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流浪園殺人事件  作者: 若庭葉
第二章:奇形の翅
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11:くだらん話やろ?

 ほどなく、彼は予想だにしない方向へと話題を転ずる。

「話は変わりますが、ドラマや小説なんかに出てくるように、他人と同じ顔に整形するなんてことは、実際に可能なのでしょうか? つまり、別人の顔に自分の顔を作り変えることはできるのか──そして、そう言った手術を受けることのできる病院はあるのか、教えてください」

「ホンマに変わったなぁ。まあ、答えるのは構わんけど、そんなこと知ってどうするんや?」

「単純に貴重な機会なので話を聴きたい、と言うのもあります。ただ、あながちこの事件とも無関係ではないかも知れません……おそらく、僕の勘が間違っていなければ」

「何か考えがあるんやな? 頼もしいやないか。──そうやなぁ、結論から言えば、可能やと思うわ。完璧にとまではいかんやろうが、ほとんど本人と変わらん状態──例えば、よく知っとる人間でなければ見分けが付かんくらいには、似せることはできるんとちゃうかな。……とは言え、そんな注文マトモな病院(ところ)なら受け付けはせんやろう。あってもパーツの一部──例えば目とか鼻とかを誰々と同じにしたいとか、彫りを深くあるいは浅くして、別の人種みたくしたいとかか」

「マトモなところでは受け付けないと言うことは、裏を返せば、そうでない病院であれば、手術を受けられる、と?」

「まあ、あくまでも可能性の話やけどな。ただ、謂わゆる闇医者みたいなんは、実際おるわけや。あとはそこまで行かんくても、開業して日が浅いとか安さをウリにしとるようなところは、えてして患者の言いなりになることがある。絶対に失敗するパターンやけどな」

「ただ患者の要望に応えるだけでは、だめと言うことですか?」

「そりゃもちろん。患者の話を鵜呑みにするだけが、医者の仕事とちゃうからな。ホンマにプロなんやったら、どんな施術をするのがベストか、その患者に本当に必要な物はなんなのか、シッカリと見極めた上で臨まなあかん。結局のところ、一番大事なのはバランスや。例えば目だけやたら大きくしたって、他のパーツが合ってなかったら不気味やろ? エイリアンみたいやん」

 普段からテレビや雑誌の取材などで慣れているのだろう、院長は弁舌滑らかに答える。それどころか、話しているうちに本人もノッて来たようだった。

「そもそも、美的感覚なんてのは、時代時代によって変わって来るもんや。今のトレンドやって、いつかは必ず廃れてまう。どんな時代でも通用するような美しい顔を作るなんてのは、容易なことやない。──その点、アンチエイジングは非常に普遍的やと言えるな。時代や流行なんてのは関係ない。ただ若返らせればええ──もっと言えば、今の状態を保てればええんやから、単純明解や」

「なるほど。確かに永遠の若さと言うのは、いつの世も人類が夢見て来たことですね」

「やんな? 君らみたいな若者だってそう思うんや。それなのに、()()()は幾ら説明してもわかってくれへんねん」

「あいつ、と言いますと?」

「幸恵や幸恵。今も言ったように、美容整形において最も重要なんはバランス──すなわちやり過ぎへんことや。他でもない自分の体を弄るんやから、なるべく後悔せんようにせなあかん。顔の場合は尚更やな。その為に、医者とクランケとでジックリと話し合って、プランを立てる必要があるわけや。

 それで、実は一年くらい前に、幸恵が顔の整形をしたいって言い出したことがあってな。その時のあいつの注文が、それはもうめちゃくちゃなもんやった。自分の顔の性質を全く考えんと、目とか鼻とか一部分だけを弄ろうとしとったんや。せやから、『そんなアホなことしたら絶対に後悔する』って説得して、何とかやめさせたんやが……そしたらあいつ、なんて言うたと思う?『()()()()()()()()()()()()()()ねや』やと」

 嫌な記憶が蘇ったのか、苦虫を噛み潰したように唇を歪める。そんな風に詰られる筋合いはない、と考えているのだろう。

「それ以来、つまらんことでも突っかかって来るようになってな。結局そんなことが続いたせいで、別居するまでに至ったわけや。──くだらん話やろ?」

 くだらないかどうかはともかく、意外な理由ではあった。

「では、例えば顔全体を全くの別人のように整形したとして、ダウンタイムはどれくらいになるんでしょうか?」

「そうやなぁ……まあ、施術の規模や本人の頑張りにもよるが、完全に腫れが引くまでは、少なくとも半年はかかるやろ」

「なるほど……」

 その瞬間、彼の死んだ瞳の奥に、一抹の光が宿されたのが見えた。彼は基本的に年がら年中昏い黒眼(まなこ)をしているのだが、何か推理の糸口になる情報を得た時にのみ、人間らしい瞳の色を取り戻すことがあった。

 しかし、いったい彼が何によりヒントを得、瞳を輝かせたのか──例により、僕にはわからなかった。


 ※


「そう言えばつい最近も、鮎子さんは不吉な予言を語ったらしいな。昨日の夜、撞球室でなんや言うとったやろ? 今にして思うと……あれは、この事件のことを指していたのかも知れんな」

「楡さんは、彼女の予言を信じておられるんですか?」

「いや、完全に信じきっとるわけではないんやが……どうしても気になってな。鮎子さんのお祖母さんが、沖縄の霊媒師やったって話は、君らも聞いとるか? 確か、ユタって言うんやったか。私は詳しくは知らんのやが、ユタっちゅうのは、神様に取り憑かれて託宣を下すんやろ?」

「カミダーリィですね。確かに、ユタにはそれぞれ固有の神様がいて、入神状態となりその言葉を代弁するそうです。ですので、ユタに憑く神様によって口調や託宣の仕方が異なるのだとか」

「ほう、詳しいみたいやな。──しかし、そう言うのは結局のところ、『演出』みたいなもんなんやろ? 神様なんて、おるわけないんやから」

「……そう言った捉え方もできるでしょう。ただ、一方で、彼女たち──中には男性のユタもいるようですが、女性の方が圧倒的に多いそうです──は、確かに神の声を聞いている」

「どう言う意味や? そう思い込んどるってことか?」

「その()()、と言うことでしょうね。ただ、神の存在を確信しているだけではなく、そのお告げを代弁(かた)るのですから」

 話題がどんどん事件からかけ離れて行くが──少なからず興味のある内容であった為、しばらく静聴していることにした。

「僕は専門家ではないですし、何冊かの書籍とインターネットで得た知識しかありませんので、話半分に聞いていただけると助かります」

 そう断ってから、緋村は自らの見解を披露した。

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