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流浪園殺人事件  作者: 若庭葉
第二章:奇形の翅
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24:悪魔の囁き

「思えば、私たちは馬鹿なことをしました。倅が──春也(はるや)があんなことになってしまったのも、その報いを受けたのでしょう」

「では、認めてくださるのですね?」

「ええ。緋村さんの仰ったとおりです。私たち父子(おやこ)は神母坂さんの提案に乗り、社長のご遺産のお零れに預かろうとしていました……」

 まさか、本当に緋村の想像が的中てしまうなんて。彼の話に納得はしていたものの、同時にあくまでも憶測に過ぎないと断じていた為、意外だった。

「幾つか質問させていただいても?」

 繭田さんは、静かに頷く。

「まず、神母坂さんの方から計画を持ちかけて来たようですが、それはいつ頃だったのでしょう?」

「今年の六月の──半ば頃でございます。春也とは、その時すでに面識をお持ちだったようですね。珍しくあいつのアパートに呼び出されたのですが、そこに神母坂さんがいらしていて、今回のことを聴かされました。春也はすでに乗り気で……本当はその時、私が止めていればよかったのでしょう。しかし、できなかった。無論、初めのうちは、そんな計画うまくいくはずがないと、突っぱねるつもりでした。現実的とは思えませんでしたし、軍司先生や他の方たちを騙しきる自信もなかったので……。しかし、自分でも不思議なのですが、彼女の話を聞いているうちに、何故だかうまくいくような気がして来たのです」

 神母坂さんが言葉巧みに唆した、と言いたいのか。それが事実であったとしても、その口車に乗ってしまった側にも問題があるだろうに。

「その頃すでに社長の体調は思わしくなく、何日も床に伏せることが増えていました。会社の運営も、ほとんど私と専務で行なっていたほどです。その時点で社長はすでに遺言書を用意しており、公開日には衣歩さんのお誕生日を指定している、とのことでした。ですので、今すぐに整形手術を行えば、ダウンタイムを含めてもどうにか間に合うだろう、と……」

「それは、神母坂さんがそう言っていたのですね? しかし、彼女は何故そんなことを知っていたのでしょう?」

「詳しくはわからないのですが、どうも神母坂さん自身が、そうするよう社長にアドヴァイスをされたらしいです」

 そんな助言ができるほど、彼女は誉歴氏の信頼を得ていたのか。

「神母坂さんのお祖母様は、ユタと言う沖縄の霊媒師をされていて、社長も生前何度か託宣を伺うことがありました。社長はお祖母様の占いを信じきっていたのですが、数年ほど前に彼女が亡くなって以来、今度は神母坂さんを頼りにするようになっていたそうです。神母坂さんにもユタとしての素養が受け継がれていたとかで、お祖母様の代役を買って出たのでしょう。──神母坂さんは、そうした社長の盲信に付け込んだのかと」

 ──執念は、時に理屈を凌駕する。

 彼女が口にしたあの言葉の意味が、また違って聞こえた。もしかしたら、彼女はそうした妄執を抱く者を、腹の底で嘲っていたのではないか?

「春也は、すぐに瀬戸さんと同じ顔に整形をしました。あいつからしたら、ドン底の生活から抜け出し、人生をやり直すチャンスのように思えたのかも知れません。そして、お恥ずかしい話ですが、私もそれを望んでしまいました。息子が金を手にし、全くの他人として生まれ変わってくれれば、どんなにか楽だろうと。昨日、軍司先生が仰ったとおりです。これでようやく、春也と言う枷から解放される──そんな悪魔の囁きに、私は耳を傾けてしまいました」

「整形手術を受ける為の費用はどうしたのです? それだけの余裕があったのなら、他人の遺産を盗もうとはしなかったと思いますが」

「計画に必要な資金は、全て神母坂さんが出してくださいました。彼女はそれなりに貯蓄があったようで、『お金の心配はしなくていい』と……。だからこそ、春也は彼女の提案に飛び付いたのでしょう」

「実際のところ、瀬戸くんが誉歴さんの子供だと言うのは本当なのでしょうか? 何か神母坂さんから聞かされていませんか?」

「瀬戸さんは、精巣内の精子を取り出す方法で授かった、実のお子さんだと伺いました。軍司先生は否定するでしょうが、とにかく彼女はそう仰っていたのです」

「では、彼の実家を訪ね、ご両親と面会したと言うのは?」

「事実です。社長が亡くなったあと、神母坂さんの指示で、遺産相続の件をお伝えしに伺いました。また、ついでに瀬戸さんに関して、情報を仕入れて来るようにとのことでしたので、雑談を装って幾つか昔のお話を聴き出しました。無論、春也の成りすましを成功させる為です」

 しかし、彼らの努力も虚しく、緋村に企てを看破されてしまった。いや、もしここにいる間は誰にも見抜かれずとも、本格的に遺産相続の手続きをする段となれば、どの道すぐにボロが出るように思えるのだが。

 そんなことにすら気付けぬほど、彼ら父子は神母坂さんの計画に魅入られていたと言うことなのか?

「……それで、お話を終えてすぐ瀬戸さんのご実家を辞したのですが、外に出て車に向かった時、()()()()姿()を、お見かけまして……」

「どなたでしょう? 今回ここに集まっている人の誰かですか?」

 頷いた繭田さんは、躊躇うように間を置いたのち、意外な人物の名を口にする。

「……軍司先生です」

 軍司さんが?──しかし、どうして彼が瀬戸の実家の近くに? 彼は昨日まで、井岡からのメッセージにあった情報程度しか、瀬戸のことを知らなかったはずなのに。

 それとも、あの言葉は嘘だったのか?

「確かなのですか?」

「そ、そう言われると、あまり自信はありません。何しろお宅の前の道を歩いて行く後ろ姿を見かけたと言うだけですし、私も思わず身を隠してしまったので……。ただ、先生によく似た方だったのは、事実です」

 酷く不確かな証言だ。信用に足る情報とは思えないが、しかし等閑視することもできない。

「念の為、あとで軍司さんに確認してみることにします。ところで──本物の瀬戸くんは、今どこで何をしているのでしょう? ご存知ないですか?」

「それは……」

 繭田さんは、しばし言い淀む。その反応に、僕は最悪の事態を想像してしまったのだが、

「わかりません。私もそこまでは、聞かされておりませんので……」

「本当ですか? 繭田さんはご存知でなくとも、神母坂さんか春也さんが彼に危害を加えた、と言う可能性は?」

 堪らずそう尋ねる。瀬戸のことはあまりよく知らないし、実際に会ったことさえない。しかし、彼らの悪事の為に瀬戸の身に何かが起きたのではないかと考えると、憤りを覚えずにはいられなかった。そんな理不尽なこと、あっていいはずがない。

「う、嘘ではございません! 本当に私は何も知らないのです! 自分に与えられた役目を全うすることに、必死でしたから……」

 そんな言い訳が通用すると、本気で思ったのだろうか? 僕は呆れつつ、泣きべそを我慢するような彼の顔を見返した。

 まだまだ彼に問い質したいことはあったし、もっと厳しく糾弾してやりたくもあった。しかし、そうするよりも先に、緋村に目顔で止められる。

「瀬戸くんに扮した春也さんは、ここに到着したときから、常に手袋をしていたようですね。それも、自分の手よりも大きいサイズの物を。手袋を嵌めることも、神母坂さんの指示だったのですか?」

「え、ええ。本物の瀬戸さんには、()()()()()()()()そうです。春也の手に同じ特徴がないことから成りすましが露見してしまわぬよう、念の為隠しておくようにと……」

「もしかして、薬指が長かったとか?」

「そうです。なので指の長さから偽物だと見抜かれぬよう、大きな手袋をするようにと、そう言われたそうです。……しかし、よくわかりましたね」

 僕と緋村は思わず顔を見合わせた。本当に、誉歴氏と同じ特徴があったなんて。単なる偶然の一致とは思えなかったが、だとしたら、やはり二人には遺伝的な繋がりがあるのだろうか?

「昨日、例の剥製を二階から放り投げたのは、繭田さんたちで間違いないですね? そして、それもやはり神母坂さんに頼まれてしたことだった、と。いったい何故、彼女はそんなオーダーをしたのでしょう? そもそも、彼女は何の目的があって今回のことを画策したのか、聞かされていませんか?」

「一応は……。剥製を投げたのは春也なのですが、神母坂さんがそんな指示を出したのは、おそらくご自身の予言を、衣歩さんに信じさせたかったからなのだと思います。予言の内容も、今回の計画を元に考えたのでしょう。……それから、彼女は最初にこの話を持ちかけて来た時、こう仰っておりました。『自分の物になるはずだった遺産を、取り戻したい』のだと」

 ──自分の物になるはずだった遺産。その言葉の意味を、瞬時には理解できなかった。

「本人から伺ったのですが、神母坂さんは、以前香音流さんに好意を寄せていたそうですね。そして、想いを伝えたものの、すげなく拒まれてしまった……。神母坂さんはそのことを永らく根に持っておられたようで、フラれてしまった原因──そう決め付けていたようです──である衣歩さんや、彼女が社長の養女となったことに、嫉妬していたようです。だからこそ、『取り戻す』と表現されたのかと」

「つまり……自分が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、衣歩さんから奪還する、と言う意味ですか?」

 繭田さんは、無言のまま首肯した。

 驚くべき発想である。よほど傲慢でなければ、そして嫉妬に狂っていなければ、そんな考え方は生まれないだろう。神母坂さんは衣歩さんへの憎しみを胸の内で育てながら、それをおくびにも出さずに周囲と接していたのか。

 緋村は息を吐いた。嘆息したのか、あっけに取られた為だったのかはわからない。いずれにせよ、この動機は彼にも予想できない物だったようだ。

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