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三章・森妃の挑発(3)

 ──その頃、ココノ村から旧街道を一時間ほど北上した場所。かつてあの村と同規模の農村があった廃墟でナスベリとキンシャ騎士団はキャンプの設営を行っていた。

 するとそこへ一人の老人が数人の兵士を伴って駆け寄って来た。小柄で小狡そうな顔の太った男だ。この辺り一帯を治めている領主のホウキギ子爵である。

「ナスベリ殿! もう一度、もう一度お話を聞いていただきたい!」

「子爵様、おやめください。これは王命なのです。いくら貴方様と言えど覆すことはできません」

 ナスベリに近付こうとした彼を、間に割って入り止める騎士団長。

 だがホウキギ子爵は諦めない。彼はよく小悪党にしか見えない容姿だなどと言われるが、心は真に領民を想っている。だから領民達も彼を親のように慕ってくれている。誰が何と言おうと苦境に立たされたココノ村を見捨てたりしない。

「どいてくれ! 私はナスベリ殿に話があるのだ!」

「お聞き分けを!」

「子爵様、加勢します!」

 彼についてきたホウキギ領の兵士達が処罰覚悟で騎士団長に掴みかかった。それを見た周囲の騎士達も慌てて彼等を引き剥がしにかかる。

「何をしてるんだお前ら!?」

「冷静になれ!」

 そこでようやくナスベリも振り返った。

「待って下さい。構いません、お話を聞きます」

「しかしナスベリ殿」

「問題ありません。通してさしあげて」

「……はっ」

 騎士達が横に退き、子爵はようやく彼女の前に立つ。とっくの昔に建物の大半が朽ちた、うら寂れた廃村。その中心で大陸最大の企業から派遣されてきた副社長と小国の一領主が向かい合う。

「ど──」

「まず、言っておきます」

 子爵が口を開こうとしたタイミングを見計らい、言葉を被せるナスベリ。出鼻を挫かれホウキギは一瞬カッとなったが、立場を思い出し、グッと怒りを飲み込む。

 そんな彼にナスベリは容赦の無い言葉を浴びせた。

「あなたのしていることは無駄です。私を説得しても意味が無い。私は社長の命令に従うまで。それがどんな内容の命令だったとしてもです」

「……己の意見は持たぬと?」

「いいえ」

 ナスベリはキッパリと否定した。自分はそんな人形にはなりきれない。

 なる必要だって無い。

「私はアイビー社長を信じています。あの人は、いついかなる時も正しい。絶対に間違えたりしない。だから私は彼女の命令を全力で遂行する。そういうことです」

「それは信頼ではなく、盲信では?」

「……」

 ホウキギが彼女と上役の関係について疑念を呈した途端、風が吹いた。

 騎士達がゴクリと唾を飲み込む。どんな相手にも常に冷静に、淡々と対応していたナスベリの目に初めて殺気が宿る。そしてその全身から白い冷気が漂い、夏の熱気とぶつかり合って風を生み出していた。


「忠告しておきます。私の前で社長に対する侮辱と取れる発言をなさるのだけは、絶対にやめておいた方がいい」

「私がそんな脅しに屈すると思うなら、それこそ考えを改められよ。私は領民を守るためなら神々にだって挑みますぞ」


 ホウキギ子爵も流石の胆力の持ち主だった。彼自身は魔力を持たない、どころか武芸の心得すら無い人間だ。なのに手練れの魔女を相手に真っ向から睨み合う。

 二人はしばらくそのまま対峙していた。周囲で見ている者達はハラハラしながらそれを見守る。下手に介入すれば、それこそ大惨事に繋がりかねない。

 その時──


「おとうさん! へいたいさんがいっぱい!」

「かっこいー」

「おー、本当だ。なんだろうな、こんなとこで。演習でもしてんのか?」

「あれ? あそこにいるの子爵様じゃない? 子爵様ー! お元気ですかー!!」

「よしなさいよカタバミ。周りの人達が驚いてるじゃない」


 ──馬車が一台、廃村の真ん中を通り過ぎた。突然現れた珍客のせいで張り詰めていた空気が緩み、騎士達はやっと息をつく。

「なんだあの連中は?」

「緊張感の無い」

「あの子供達、まだ手を振ってるぞ。振り返してやろう」

「おー、喜んでる喜んでる」

 そんな彼等の横で、ナスベリもまた目を見開き、去り行く馬車を見つめた。

「あれは……」

「彼等はココノ村の住人です。トナリの街にでも出かけていたのでしょう。あなたはあの子供達からも故郷を奪おうとしておられる。それをわかっておいでか?」

「子爵!」

 再び騎士団長が割って入る。いくらなんでも言い過ぎだと思ったからだ。ナスベリとて、やりたくて非道な振る舞いをしているわけではない。あくまで森妃の魔女の意志あってのこと。

 子爵自身、今のは口が過ぎたと思ったのだろう。咳払いして切り替える。

「言い方が悪かったことは認めましょう。しかし事実ですぞ。それにあなたがたはここへココノ村を移転させるつもりのようですが、あの場所とこの場所では環境が大きく異なる。作物はほんの少し土や気候が異なるだけで品質に差が生じるもの。ここでは最近あの村の特産になった銘茶“カタバミ”が育たないかもしれない。もしそうなったら──」

「カタバミ?」


 ずっと馬車を見送っていた彼女が、その名前が出た一瞬だけ振り返った。そして、結局また彼等の去って行った方を見つめてしまう。


「ナスベリ殿?」

「……」

 その目は虚ろで、人の話を聞いているように見えない。あるいは思考が完全に停止してしまったかのようだ。


 ひやりと、再び冷気を感じる。ホウキギ子爵と騎士団長は眉をひそめた。

 次の瞬間、ナスベリの足下に固い音を立てて何かが落ちる。

 氷だ。どこからか氷が落ちてきた。


「なんだ……?」

「どうしたんだ、あの人……」

 微動だにしないナスベリの異様な気配に圧倒され、うろたえる騎士達。ホウキギもまた得体の知れない雰囲気に呑まれかけてしまう。

 直後、ようやくナスベリの目に光が戻った。

「申し訳ありません。少し、ぼうっとしていました」

「貧血の気でも?」

「いえ、違います。原因はわかりませんが、時々こうなるのです」

「……体調が悪いのでしたら、立ち話もなんですな。良ければどこかに座って続きを話しませんか。あなたは無駄だと仰ったが、私もさっき言ったように諦めるつもりは毛頭ありません」

「わかりました。では、あちらのテントへどうぞ。騎士団長、ココノ村の方がいらしたらすぐに教えてください」

「はい」

 心配したホウキギの提案で一際大きなテントへ移動する二人。

 残された兵士達のうち数人が集まって何事か囁き合う。

「どうなってる……」

「あの態度、まさか自分で気付いてないのか?」


 彼等は見ていた。地面に落ちた氷の粒がなんだったのか、はっきりと目撃した。

 あれは涙だ。馬車を見つめていた瞳から涙が溢れ、そして瞬時に凍り付いた。

 何故泣いたのか、自覚はあるのか、余人には計り知れない。

 それでも彼等は一つだけ確信を持つ。

 あの魔女は壊れていると。


「魔女ってのは、おかしなやつばっりだ」

 才害の魔女。災呈の魔女。最悪の魔女。そして彼女達と対をなす善の三大魔女。昔からどういうわけだか歴史に名を残す魔法使いには女が多い。

 聞いた話によると、ここらの人間には“魔女は奇行に走るもの”という共通認識があるらしい。初めて聞いた時には田舎特有の偏見や差別意識だと思ったものだが、案外正鵠を射た言葉なのかもしれない。

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