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流浪園殺人事件  作者: 若庭葉
第二章:奇形の翅
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19:懐疑的でもあるのだよ

「まあ、どのみち繭田の言っていたことは、出鱈目に決まっているがな。榎園くんに子供を作ることは、絶対にできなかったのだからね」

「それでは、クローンのお話に関しても、やはり出鱈目なのでしょうか? 海外の医師と共同して人間のクローンを生み出すご研究をされている──と、繭田さんが仰っていました。あの時、軍司さんは妄言だと一蹴されましたが、本当に全く根も葉もない噂なのですか?」

「当たり前だろう。あんな卑怯者の発言など、いちいち真に受けるんじゃない」

「しかし、軍司さんのご著書を拝見した限り、人へのクローニングに対し、かなり肯定的なご意見をお持ちのように、感じたのですが」

「ほう、君も私の本を読んでくれていたのか。ありがたい限りだな。──確かに、私は人間へのクローニングに関しては、否定はしない。それどころか、一研究者として挑戦したくなる気持ちも理解できるし、また、十分に実現可能だとさえ考えている。現にあるイタリアの医師など、すでにクローンの赤ん坊を三人も誕生させたと発表しているくらいだ。それも、約十年も前──その赤ん坊を取り上げた時点から数えれば、二十年近くも前──にな。……無論、これは謂わゆるマユツバと言う奴だが、何にせよ、すぐ手の届くところまで来ていることには変わりあるまい。そう言うわけで、私は基本的にクローン技術を肯定してはいる──が、同時に()()()でもあるのだよ」

「懐疑的、ですか」

「ああ。つまり、クローン人間を生み出すことができたとして、そこまで意味があることとは思えないんだ。

 基本的な話をさせてもらうが、体細胞クローンの最大の特徴は二つ。一つ目は親と全く同じ遺伝子を持つ個体を作り出せること、そして、もう一つは、生殖行為を介さずに、子供を生み出せることだ。だからこそ、クローニングは不妊治療の新たな選択肢として注目されている。これが実現すれば、榎園くんのように生殖機能の弱い者であっても、遺伝的繋がりのある子供を設けることが可能だ。あとは同性愛者同士のカップルや、高齢故に子供を作ることが難しい者に対しても、同様のことが言える。……が、しかし、私の考えでは、ただ()()()()()()()にすぎない。こう言うと語弊があるようだが、わざわざクローンである必要は、現状()()()()()のだよ」

 元産婦人科医はやけに饒舌だった。だいぶ話が逸れてしまっているが、そんなことにも気付かぬ様子である。それどころか、気分がよさそうに唇を舐め、さらに講義を展開する。

「無論、あくまでも私の個人的な意見だし、見解はわかれるだろうがね。

 また、クローンと聞くと、偉人や天才の複製を作り出したり、優秀な人間だけを選りすぐって量産したりと言うような、SF映画のような話を思い浮かべる者もいる。ナチスの残党が密かにヒトラーのクローンを産み出そうとしている、と言った具合に。しかし、たとえ親と全く同じ遺伝子細胞を持っているからと言って、その子供も同じように成長するとは限らない。結局のところ、人間を形成する一番の要因は周囲の環境だ。君らももう二十歳ならわかるだろう? ヒトラーのクローンは、必ずしも優れた指導者──あるいは冷酷な独裁者になるか? エジソンの天才的な発想力は、生まれ付いての物だったのか? ビル・ゲイツは、この世に生を受けた瞬間から、プログラミングができたのか?──答えは明白だ。天才の複製などできるはずがない。産まれて来るのは、親と同じ遺伝子を持つと言うだけで、あとは()()()()()()なのだから」

 僕も緋村も、いつの間にか彼の話に聴き入っていた。不妊治療の世界的な権威から、直接講義を受ける機会など、そうそうないだろう。

 彼は再び、グラスを持ち上げる。

「あるいは、クローンによって実質的な不老不死を叶えようと言う向きもあるが……そんなもの、私に言わせれば、単なる夢物語でしかない。自分のスペアを作ることに躍起になるくらいなら、子供を儲けて英才教育を施した方が何倍も現実的だよ。少なくとも、私ならそんなことにクローンを使おうとは、思わないね」

 その結びの言葉からは、冷徹な響きが感じ取れた。まるで、単なる道具か何かの話をしているようで……。

「少々長くなってしまったが、とにかくこれが率直な意見だ。こんな考えを持っている人間が、法に背いてまでクローンの研究に勤しむと思うかね?」

「いえ……。お話を聴いているうちに、あり得ないことに思えて来ました」

「わかってくれればいい。……私は()()()と同じ轍を踏むつもりはないのでね」

「あいつ? どなたのことでしょう?」

「私の愚弟(おとうと)だ。私には双子──一卵性双生児の弟がいるんだが、同じく産婦人科医をしていてね。しかし、奴は私よりも先に医学界を去った──いや、追放されてしまったのだよ。ある禁忌を犯したせいで」

 軍神様は皮肉めいた笑みで唇を歪ませる。彼に弟がいることは知っていたが、「禁忌を犯した」とは穏やかではない。もう一人の「軍司先生」は、いったい何をしでかしたのか。

「時に、国内での代理懐胎が禁止されていることは知っているかね?」

「ええ。確か、二〇〇三年に日本産婦人科学会により、正式に禁止する旨が発表されているそうですね。法整備が十全ではない現状や、治療に伴うリスクの大きさを鑑みた結果だとか」

「その通り。元々、一九八三年に『自主規制』をする方針が打ち出されて以来、我が国では、代理懐胎は原則認められていなかった。法律で禁止されているわけではないのだが、謂わば治療法その物が否認されている状況なのだ。──にもかかわらず、代理懐胎を執り行った医師がいた。驚くべきことにな」

「……もしかして、その医師と言うのは」

「そう、私の弟だ。あいつは規制に反し、当時経営していたクリニックで、ある夫婦の代理懐胎子を取り上げたのだよ。そして、学会の追及に対し奴は黙秘を貫いたまま、早々と隠遁してしまった。だから、施術に至った経緯は、未だにわかっていない」

 現役を退いて尚生殖補助医療の世界で絶大な影響力を持つ兄とは、正反対の末路だ。一卵性の双子であるだけに、余計にそのコントラストが際立って感じられた。

 まるで、光と闇のように。

「軍司さんは、弟さんを擁護なさらなかったのですね」

「無論だ。取り決めを破った以上、弟が相応の罰を受けるのは当然至極。ましてや、国内における代理懐胎の禁止は、産婦人科医(われわれ)の総意と言っていいのだからな。幾ら肉親だからと言って、庇ってやる道理はない」

 ハッキリとそう断じたのち、彼は不意に渋面し、

「……それに、元々奴とは、ソリが合わなかったと言うのもある。むしろ、私のテリトリーから姿を消してくれて、清々したくらいだよ」

 兄弟仲はあまりよろしくなかったようだ。それが一方的な感情なのか、あるいは互いにいがみ合っていたのかは、わからないが。

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