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流浪園殺人事件  作者: 若庭葉
第一章:珍奇の園
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5:どうぞ、お入りください

「そう言えば、あと一人紹介がまだやったな」

 楡院長によると、「どえらい美女」はもう一人いるのだったか。

「神母坂鮎子さんって言うんやけど、さっき言うた衣歩ちゃんとはまた違ったタイプの美人さんや。高嶺の花と言うか、ちょっと簡単には手を出せんような雰囲気がある。()()()()であそこまで完璧に容姿が整っとると、むしろおっかないくらいやな」

 相当な絶賛ぶりである。身内故に下駄を履かせている可能性もあるが、実際のところ、その評価はどこまで適正なのか。純粋に興味が湧いて来る。

 それもあと、数十分ほどでわかるのだろう。

「まあ、少し変わったところもあるんやが……」

 神母坂さんには、特殊な癖のようなものがあるらしい。なんでも、時たま予言めいたことを、真顔で語るのだとか。

 もっとも、彼女のお告げは未だかつて当たった試しがなく、信じる者はほとんどいないと言う。

 今目の前にいる楡さんを含め、流浪園には相当個性豊かな人間が集っているらしい。そんな濃いキャラクターたちをうまく相手取ることができるのか、不安が募る一方、同時に強い好奇心を抱かされた。

「見えて来たな」

 緋村の呟き声に釣られ、船の進む先へ視線を移す。先ほどまで曖昧模糊とした影に過ぎなかった野戸島の姿は、いつの間にか地形まで鮮明に見て取れるほど近付いていた。

 切り立った海蝕崖の上、背の低い木々の茂る林の向こうに、洋館の物らしい屋根が顔を覗かせている。蒼穹の中真っ直ぐに伸びる塔屋の先端は、まるで天に歯向かうかのようだ。

「あそこに見えとんのが、流浪園の中のお屋敷や。迎えの船が来る二日後まで、我々はあの中で過ごすことになる。ちなみに、島は圏外やから携帯は使えん。不便やとは思うが、こればっかりはしゃあないわ」

「本当ですね。すでに圏外だ」

 スマートフォンを取り出し画面を確認した緋村が零す。念の為自分の物も見てみたが、同じだった。到着が近いのだ。

 僕も緋村もネットやSNSを日課にしているような人間ではないから、携帯が使えずとも、別段問題はないだろう。

 一つ気懸りなのは、()()()との連絡が取れなくなってしまうと言う点か。僕たちが流浪園に向かっている間、彼らにはある人物について調べてもらうことになっていた。

 それは他でもない、今回の事件の発端とも言える青年──瀬戸藍児だ。

「固定電話などはないんですか?」

「ないな。そもそも誉歴さんは、初めから電話とか無線の類いを、一切設置せんかった。私も詳しい理由は知らんのやが……どうも、流浪園は元々、別荘として使う為に建てられたわけやないらしい。せやから、あまり利便性なんかは考えんかったんやろう。一応、発電装置があるから、電気は使えるんやけどな」

 別荘ではないとすると、亡き当主は何故、孤島に屋敷を建てたのか。どれだけ財力があろうと、ただの酔狂でそんなことをするとは思えない。

「ちなみに、流浪園と言う名前は誉歴さんが付けたんやが、本人曰く、旧約聖書に出て来るカインの放浪が由来らしい。なんでも野戸島と、カインが放浪の果てに辿り着いた地──“ノド”をかけとるんやとか。ノドって言うのは『流離(さすらい)』とか『放浪』って言う意味やそうやが、流離園も放浪園も、あまり語感がよろしくない。そんなわけで、言葉の響きが綺麗な流浪園に決まったそうや」

 カイン──そう聞いて、僕はSNSで目にした青年の写真を思い出す。今日流浪園に集まっている人間の中に、彼もいるのだろうか?


 ※


 砂浜があるのは島の一箇所だけで、後は切り立った崖に囲まれているそうだ。その為、船は島の外周を回り込むようにして、唯一の船着場に辿り着く。

 砂浜には初老の男性が一人、ポツネンと佇んでいた。黒いドカジャンや胡麻塩頭から、一見して気難しい職人のようにも見える。

「ようこそお越しくださいました。わたくし、榎園家の使用人の、織部(おりべ)清蔵(せいぞう)と申します。これから三日間みなさまの身の回りのお世話をさせていただきますので、ご用件がありましたら、何なりとお申し付けください」

 見た目に反し、非常に丁寧な口調だった。それがかえって冷たく感じられたのは、彼が全くの無表情だからか。加えて、紙細工のように血色の悪い顔をしている。

「お荷物、お預かり致します」とのことだったが、三人とも遠慮した。

「ご案内致しますので、付いて来てください」

 言葉少なに言って踵を返すと、彼はさっさと歩き出してしまった。


 織部さんの後に付いて歩き、木立の中を抜ける。一行は崖に沿って伸びる緩やかな坂道に出た。右手に目を向けると、渺茫と横たわる濃紺の海原が、午後の日差しを眩く反射している。

 そして、反対側──向かって左手に見下ろす窪地の底には、雑草の生い繁った原っぱが広がっていた。広さは小学校のグラウンドほどで、古い油彩画に描かれていそうな、荒涼とした景色だ。

「あそこには、元々ちょっとした迷路みたいなモンがあったんや。正確には迷宮やったかな。今はもう影も形もないが──ほら、よう見ると、所々に痩せた薔薇の樹が生えとるやろ? 生垣のあった名残りやな」

「迷宮を建てるなんて珍しいですね。迷路ならまだわかりますが……。しかし、どうしてなくなってしまったのですか?」

「ああ、実は四年くらい前に落雷があってな。その時に崩れてもうたんや。もちろん、直そうと思えば直せたんやろうが……誉歴さんはそうせんかった。むしろ、なんでかは知らんがそのまま生垣を切り払ってもうて、ご覧の有様と言うわけや」

 それから彼は声のトーンを落とし、「ちょうど、今くらいの時期やったか」と付け足した。どうやら彼──あるいは流浪園の関係者ら──にとって、それはあまり思い出したくない記憶のようだ。

 僕は改めて、迷宮の跡地を振り返る。すると、だいたいその真ん中くらいの場所に、石で作られたらしいモニュメントの残骸を発見した。途中でへし折られた柱と、倒れた柱、そして砕け散った石の塊が幾つか地面に転がっている。元々何があったのだろう? 翼や人体を象ったパーツの破片から、天使がいたらしいことは、辛うじて想像できた。

 また、さらによく目を凝らしてみると、そうした残骸の中心に、全く異質の物体か横たえられていることに気付く。荒野の中における唯一の色彩。陽の光をチラチラと反射しているあれは──どうやら、ラッピングされた()()のようだ。

「どうかしたのか?」

 緋村の声に呼ばれ、我に返る。立ち止まっていたのは僕だけで、いつの間にか彼らとの距離が開いていた。三人とも足を止めて、僕のことを待っている。

「いや、なんでもない」とだけ返事をし、早足で彼らに追い付いた。流浪園の屋敷の姿は、すでに道の先に見えている。到着は間近だ。

 ──それから五分ほどで、僕たちは開かれた鉄の門扉を潜り抜ける。そこは詳しい様式などはよくわからないが、とにかく広大な庭園だった。一面に芝生が敷き詰められており、低木を刈り込んで作られたユニークな形のトピアリーが、出迎えてくれる。

 惜しむらくは、訪れたのが十二月と言うことか。もし季節が違えば、緑溢れる美しい庭園を楽しめたかも知れないが、今は芝生もトピアリーも、目に付く何もかもが寒々と枯れていた。広いだけに、かえって閑寂としている。

 そんな感想を抱いた要因の一つには、石畳みの道の先にある館の姿も含まれる。

 一対の白い柱が支える玄関ポーチを中心にして、すぐ右側にのみ塔屋が設えられた、アシンメトリーな造り。それは古い小説の挿絵にあるような、カントリー・ハウスのイメージそのままだったが、近付くにつれ、荘厳さの中に言い知れぬ()()()を孕んでいることに、気付かされた。

 経年劣化によりそうなったのか、壁のところどころに細かなヒビが走っており、突風に晒されれば、容易く吹き飛ばされしまいそうである。どうやら館の大部分が木材で作られているらしいのだが、それも危うさを感じさせる所以なのだろう。

 そんな寂寞とした景色を眺めているうちに、僕は自然とポーの『アッシャー家の崩壊』を想起した。アッシャー家に到着した語り部にでもなったような気分で、しばし冷厳と佇む屋敷を見上げる。

「どうぞ、お入りください」

 先頭に立ってポーチの作り出す日陰の中に入った織部さんが、重厚な木のドアを開けて待っていた。殿(しんがり)を務めていた僕は緋村に続き、仄暗い口を開けた館の中へ、足を踏み入れた。

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