついでに缶コーヒーを買い、煙草に火を点ける。

 所在なく道端に佇み煙を吐き出すうちに、ふとあることを思い付いた。渋沢自身何故そうしようと考えたのか、正確なところはわからない。もしかしたら、誰かに話を聞いてもらうことで、冷静さを取り戻したかったのかも知れない。

 とにかく渋沢は──わずかに迷ったものの──、スマートフォンを取り出し、ある男にコールした。

 緋村奈生は、すぐに電話に応じてくれた。

「もしもし……すまんな、夜遅くに。今、時間ええか? 少し、聞いてもらいたいことがあるんや」


 幸いなことに、その翌日には礼の容態は安定し、さらに一日ほどで、普段どおり会話ができるまでに回復した。見舞いに訪れた渋沢は彼女から事情を聴き、そこで初めて、軍司将臣と言う元医師と、面会する予定だったことを知る。瀬戸の不気味なスケッチや、そのモデルと思しき女を見かけ尾行した話はすでに聞き及んでいたが、こちらに関しては初耳だった。

 どうして自分に隠していたのかを尋ねると、

「なんとなく、止められるような気がして……ごめんな?」

 とのことだった。

 何にせよ、犯人らしき男の姿を捉えた監視カメラの映像も発見されているし、すぐに警察が逮捕してくれるだろう──そう思っていたのだが、意外なことに、捜査はなかなか進展しない。まだ事件発生から四日ほどしか経過していないとは言え、少しジレったく感じた。

 そんな折り、緋村から思ってもみない連絡を受ける。

 礼が会おうとしていた元医師に、話を聴きに行くと言うのだ。

 緋村が普段から、よくトラブルに巻き込まれたり、あるいは誰かから依頼を受けたりして、度々探偵のような役回りを演じていることは、渋沢も知っていた。かく言う渋沢自身も、そうした事件を通じて緋村と面識を得た口だ。しかし、今回のように自分から率先して捜査に乗り出すことは珍しく、少々意外だった。

 どう言う風の吹き回しかは不明だが、緋村が力になってくれるのならば心強い。彼の協力に感謝すると同時に、自分にも何かできることはないかと考えた。

 その結果、渋沢は二日前に緋村たちの根城である《喫茶&バー えんとつそうじ》を訪れ、そこで今待ち合わせている二人と、顔を合わせることとなった。


 思い返しているうちに、セブンスターが灰に変わる。

 するとようやく、待ち人が現れた。

 黒いワゴンRが一台、カーステレオから流れる重低音を車外へと漏らしながら、ロータリーに侵入して来る。朝っぱらから迷惑な輩もいるものだなどと、他人事のように思っていたら、豈図らんや、渋沢の目の前で停車したではないか。

 彼が思わず眉根を寄せていると、助手席側のウインドウが下がった。そこに座っていたのは、長くボリューミーな髪をセンターでわけ、肩に垂らした長身の男。

「おはよう、渋沢クン。迎えに来たでぇ」

 馴れ馴れしく感じられるほどフランクな口調で言い、田花(たばな)(じゅん)は、ヒラヒラと右手を動かした。ツルの細いレトロなデザインの丸いサングラスが、筋の通った鼻梁に乗せられている。顔立ち自体は至ってシャープで、整えられた口髭と顎髭がセクシーだ。が、しかし、大抵の人間はそのことに気が付く前に、先述の髪型や装飾品、そしてやけにお道化(どけ)た挙動から、胡散臭い人種であると判断を下すだろう。

 服装も、上はモコモコとした裏地を持つレザージャケットに、下は今は見えないが、ピッチリとしたスキニージーンズの先をウエスタンブーツに通していることが、あとでわかった。渋沢が初めて対面を果たした時と、全く同じ服装である。ヒッピーファッションと昔のロックンローラーをミックスしたような独特のスタイルであり、普段の渋沢であれば、敬遠していたはずだ。

 しかし、どう言うわけか今日一日、渋沢は彼と行動を共にしなくてはならない。

「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

「いいから早よ乗れや。窓開けとったら寒いやろが」

 唐突に笑みを引っ込め、代わりに理不尽な言葉を放つ。フレンドリーなのかシビアなのか、よくわからない。

 窓を開けたのは自分ではないか、とは思ったものの、温厚な渋沢は、さほど気分を害しはしなかった。ただし、今回の旅に強い不安を覚えたことだけは、確かだった。

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