一章・ゲッケイの遺産(3)
「とりあえず着いたよ」
「そのようですね」
二十分ほどかけて私達はその場所まで辿り着きました。真っ直ぐ続く通路の先で頑丈な鋼鉄の扉が待ち構えています。思ったより短く感じましたけれど、罠をほとんど無視して進んで来たのですからこんなものかもしれません。
「あ、ここで止まって」
「毒ガスですか?」
「いや、別のだけど……もっと厄介だね。最後の最後でこれかあ」
そうぼやいてからクルクマはカバンの中を右手で探りつつ、左手の指先で丸く円を描きました。一瞬意味が解らず首を傾げましたが、彼女が赤い宝石を取り出したことでやっと意図を察します。
結界に穴を、という意味だと。
「このくらいでいいですか?」
私が自分の背丈ほどの穴を正面に開くと、クルクマは頷いてその向こう側に宝石を投げ放ちました。
そしてすぐさま叫びます。
「閉じて!」
「!」
指示通り再び障壁で隙間無く全方向を塞ぎます。同時にクルクマの投げた宝石が石の床に落ちて二度三度と跳ね、直後に凄まじい絶叫が響き渡りました。
『ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!』
驚きながら、私は怪物と化したゲッケイの姿を思い出します。あれもこんな声を出していましたわ。
壁や床から黒い霧状の何かが噴出し、無数の腕となって宝石に迫りました。でも触れることが出来ずに方向を逸らされ、別の獲物を見つけたとばかりにこちらへ向かって来ます。不気味な光景に内心ちょっぴり焦りましたけれど、結局それらは魔力障壁に阻まれて私達には近付けず、ほどなく力を失って消滅しました。
「今のは……呪いですの?」
「そう、それもとんでもなく強力なやつ。いや、ほんと来てもらって正解だった。あれを普通に解呪しようと思ったら一ヶ月かかるよ」
「は? じゃあ今のって……」
「別の呪いを使って誘発させただけ。当然解呪できてないけど、とりあえず蓄積されてた怨念は解放されたからしばらくは安全なはずだよ」
「なんだ、それで済むんだったら簡単な仕掛けじゃないですの」
「いや、こんな方法はスズちゃんがいないと無理だからね?」
クルクマ曰く、あのクラスの呪いだと魔力障壁では防げないそうです。普通なら。
「でもスズちゃんのは魔力の圧が桁違いだからさ。もっと強力な……多分都一つ滅ぼせるレベルの伝説級の悪霊でもない限り近付けないと思うよ。それにスズちゃん自身が呪いの類を退ける力というか、加護みたいなものを持ってるみたいだし」
「加護? 私に?」
加護というのは力のある精霊や、あるいはそれより上位の神々と契約して得るものです。でも私がそういった類と結んだ契約と言えば、眼神アルトラインとの“未来予知”の契約だけのはず。
「ほら、スズちゃんって趣味で呪われた装飾品を集めてたでしょ? あれだって普通ならいくら魔力が強くても無事じゃ済まないはずなんだよ。だからスズちゃんのその呪力耐性の高さはあーしにとっても長年の謎だったんだけどさ、こないだ“神託”の話を聞かせてもらって気付いたよ。それもウィンゲイトから受け継いだ特性なんじゃない?」
ああ、なるほど、そういえばそうでしたわ。アルトライン曰く、私のご先祖様ってあの創世の三柱の一柱なんですよね。本当かどうかは知りませんけど。
「とんでもない子だなあとは前々から思ってたけど、まさかこの世界で一番偉い神様の子孫だなんてね」
「子孫というだけなら、私以外にもけっこういるらしいですわよ」
私が神様の子孫ということは、実の父か母、あるいはその両方が血を受け継いでいたということです。であるなら、そのご先祖様やどこかで分岐した親戚達にもやっぱり神の血は受け継がれているのでしょう。クルクマだってその一人だという可能性はあります。
「ただ、たまたま私は“因子”とかいうのが多くて、それでご先祖様の力の一部が使えるのだそうですわ」
「先祖返り的な話かな……因子か、ふーん……」
クルクマは興味深げに呟きました。こういうところは彼女も魔法使いですわね。未知の領域を覗いてみたいという欲求は同業者なら誰でも抱えているものです。
「って、待って下さい」
「ん?」
とうとう保管庫の前に辿り着いたところで、私はとんでもない事実に気が付きました。
「私、前の戦いの時に貴女の師匠に操られましたわ」
「そだね、あの時はごめんね」
「それはいいんですってば。それより問題は……私が本当に神様の加護で守られているとして、それならどうしてあの人に操れたのかってことです」
単に呪いの類には有効でも洗脳には無意味な加護だったのか、それとも加護なんて本当は無くてクルクマの考えすぎなのか。
あるいは──
「……まあ、師匠だから」
「……ですわね」
あの婆さんなら不可能も可能にしかねません。つくづくよくあんな化け物を倒せたものだと思います。そして今から私達はその怪物の大事なお宝が眠っている部屋へ侵入しようとしているのです。改めて考えるとなかなかに命知らずな行為ですわね。
私は再び障壁に小さな穴を開き、周囲にも気を配りました。
「何があるかわかりませんし、ここからも油断しないでいきましょう。私はそれの開け方を知りませんので、周辺の警戒と防御を担当します」
「うん、それじゃあ──」
私の開けた穴から扉に向かって手を伸ばすクルクマ。どこにも鍵穴や取っ手は見当たらないのですが、代わりに本来それらがあるはずの場所に小さな箱がついています。
その前面の蓋を開くと中に宝石が一つ埋め込まれていました。
≪暗号の入力をお願いします≫
宝石から声が。これ、そっくりなものを誑かした貴族の屋敷で見たことがありますわね。持ち主の設定した暗号を言わない限り絶対開かない仕組みですわ。
もちろん以前ここに来たことのあるクルクマは、その暗号を知っています。自信満々に回答しました。
「“この世の全てはワシのもの”」
あの婆さんらしい暗号ですこと。
けれど──
≪暗号が違います。あと二回間違った場合、別の方法での認証が必要になります≫
「はァ!?」
「えっ、まさか──」
私達はすぐに察しました。この地下空間の罠の配置が一定時間で変更されているということは、つまり暗号も同様の仕掛けなのでは?
「あっ……」
「あっ?」
「あのババアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
今までの苦労を水の泡にされたクルクマの悲痛な叫び。地下迷宮に反響して空しく木霊しました。私はアルトラインに招かれた夢の世界でのとある出来事を思い出し、ポツリと呟きます。
「案外似た者同士ですのね……」




