表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流浪園殺人事件  作者: 若庭葉
序章:雷雨の夜
3/108

2:顔のない影

 雀蜂が唸るような低い音がどこからともなく聞こえ、次第に大きさを増して行った。それにつれ、横たわる彼女の体は石と化す。全身の筋肉が締め付けられ、血管が凍り付くような感覚──もう何度目になるかわからないこの感覚だが、一向に慣れることはなかった。

 金縛りだ。

 意識のみを覚醒させた彼女は、酷くなる羽音(ノイズ)に苛まれながら、ただそれだけを知覚した。

 ──()()()()()

 指の先一つ動かせぬまま、彼女は戦慄(ふるえ)た。これから何が起こるのか、すでに知っていたから。

 やがて羽音が止んだ時、決まって同じ幻影(まぼろし)が、彼女の意識の中に現れた。

 まず初めに、胸の上に何かが乗っており、その為に体が動かないことを知覚する。それは、小さいが、同時に非常に重い物。

 ()()だった。

 それも、ただの仔牛ではない。怪物である。脚を折り畳んで横たわるその動物の首には、仔牛の物ではなく、()()()が生えていた。

 幻獣か妖魔か──とにかく、現実には存在し得ないはずのそれは、やけに生々しい質感を持ち、恐ろしいほどの重量で彼女を縛める。

 怪物はわずかに首をもたげ、簾のように長く垂れた髪の毛の合間から、ジィッと彼女のことを凝視していた。生暖かい息が喉元にかかるのを、確かに感じた。

 かと思うと、刹那──

 その首は、何の前触れもなく、()()()()()()()()ではないか。

 もしも体の自由が効いたなら、彼女は悲鳴を上げていただろう。しかし、実際には呻き声一つ上げられぬまま、彼女の意識は、床の上を転がる絡繰の首を追いかけた。──通常、ベッドに横たわった状態では見えぬはずの映像が、真上からビデオカメラで撮影するかの如く、脳裏のスクリーンに映し出される。

 そして。


 転がった首が止まった先には、()()()()()()()()()()があった。


 第二の幻影が現れたのだ。

 彼女が何よりも恐れる、亡霊が。

 その存在は、妖獣の首を黙殺するように跨ぎ、ベッドへと歩み寄る。再び天井を映し出す視界の端に、黒い影が被さった。

 首を折り彼女を見下ろすのは、一人の男。その顔は黒く、モザイクでもかけられたように塗り潰されていたが、彼女には彼が誰なのか、心当たりがあった。

 そして、同時に、()()()()()()()

 ──()()()、なの……? あなたはいったい、どっちなの?

 ただ一つ確かなのは、それがかつて彼女のことを愛した()()の、いずれかだと言うことのみ。

 無言で佇立する彼の顔は、醜く潰れてしまっており、それが誰の物なのか判別するのは困難だった。糜爛(びらん)した肌は(すもも)の皮のように裂け、白く変色した肉が剥き出しになっている。

 そのオゾマシイ姿に、彼女は意識のみで息を呑む──それでも見つめ続けるしかない。

 すると、何かが彼女の頬に落ちて来るのを感じた。無論、それも幻なのだが。

 ポロポロと降り続けるのは、茶からびた小さな破片。

 それが顔から剥がれ落ちた()()()()であることに思い至った時、今度は紙袋の中で無数の百足が這い回るような不快な異音(おと)が、彼女の真上から聞こえ始めた。その異音が強まるのに伴い、頬に注ぐ皮膚片の量も増えて行く。

 百足の足音は際限なく音量を上げ、今や部屋全体が揺れているようだった。気の狂いそうなほどの轟音の渦に沈みながら、彼女は理解する。


 顔のない影が、自分を嗤っているのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ