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流浪園殺人事件  作者: 若庭葉
第二章:奇形の翅
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7:ここではタブーですので

「いずれにせよ、まだ屋敷内の調査が済んでいない。第三者が潜んでいるかはともかく、見付かっていない鮎子くんたちの遺体だけでも、探してやらねば」

 かくして、僕たちは再び食堂を出発し、今度は全員で、館内の見回りに向かった。空き部屋はもちろんのこと、厨房や撞球室のバーカウンターの裏など、隈なくチェックして行ったが、何者かが潜んでいたり、遺体が隠されていたりすることはなく、これと言って収穫を得られぬまま、粗方確認作業を終えようとしていた。

 最後に残ったのは、永らく使われていないとされる、屋根裏である。

 その入り口があるのは、僕たちの泊まっている部屋と、衣歩さんの部屋、そして亡くなった神母坂さんの部屋の三箇所だった。そのうち今も使えるのは、最後に挙げた場所のみ。衣歩さんが休んでいるところに押しかけるわけにはいかないし、僕たちの部屋の天井の入り口は、現在は封鎖されていた。

 そう言えば、確かにそれらしき名残があったのを思い出す。天井の角の一部が、長方形を作る形で石膏が塗り込められていた。

 ──それにしても、何故そこまで厳重に封鎖してしまったのだろう? それもあの部屋の物だけ。

 気になったので誰かに尋ねてみようとしたのだが、そうするよりも先に目的の部屋に到着してしまった。


 神母坂さんの部屋の中は、持ち込んでいた荷物が旅行鞄一つと少ないせいか、ひどくガランとしており、それがやけに物哀しかった。まるで失った(あるじ)を悼み、部屋全体が喪に服しているかのようだ。

 しかし、そんなことよりもまっさきに気になった点が一つ。ドアから見て左手の壁に沿って、()()()()()()()()()()()()()が設えられているではないか。

 その短い階段は、部屋の奥側から廊下のある方へと伸びており、天井まであと五十センチほどと言う高さで途切れていた。

 まさか、ウィンチェスター・ミステリ・ハウスに散見されるようなトマソンが、流浪園にも存在したのかと驚きかけた──が、その先の天井にある収納扉のような物を見て、合点がいった。そこが屋根裏への入り口なのだ。

 僕たちはひとまず、手分けしてクローゼットやベッドの下、そして三点ユニットの浴室を調べたが、特に発見はなかった。ちなみに、生活用水を汲んだペットボトルは一本半ほどしか空になっていない。

 その後、東條さんが先行して階段を上がり、天井に取り付けられた扉のツマミを捻る。片側が蝶番で固定されているらしく、ツマミのある側が部屋の方へ下がる形で、長方形の入り口がそこに現れた。天井に、小さな外開きのドアがあるようなイメージだ。

 体格的に入り口を通るのが難しい両先生には、部屋の中で待機していてもらい、僕たち三人は、屋根裏へと上がった。


 中は意外と広い。二階全体で繋がっているのだから、当たり前ではあるが。屋根までの高さも余裕があり、難なく歩くことができる。

 また、窓が二箇所ほどある為、薄暗くはあったものの、懐中電灯を使う必要もなかった。永らく使われていないと聞いていたが、織部さんが事前に掃除したのだろう。黴臭くはあったものの、埃は積もっていない。

「誰もいませんね」

 思ったとおり、と言った口調で、東條さんが呟く。僕も同じように周囲を見回してみたが、見知らぬ第三者の姿どころか、一見して人のいた形跡は見当たらなかった。

 無論、床に這い蹲って観察したわけではないから、僕が見落としただけと言う可能性もあるが……。

 ひとまず気になったのは、奥の壁に小さなドアが設えられていることか。どうやら塔屋の内部にあたるようだが、あの先には何があるのだろう?

「あの扉は?」緋村が尋ねる。

「屋根裏部屋みたいな物ですよ。衣歩ちゃんたちが幼い頃、遊び部屋として使っていました」

「中を見てみたいのですが、鍵はかかっているんですか?」

「いえ、そもそも取り付けられていなかったはずです。入ってみましょうか」

 東條さんの言葉を裏付けるように、扉は何の抵抗もなく開く。

 六角形の屋根裏部屋の中には、小さな椅子とイーゼルが一つずつ置かれていた。屋根裏同様こちらも綺麗に掃除されており、椅子もイーゼルもピカピカに磨き上げられている。

 ──かつては子供たちの遊び部屋だったそうだが、アトリエとしても使われていたのだろうか? そんなことを考えつつ、室内を見回してみる。

 他にある物と言えば、壁にかけられた標本箱くらいか。展示されているのは日本であればどこででも採取できそうな昆虫ばかりだった。

 しかし、その中に一匹だけ、見慣れぬ蝶の姿を発見する。

 白に近い黄色と、複雑な黒い筋模様を持つアゲハチョウだ。それだけならば、一般的な品種と相違ないのだが、その姿は酷く歪んでいた。四対の翅がそれぞれ捲れ上がるように、あるいは波打つように歪んでしまっており、触角も左右で長さが合っていない。後天的に損傷してしまったと言うよりも、()()()()()()()()()()()()()かのようだ。

 ──奇形のアゲハチョウ、か。

 なんとなくその異形の姿を眺めていると、視界の端にいた緋村が、庭に面した唯一の窓へ近付くのが見えた。

 それは屋根の上に迫り出したドーマー・ウィンドウで、そう高い位置にある物でもない為、難なく手が届く。緋村はすぐさまその上げ下げ式の窓を開け、首を突き出した。

「一応、屋根に出られそうだな……」

「鍵はかかっていたんですよね?」

「ええ。間違いなく施錠されていました」

「だったら、誰も屋根に出た人間はいないってことなんじゃないですか? 外から鍵をかけられるはずありません。それに、壁をよじ登ってこの窓から侵入した、と言うのも考え辛い。こじ開けられたような形跡も見当たりませんし、だいいちわざわざこんな屋敷の一番高い場所にある窓から出入りせずとも、裏口や玄関には鍵はかかっていなかったはずです」

 孤島である以上泥棒に入られる恐れもないし、大きな野生動物が棲み付いているわけでない為、基本的に出入り口の施錠は行なっていないのだろう。

「それもそうですね。ツマラナイことを言ってしまいました」

 そう答えながらも、緋村は体を乗り出したり首を捻ったりして、用心深く窓の下や、周囲の屋根などを見回していた。しかし、やはり何の痕跡も見付けられなかったのだろう。ブルリと体を震わせ、窓を閉める。

「しかし、これだけ探しても何も出て来ないなんて……犯人は、遺体の残りの部分を、どこへやったんでしょう? もしかして、夜中のうちに海に棄ててしまったとか?」

 その可能性もあり得るとは思うが、だとすれば、わざわざそこまでしたのは何故か。見立てに不要なパーツとは言え、完全に処分してしまわずとも、別の場所に隠しておくだけでこと足りるのではないか? 無論、屋敷の裏の森を抜ければ、海に面した崖までは大した距離ではないだろうが──しかし、それこそ「面倒」な作業のように思える。

 幻獣の見立てと言い、犯行動機と言い、犯人の考えていることが少しも見えて来ない。

「ところで、この椅子とイーゼルは、どなたの物なのですか?」

 首をすぼめ、両の二の腕を摩りながら、緋村が尋ねる。

「ああ、これは香音流くん──誉歴さんのご長男が使っていた物でしょう。彼、幼い頃から絵を描くのが好きでしたから」

 それを聞いた僕は、SNSで見た彼の絵──「落書き」と銘打たれた作品たち──を思い出す。彼の趣味は、幼少期からの物だったのだ。

 そう言えば、神母坂さんの口にしたお告げにも、彼の絵と思しき物が登場していたか。これは、単なる偶然なのだろうか?

「香音流くんは本気で画家を目指していて、美大に進学して絵を描き続けました。残念ながら、一向に目が出ませんでしたがね。そして、ほぼ全くと言っていいほど絵が売れぬまま、志半ばにしてこの世を去ったんです」

 と言うことは、四年前に迷宮で雷に撃たれたのは、香音流さんだったのだろう。そう思って尋ねたのだが、返って来た答えは、少し予想と違っていた。

「その話はもう知っていたんですね。……ただ、実はあの時落雷に遭ったのは、彼だけではないんですよ。四年前のあの夜、迷宮の中には弟の明京流くんもいたそうなんです。僕も詳しい事情は聞かされていないのですが、彼らは同時に雷に撃たれ、大怪我を負ってしまって……。二人とも、それから少しもしないうちに、息を引き取りました」

 兄弟揃って落雷に遭い、それが原因で命を落とすなど、あり得るのだろうか?──いや、実際にあったのだ。だからこそ、衣歩さんたちは、迷宮の跡地に花を捧げていた。

「お二人は何故、そんな時間に迷宮にいたのでしょう? 確か、今と同じくらいの季節だと伺ったのですが」

「さあ、どうしてでしょうね。あの時のことを知っているのは、織部さんと衣歩ちゃんだけなんですよ。例の雷雨の夜、流浪園には香音流くんたちを含めた四人しかいませんでしたので」

 ならば、後で織部さんか衣歩さんにも話を聴いてみよう。そう思っていると、すぐさま機先を制される。

「あ、でも、衣歩ちゃんに話を聴こうとするはやめてくださいね。彼女にとっては、何よりも辛い記憶でしょうから。あの落雷で、衣歩ちゃんは婚約者(フィアンセ)と幼馴染をいっぺんに失ったんです」

「それは、いったいどちらが?」

「もちろん、明京流くんですよ。あの二人は誰の目から見ても、お似合いのカップルでした」

 まるで香音流さんでは衣歩さんとでは、吊り合わないと言いたげな口調だった。いや、他意はないのかも知れないが。

「とにかく、この話はここではタブーですので、悪しからず。……ま、どの道今回の事件とも関係はないでしょうし、無闇に口にするのは控えてくださいね」

 あなたは口にしているではないか、とは思ったものの、素直に頷いておいた。

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